第六章 なぜそれが許されない

 あの週刊誌の一件があってから、ワイドショーなどに出演する度に、奏との仲をつつかれるようになった。
 その度に、恋人というのはない、ありえないと言っているのに、マネージャーとプロデューサー以外の人は誰も信じてくれなかった。
 広報も兼ねてはじめたSNSでも、ファンからのメッセージが毎日のように届く。お祝いの言葉もたまにはあるけれども、ほとんどが私と奏双方のファンからの罵倒だ。
 今回の件についての対応はうちと奏の事務所が対応するから気にしないでいいとマネージャーは言ってくれているけれども、ファンの理不尽な行動に苛立たずにはいられなかった。

 今日もレッスンスタジオに入る。もうすぐ発表する新曲に付けるダンスのレッスン中、コーチが大きな溜息をついてレッスンを中断した。
「最近調子が悪いね」
 その言葉に、私はむっとして答える。
「週刊誌にスッパ抜かれてからのこと、コーチも知ってるでしょ?
あれで調子良くなるわけないじゃない」
「SNSの中傷気にしてるの?」
「通知は切ったけど、偶に目に入るとやっぱくるね」
「なるほどね」
 苛立ってレッスンがままならなくて、ダンスの完成度を上げられないで困るのは私だ。最近は新曲の発表を動画サイトにMVを公開するという形でやっているので、その収録までに完璧にできないと、CDや音源の売上にそのまま響いてしまう。
 でも、いくら強いと言われている私だって、中傷がずっと続いたらメンタルに来る。苛立つなと言う方が無理なのだ。
 怒鳴り散らしたいのを我慢しているのを察したのか、コーチが手すりにかけていたタオルを私に投げてよこしてこう言った。
「今日のレッスンはここまで。
シャワー浴びて着替えておいで」
 コーチもさすがに呆れたか。そう思って俯いて汗を拭っていると、続けてこう聞こえた。
「焼き肉食べに行くよ。奢るから」
「えっ?」
 驚いて顔を上げると、コーチはにっと笑う。
「怒ってるとお腹空くでしょ。
まずはお腹いっぱいにして、少し気分転換しよう」
 私は頷いて、レッスン室から出た。

 コーチに連れて行かれたのは、コーチが偶に来るという焼き肉屋さんだ。見た感じチェーン店ではないし、けれども庶民的な雰囲気で、店内は少しだけ煙っぽかった。いつもなら髪や服に匂いが付くのを気にするのだけれど、今日はそんな事は気にならなかった。
 コーチお勧めのお肉を次から次へと頼んで、焼くところまでおまかせして、とにかく焼き上がったお肉を片っ端からサンチュに包んで口に詰め込んでいく。甘辛いタレと肉の脂、爽やかなサンチュの香りが後を引く。
 肉を食べながら、焼くのを持っている間にコーチに愚痴を言う。まとまった話ができてるかどうかなんてわからないし気にもしないけれども、きっと同じことを何度もぐるぐると、手を変え品を変え言っていたのだと思う。
 どれくらい愚痴った頃だろうか。急に苛立ちよりも悲しさが湧き出してきた。ぽろりと涙が零れる。
「あ、煙が目に痛い?」
 そう訊ねるコーチに、涙を拭ってから返事をする。
「目は痛くない。でも、急に悲しくなっちゃって」
「……うん。話したらすっきりしそう?」
「わかんない」
「話したい?」
 少し考えてから、悲しくなった理由を探す。それで思い当たったところで頷いた。
 コーチが焼けた肉を私のお皿に乗せるのを見ながら、きっとずっと引っかかっていたことを吐き出す。
「どうして、ずっと会いたいと思ってたやつに会えるようになったのを悪いように言うの?
会いたかった人に会うのがそんなに悪いことなの?」
 ぼろぼろと泣きながらそう言うと、コーチが頷きながら言う。
「うん。悪いことではないと思うんだけど、恋人ならちゃんとはっきり発表した方がいいと思うな」
 それを聞いて頭を振り、涙を拭って言葉を返す。
「恋人なんて、そんなんじゃない。
それだけは絶対にない。
友達でいるっていうのは許されないの?」
 すると今度はコーチが驚いたような顔をする。どうやら本当に、私と奏が恋仲だと思っていたようだ。
 トングで肉を摘まんで網に乗せながら、コーチは今度はこう言った。
「それなら、ふたりだけで会うなんて事はやめるの。
お互い人気商売なんだから、今回みたいに騒ぎになると大変なのはわかったでしょ」
「ふたりで会うなって、じゃあどうすればいいの?」
 コーチの言葉にかっとなって言い返すと、さも当然と言ったようにこう返ってくる。
「誰かお友達も交えてもう少し多い人数で会えばいいんじゃないかな」
 そんな事を言われても、私には遊びに誘えるような友人は奏以外にいない。仕事で仲良くなった人はいるにはいるけれども、プライベートで会うほどに親しいかと言われると、そこは考えてしまうところだ。
 多分、コーチは私に友達がいないとは思っていないのだろう。困ってはしまうけれども、コーチの提案は妥当な物だ。今度奏にメールする時に、そう言う知り合いがいないかどうか聞いてみよう。

 それからしばらく。あいかわらず奏とのメールのやりとりはあって、また近いうちに一緒に遊ぼうという話になった。
「あれ? 奏って友達いたんだ」
 奏から送られてきたメールには、今度会うときに友人を紹介しても良いかとあった。もちろん、こちらとしてもそれは悪い提案ではない。先日コーチに言われたとおり、第三者が入る状況の方が変な噂は立ちにくいだろう。
 そう思いながらメールを読んでいると、どうやら奏も、私とふたりで会うのは良くないと言われたようで、ほぼ泣き付く形でこの度友人の同行を頼んだそうだ。泣き付くなんて情けないと思いながらも、泣き付ける相手がいるのが羨ましかったし、泣き付いてでも私に配慮してくれるのは嬉しい。
 携帯電話を閉じて思いを馳せる。一体どんな人が来るのだろう。それはわからなかったけれども、次は私の案内で一日を楽しみたいとあったので、つい嬉しくなってお店選びがはかどってしまった。

 

†next?†