第十一章 これからの道

 ライブも終わり、そのあとに新曲のシングルも発売され、それから少し経った頃の事。私は久しぶりに奏と華ちゃんと三人で会って遊んでいた。
 今日は華ちゃんお勧めのお店でランチだ。カントリー風で賑やかな店内。賑やかだけれども妙に落ち着くお店だ。ランチというか、このお店はパンケーキが有名と言うことで、みんなでパンケーキを食べている。奏はシンプルにバターだけが乗った物を、華ちゃんはホイップクリームが山のように盛られた物を、私はたっぷりのフルーツにホイップクリームが添えられた物を頼んだ。
 ふたりと久しぶりに会って、会わなかった間どんなことがあったのかの話をする。
 奏は歌手以外に声優の仕事もしているので、そちらの仕事が忙しかったと言っている。今知ったのだけれども、声優として先輩声優と一緒に雑誌のインタビューに応じることもあるらしく、アニメ系の雑誌にそれが載ったりしたようだった。
「アニメ雑誌って全然見ないけど、どんな内容なの?」
 私の質問に、奏は斜め上を見て答える。
「そうですね、新作アニメに採用されて、どの様な心構えがあるかとか、あとは日常のことも少し訊かれます」
 それを聞いた華ちゃんが、鞄の中から雑誌の切り抜きを取りだして私に見せる。
「奏君のインタビュー記事の切り抜き持ってきてるから理奈ちゃんも読む?」
「いいの? ありがとー」
 早速切り抜きを受け取って内容を読む。紙面は横三分割で、一番上の段に奏と、多分奏の先輩らしき黄色い髪で童顔な男性の写真が載っている。アンケートその物は2ページで簡潔にまとまっていて、読むのに時間はかからなかった。
 華ちゃんにインタビュー記事を返すと、華ちゃんが私に話を振る。
「そういえば、奏君から聞いて理奈ちゃんのライブ映像見たよ」
「えっ、そうなの?」
「うん。公式アカウントを教えて貰って、そこで公開されてる分だけだけど」
 華ちゃんも私のライブを見てくれたんだ。それを知ってなんとなく嬉しいような、こそばゆいような感じになる。
「あの、ライブどうだった?」
 おずおずとそう訊ねると、理奈ちゃんは両手でピースサインを作って答える。
「すっごい良かった! いけなかったのが残念なくらい。
ライブの円盤出たら絶対買うんだー」
「えっと、えへへ、ありがと」
 こんな風に直接褒められると照れてしまって上手く返せない。今までも、ファンレターやSNSのコメント、ファンサービスの時とかに感想を貰う事はあったけれども、いくらか親しい人にこうやって言われるのには慣れていないのだ。
「奏君は円盤買う?」
 華ちゃんにそう訊ねられた奏は、得意げな顔をしてこう言った。
「すでに予約済みです」
「だよねー」
 どうしよう、奏までライブのDVDを買ってくれるなんて。おもわず顔がにやにやしてしまう。それを見た華子ちゃんに、やっぱ嬉しいんだ。なんてちょっとつつかれたりしながら、今度は華ちゃんが最近何をしていたかを訊ねる。
「そういえば、華ちゃんはしばらくなにしてた?」
 その問いに、華ちゃんはスマートフォンになにやら写真を表示させながら言う。
「ここ最近はねー、先週コスプレの撮影してきた」
「コスプレ?」
 先週、ということは特にハロウィンとかそういうイベントがあったわけではない。どう言うことだろうと思って華ちゃんがこちらに向けたスマートフォンを見ると、そこには個性的なメンズデザインの服を着た、中性的な誰かが写っていた。
「んんん? これは……」
 私がじっと写真を見ていると、華ちゃんはにっと笑って教えてくれる。
「これ、私がコスプレした写真だよ。
私、コスプレは男装メインで」
 もしかして、華ちゃんはたまにネットとかで聞くコスプレイヤーという物なのだろうか。もしそうだとしたら実物を見るのははじめてだ。
 奏が口を開く。
「華子さんの男装は本当に毎回素晴らしくて、僕もよく写真をシェアしていただいています」
 なるほど、そうなのか。そう思いながら華ちゃんの写真をじっと見て、口から零れてきた言葉は。
「良い……」
「わかりますか」
「わかる……」
 華ちゃんが次々とコスプレの写真を見せてくれるのでそれに見入っていると、突然私のスマートフォンが鳴りはじめた。なんだろうと思って手に取ると、メールの着信だ。発信元はマネージャーで、件名は『CD売上チャート』とある。
 ふたりに断ってメールの内容を確認するとそこには、今回の新曲の売上がアマレットシロップのCD売上の記録を抜いたとあった。
「や……やったぁ!」
 思わず大声を出してしまう。周りの人がこちらを振り向いたので、気まずい笑みを浮かべて素知らぬ振りをする。
「どうしました、理奈さん」
 奏が少し声を低くして訊ねるので、私も少し声を抑えて答える。
「今回の新曲CDの売上が、アマレットシロップの記録を抜いたって」
 その言葉にふたりは、控えめな声でおおー。と言ってから小さく拍手をする。
 ずっとあのふたりのことを意識していたから、今回記録を抜けたことに嬉しさと安堵がどっとくる。
 そして、これを機会にとばかりにふたりにこう話す。
「あのね、実はずっと悩んでることがあるんだけど」
「悩んでることですか?」
「どうしたの?」
 これはまだマネージャーにも話してないことだ。だから、絶対に他の人には言わないでくれと念を押してから話を続ける。
「私、アイドルの看板下ろして歌手になろうかなって、思ってるんだ」
 奏と華ちゃんが顔を見合わせる。
「なんか、アマレットシロップが最近、年齢がどうとか言ってアイドルでいることがどうこうってなってるのみて、私はごちゃごちゃ言われる前にアイドルの看板下ろして歌手になった方がいいのかなって」
「なるほどね」
 納得した様子の華ちゃんと、意外といった風の顔をする奏。奏が口を開く。
「アマレットシロップのふたりを良く思っていないわりには観察良くしてますね」
「戦うにはまず敵を知らなきゃ」
「そうですね」
 そのあとしばらく、どうしようどうしようと話していたのだけれども、ふと奏がこう言った。
「心に刻まれたアイドルは、いつまでもアイドルですよ。理奈さん」

 

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