第五章 その後

 それから数ヶ月。俺の元にオーダーした人形が届いた。

メイクをした人の腕が良いのか篠崎のイラストが的を射ていたのかはわからないが、 カナメ兄ちゃんと同じ雰囲気を纏った人形に仕上がっている。

「ああ……可愛い……

カナメ兄ちゃんマジカナメ兄ちゃん……」

 人形の仕上がりは篠崎も気にしていたので、早速スマホで写真を撮って送る。

結局その日は夜遅くまで、スマホで人形の写真を撮りまくっていたのだった。

 

『柏原ー。

折角人形買ったんだったら、ドール系のイベント行ってみたらどうだ?』

「ドール系のイベント?」

 ある日、篠崎と音声チャットをしていたら、そんな事を言われた。

なんでも、人形の服とか小物を売っているアマチュアがいっぱい集まるとの事で、 うちの人形……『アニ』って名前を付けたんだけど、その子に着せ替え用の服を買ったりしたらどうかと言う。

そっか、着せ替えかぁ。

注文した時に一緒に服も頼みはしたけれど、それ一着だけというのも確かに寂しいかもしれないし、 何よりカナメ兄ちゃんをこの手でお着替えさせるとか、想像しただけでたまらん。

 ドール系イベントがいつ開催されるかを篠崎に訊きはしたけれど、彼も詳しくは知らない様で、 取り敢えず自力で検索してくれと。

うむ……どういうワードで検索すれば良いんだろう。

 

 それからまた暫く経って、俺は初めてイベントという物にやってきた。

篠崎がよく行くイベントって言うのは、コスプレメインで撮影をするのが主な活動らしいんだけど、 俺がやってきたドール系のイベントというのは、見た感じ豪華なフリーマーケット。

 確かに色々な洋服が売っているなと思いながら会場内を見て歩く訳だけれど、魅力的な服、 取り分け俺がカナメ兄ちゃんに着せたいと思って居る様なフリフリのドレスが沢山有ってどれを買おうか悩んでしまう。

 篠崎にはあらかじめ言われている。

『気になった物を片っ端から買っていったら破産する』と。

なので、じっくりと会場内を見つつ、これだという精鋭を見つけ出し二着程服を買った。

イベント終了時刻までまだ間はあったけれど、早くその服をカナメ兄ちゃん……じゃない、アニに着せたくて、 そそくさと会場を後にした。

 

 そして家に帰り、精神を集中させる為にまずは夕食の準備を済ませる。

一頻り料理が終わったら、器に盛って台所に待機させておき、買ってきた人形用の服を取り出し、 アニの服を着替えさせる。

まず一着着せ、可愛い可愛いと悶えながらスマホで写真を撮りまくる。

そして満足したら、もう一着を着せてワンモアリピート。

「はあぁぁぁぁぁぁ……

可愛い、カナメ兄ちゃん可愛いよぉぉ……」

 後で冷静になってこの時の事を思い出したら、きっと変態の所行以外の何でも無いと思うのだろうが、 この時は本当にいっぱいいっぱいだった。

 

 その数日後、会社の休憩時間にスマホでしこたま撮ったアニの写真を見ていたら、森下さんに声をかけられた。

「そんなにニヤニヤして、何見てるんですか?」

「ああ、少し前に人形を買ったんだけど、その写真」

「人形の写真ですか?

あ、あの、見てみたいです……」

 俺の口から人形という言葉が出たのが意外だったのか、森下さんは少し顔を赤くしてそう言った。

あまり上手い写真じゃ無いけど。と前置きをした上で、森下さんにアニの写真を見せる。

「わぁ!綺麗なお人形さんですね!」

 森下さんもこう言った人形が好きな様で、二人で話を弾ませながら写真を眺める。

「私の妹もこう言うお人形が好きで欲しいって言ってるんですけど、高くて手が出ないから、 働ける様になってお金が貯まったら買いたいなって、よく話してるんです」

「そうなんですか。

働ける様になってって、まだ中学生とか?」

「高校生なんですけど、学校がバイト禁止なのと進学クラスだから、バイトが出来ないんですよ。

だから、早くても買えるのは大学生になってからかなって言ってます」

「進学クラスってのも凄いけど、校則ちゃんと守ってるのも凄い」

 暫く二人で談笑しているうちに、こんな話になった。

「ところで、このお人形さんって名前付けてたりするんですか?」

 そっか、そう言えばドール系のサイトを見る限り、各ご家庭それぞれ人形に名前を付けているし、 森下さんがそう言うサイトを見ているのなら気になる所だろう。

なので俺は素直に答えた。

「この子は『アニ』って言う名前なんですよ」

 その瞬間、森下さんの表情が凍り付いた。

え?俺なんか悪い事言った?

「あの……もしかして、アニちゃんのモデルって、居たりします?」

「え?なんで解るんですか?」

「モデル、お兄さんだったりしません?」

「え?なんで解ったんですか?」

 森下さんはエスパーか何かなのだろうか。そう思って驚いたのだけれど、ふと気がついた。

『アニ』って、『兄』って字を当てられるよな……

完全に自覚がなかったのだけれど、森下さんにはだいぶ前にカナメ兄ちゃんの事について延々語った事も有るし、 『アニ』って名前出されたらやっぱ『兄』と関連づけるよな。

しまった、完全にやらかした。

でもここでアニを他の名前に変えるのも何となく気が引ける。

 暫く気まずい思いをしながらスマホを見ていたのだけれど、そっと森下さんの顔を窺い見てみる。

するとやはり『だめだこいつ』と言った顔をしている。

 まぁ、森下さんは口が固いから大丈夫なんじゃ無いかな。大丈夫だと信じたい。

 

 そんなこんなで森下さんから生暖かい視線を送られつつ日々を過ごしている訳だけれど、 その合間にも何度か実家でカナメ兄ちゃんに会っていた。

 アニの話をしたら実物が見てみたいと言うので連れていくと、 カナメ兄ちゃんは何も知らずに可愛い可愛いとしきりに言う。

 可愛くて当たり前だよ。カナメ兄ちゃんをモデルにしてるんだから。

 アニを暫くカナメ兄ちゃんに預け、俺は食事の準備をする。

メニューは、昼にオムライスを作ったから夕食はぶり大根だ。

ふと、母さんの声が聞こえてきた。

「あらー、このお人形さん、何となくカナメに似てるわね」

 ストレートにバレた。

しかし、ここで動揺したら母さんの言葉を肯定する事になるので、俺はぶり大根に神経を集中させる。

すると今度はカナメ兄ちゃんのこんな言葉が。

「そうかなぁ。僕はこんなに可愛くないし。

でも、こう言う服作るのは好きだよ」

 そう言えばカナメ兄ちゃん、学校でレディースファッションの勉強してたんだよな。

フリフリの服作るのが好きなのか。着てくれないかな。

そう思い、ついカナメ兄ちゃんがフリフリの服を着ている所を想像したら顔が緩んできた。

絶対可愛いって。ほんと、高校の時の文化祭で着たって言うメイド服、見たかったな。

まぁ、コスプレのSNSでマメにチェックして女装姿は見てるし、篠崎から写真も貰ってるけど。

 ふと、俺の鼻が異変を察知した。

あ、ぶり大根良い感じになってるから火を止めよう。

ぶり大根と、平行して作ったおひたしと、それから味噌汁。

それを皆にテーブルまで持っていって貰って、お茶碗にご飯を盛ったのだった。

 

†fin.†