第二章 付き合い

 今日も今日とて新商品の開発。

色々な検査器具や、試作品と向かい合う事暫く。そろそろ頭と舌が疲れてきたぞと言う頃に休憩時間になった。

 試作品を食べては居た物の、そんな大量に食べているわけでは無いのでお腹は空いている。

社食に行って何か軽食でも食べようと部屋を出ようとした俺を、引き留める人が居た。

「あのっ、柏原さん」

「あれ?森下さん。なんです?」

 声をかけてきたのは、同期の森下さん。

控えめな風情で有りながら、的確な意見を言うのと、 いざという時は凛とした態度を取るので研究チームからは頼りにされている人物だ。

 その彼女が、もじもじしながらこう言った。

「あの、良かったら、一緒にお昼ご飯なんかどうかなって思って……

ご一緒しません?」

「良いですよ」

 正直な所、研究チームの誰かと一緒に食事をすると、 その時も仕事の話になりそうな気がして普段は一人で食事をしているのだけれど、森下さんの様子を見る限り、 勇気を振り絞って。という感じがするので無碍には断れない。

ただ、休憩中は仕事の話は無しで。とそれだけ伝えて一緒に社食へと向かった。

 

 我が社の社食は、食料品メーカーと言うだけ有ってメニューも豊富だし栄養のバランスが取れた物も多い。

森下さんが選んだのは、野菜中心のBランチで、俺が選んだのは豆腐料理とサラダがセットになった日替わりランチ。

 植物性タンパク質に重点を置く俺としては、日替わりとは言え豆腐をメインに扱ってくれるランチは有り難い。

なんで植物性タンパク質に拘るかというと、日々家で筋トレをしているのでタンパク質補給の為に、 低カロリーな植物性タンパク質を積極的に摂っている。

筋トレは調理師学校時代からやっているのだが、おかげでそれなりにしっかりとした体つきにはなっていると思う。

 始めたきっかけは不純ではあるけれど単純で、もしカナメ兄ちゃんと一緒にお風呂に入る事が有ったら、 その時にだらしない身体は見せられないと思ったからだ。

 結局その機会は未だに来ない訳なのだけれど、 温泉とまでは行かなくとも銭湯くらいは一緒に行く機会無いかなぁ。と思って居る。

都内にもスーパー銭湯が有るから、俺から誘えば良いのかな?

 どうやったらカナメ兄ちゃんと一緒に銭湯に行けるかを考えながら無言でランチを食べていたら、 向かいの席に座った森下さんが、声をかけてきた。

「あ、あの、一緒に食事するの、迷惑でしたか?」

「あいやっ……そう言う訳じゃ無くて、あの、スイマセン。ちょっと考え事してて」

 しまった。要らない心配をかけてしまった。

慌てて言い訳をする俺に、森下さんは少し拗ねた様な顔をしてこう言った。

「もしかして、彼女さんの事とか考えてたんですか?」

「彼女?なんでまた?」

 突然彼女がどうとか言われて戸惑う。

俺は彼女という物が居ないし、そもそも彼女が居ると思われていた事自体が想定外だ。

 すると森下さんはこう返してくる。

「だって、柏原さんって真面目だし、見た目も良いからやっぱり恋人が居るのかなって」

 そういうもんなの?

 取り敢えず、森下さんには彼女は居ないと言う事を説明して、納得して貰う。

「いやぁ、俺は結構、彼女にするならこう言う子って言うハードル高めに設定してるから、 もしかしたら彼女なんて出来ないくらいの勢いかなって」

「そうなんですか?

どんな子が好みなんですか?

やっぱり可愛くて料理が上手で……とか?」

 森下さんの問いに俺はスマホを取り出しながら答える。

「それも条件には入るけど、この人を上回る様な子じゃ無いと自分が納得出来ないなって」

 そう言って、森下さんにスマホのロック画面を見せる。

それを見た森下さんは、びっくりした後、表情を曇らせて俯いてしまった。

「こんな綺麗な人、なかなか居ないですよ。

この人、元カノとかですか?」

「いや、俺の兄です。

昔から料理も上手くて、少し抜けてるし放っておけない所はあるけどそこがまた可愛くて。

なのに他の人には優しいし、色々背負い込みすぎなのが心配と言えば心配なんですけど……」

 暫くスマホの画面を見ながらカナメ兄ちゃんの事を語り、ふと森下さんの方に視線をやると、 『だめだこいつ』と書かれている様な完璧な作り笑顔を浮かべていた。

 

 とある休日前夜。俺は自宅のパソコンで高校時代から付き合いのある友人と音声チャットをしていた。

その友人はカナメ兄ちゃんと同じくオタク趣味が有って、 コスプレイヤーの撮影をする為に凄いカメラを持っていたりする。

「篠崎!マジで頼むよ、いつものレイヤーさんの写真撮ってきてくれ!」

『まぁ、見付けられたら撮ってくるけど、お前自分で撮影させて貰わないと親しくなれないぞ?』

「俺はチキンなので致し方なし」

 そう言って友人の篠崎に撮影を頼んでいるのは、篠崎には言ってないんだけどカナメ兄ちゃんだ。

篠崎に撮影を頼んで写真を送ってきて貰っているわけなんだけど、 偶に他のコスプレイヤーさんと写っている写真も有ったりする。

そんなに大勢で写っている訳では無く、いつも同じ女の人と写っている。

カナメ兄ちゃんのやるコスプレはマイナーな物が多いので、同志が少なくてそう言う事になっているのだろうと思う。

 本当は送って貰うのはカナメ兄ちゃんがピンで写っている物だけで良いんだけど、 それだとカナメ兄ちゃんと仲が良さそうなこの人に悪いかなと思って纏めて送って貰っている。

 そんな俺に篠崎は、しかたがないなぁ。等と言いつつも、今回も撮影を受けてくれる事となった。

 

 それから数日後、篠崎からアップローダーのURLが送られてきた。

俺は早速URLにアクセスして、写真をダウンロードする。

フォルダを作って整理して、呼吸を整えてからファイルを開く。

するとディスプレイに緑色のビスチェとホットパンツを着たカナメ兄ちゃんの写真が表示された。

 ああああああくっそ可愛い!

思わず絶叫しそうになったが、あくまでも表情には出さず、クールな素振りで写真を見ていく。

じっくりと写真を吟味し、どれをスマホに送ろうか選ぶ作業の始まりだ。

 

 スマホにカナメ兄ちゃんの写真を送った後、メールで篠崎にお礼を送って、翌日の仕事の為に寝る支度を始める。

でも、あれなんだよな。 こうやってカナメ兄ちゃんの写真を送って貰った後はどうしてもスマホをいじり続けてしまってなかなか寝付けない。

過去に送って貰った分も含めてカナメ兄ちゃんのコスプレ写真を見ている内に、段々興奮状態になってきた。

きわどい写真が有るとかそう言う訳では無いし、 カナメ兄ちゃん曰く露出対策はしっかりしているのでそもそもきわどくなりようが無いらしいのだが、 座っている所を上から撮った写真なんかは上目遣いになってて可愛いし、 脚が長く見える様に少し下から撮った写真なんかは脚が美味しいしでもうたまらない。

 偶に俺も冷静になる事が有って、カナメ兄ちゃんが男だってのは重々承知しているんだけど、 この可愛さの前ではそんな事実は吹っ飛んでしまう。

「だめだわー。

カナメ兄ちゃん可愛いわー」

 布団の中で何度も何度も写真を舐める様に見続ける。

楽しい時間な訳だけれど、いつまでもこうしているわけにも行かない。

俺はそっとスマホをロックし、枕の下に入れて寝る体勢になる。

昔カナメ兄ちゃんが、『写真を枕の下に入れて寝るとその夢を見る』って言うおまじないを教えてくれて、 それを今実行しているのだ。

夢に出てくると良いなぁ……

 

†next?†