第三章 交渉術

 前に居た街から次の街へと移動したカイルロッド達。

この街での露店の場所はまだ確保されていないので、カイルロッドは下見も兼ねて街中をうろついていた。

露店の並ぶ市場は勿論、きっちりとした店構えの店にも足を運ぶつもりだ。

 果物や野菜の並ぶ露店を見ながら、カイルロッドはコウに訊ねる。

「コウ、なんか食べる?」

「食べて良いの?

じゃあボクじゅわってするやつ食べたい!」

「じゅわってするやつかぁ。

汁気が多そうなのってどれだろ?」

 そのやりとりを聞いたのか、近くの露天商が、これがお勧めだよ!と手のひら程の大きさの、 赤い実を差し出してくる。

その実は張りがあり、見るからに瑞々しい。

これは良いかもしれないと思ったカイルロッドだが、取りあえず店員にこう尋ねる。

「これってどんな味がするんですか?」

「そうだねぇ、ほんのり甘くてちょっと酸っぱいかな。

あっさりした味だけど、口の中にじゅわ~って汁が広がる感じだよ」

「へぇ、あっさりした味なんだ」

 実は、コウは人間が食べられる様な食べ物は大体食べられるのだが、余り味の強い物は苦手らしく、 いつも薄味の物を好んで食べている。

そんなコウに食べさせる物な訳だから、あっさりした味ならきっと喜ぶだろう。

そう思ってカイルロッドはその赤い実を一個買い、すぐにコウに食べさせる。

 コウが赤い実に齧り付くと、中からトロトロと汁が出てくる。

それを零すまいと、一生懸命口を動かすコウ。

 口の周りとカイルロッドの手をべたべたにしながらも食べ終わったコウは、嬉しそうにこう言った。

「これすごく美味しいよ!

すごくじゅわってするよ!

カイルロッドも食べたら美味しいよ!」

 少し興奮気味なコウの様子を見て、そこまで美味しいならと、カイルロッドは追加で赤い実をもう一個買う。

上機嫌な様子の店員を目の前に、カイルロッドも赤い実を囓る。

すると、微かな甘みと酸味、そして口いっぱいに広がる汁気に思わず驚いた。

実の中から溢れそうになる汁を吸いながら、夢中で食べる。

 コウと同じように口の周りをベタベタにし、カイルロッドは店員にこう尋ねる。

「この実って、夜まで置いておいてもカサカサになったりしないんですか?」

「ん?そうだねぇ、明日の朝まではこのまま置いて美味しく食べられるよ」

 それを聞いて、カイルロッドは財布に手を掛ける。

「じゃあもう何個かその実を貰って良いですかね?」

「勿論だとも。

坊やも亀さんも、美味しそうに食べてくれたから、少し安くしてあげるよ」

「良いんですか?ありがとうございます」

 笑顔で硬貨と赤い実を交換し、カイルロッドとコウは上機嫌でその場を後にした。

 

 それから暫く。街中にある水場で顔と手を洗い、湿らせた布でコウの口の周りを拭いたカイルロッドは、 少し高級そうな店が並ぶ通りに居た。

「ねぇ、こんな高級そうなお店に用事あるの?」

 不思議そうにそう訊ねるコウに、カイルロッドははっとして返事をする。

「いや……

深く考えないでここまで来ちゃった」

「そうなの?

でも、こっちって言ったのはカイルロッドだよ?」

「うん、そうなんだけど、なんか呼ばれてる気がしたんだよね」

「そうなの?不思議だねぇ」

 カイルロッドの言う通り、何かに導かれる様にここまで来た。

一体何なのかはわからないけれど、折角ここまで来たのだからと、目に付いた店の前にコウを置いて中に入る。

 入った店は、中古のジュエリーショップ。

中古とは言え、使われている素材はシルバーだけでは無くゴールドなども有ったりする。

「う~ん、金の装飾具は仕入れても売る当てが無いからなぁ……」

 そう呟いてシルバー製品を見ているのだが、どうにもカイルロッドが仕入れても、 売りさばける様な値段は付いていない。

それでも、こう言った装飾具を見るのは好きなのでぐるっと見ていると、ある物が目にとまった。

 親指の爪程もある大きさのエメラルドが填まった、ゴールドの髪飾り。

どういう訳か、カイルロッドはどうしようも無くそれに惹かれた。

ふらふらと髪飾りに近寄って手に取ると、とんでもない値段が付いていた。

カイルロッドは真顔になり、店長に声をかける。

「すいません、この髪飾りが欲しいんですけど」

「はい、その髪飾りは金貨六枚ですね」

「もっと安くなりません?」

 いきなり値切りに入ったカイルロッドに、店長は驚きを見せる。

しかし、驚きたいのはカイルロッドも同じだ。

この髪飾りは、石と細かい装飾と、金の純度を総合的に見ても、どう見積もっても金貨六枚分の価値は無さそうなのだ。

それを店長にやんわりと伝えると、店長が言うにはこう言う事だった。

 近頃、この街では金貨や銀貨の純度が下がり、それに伴って硬貨の価値が下がっていると言うのだ。

だから、もしもの凄く純度の良い硬貨で支払ってくれるのなら、金貨どころか銀貨で手を打っても良いと。

それを聞いて、カイルロッドは笑みを浮かべる。

「店長さん、こう言うお店をやってるんだったら、ジャポンって国のイワミって言う名前は知ってるよね?」

「イワミ?

ああ、知ってるよ。ジャポンのシルバーは凄く物が良いらしいね。

あそこで取れるシルバーを出されるんだったら、銀貨一枚でこれを売っても良いって位だよ」

 でも、そんな物はこんな街に来ないだろうね。そう表情で語る店長を前に、 カイルロッドは懐にしまっていた小さな財布を取り出す。

 袋が動く度に響く澄んだ音。

その音を聞いて、店長はまさかという顔をする。

財布の中から、小さな馬蹄の形をした硬貨を取りだして、カイルロッドはにやりと笑う。

「そんな顔しちゃって、これがなんだか解った?」

「そ、それはもしかして……」

「そう、イワミギンだよ。

ねぇ店長、イワミギンが出るなら銀貨一枚でこの髪飾り売っても良いって言ったよね?

ほら、イワミギン出したよ?

これで支払うよ?」

「は……は……

まいどありー!」

 カイルロッドの手から丁重に馬蹄の形をした銀貨を受け取った店長は、 何度も頭を下げながらエメラルドの髪飾りをカイルロッドに手渡す。

 髪飾りを受け取ったカイルロッドは上機嫌で店を出て、コウに跨がって宿へと向かったのだった。

 

 宿の厩で、昼間買った赤い実をカイルロッドとコウが一緒に食べていると、上機嫌な様子のアリーシャがやってきた。

「どうしたの?」

 不思議そうにそう問いかけると、アリーシャは目を輝かせながらこんな事を言う。

「カイルロッド、今日素敵な髪飾りを買ってきたってお頭から聞いたんだけど、誰かにあげるつもりなの?」

 その様子を見たカイルロッドは、これは自分が貰うつもりだなと察し、素っ気なく言葉を返す。

「ううん、今日買った髪飾りは僕のコレクション。誰にもあげないよ」

「え~、あなたが持ってても何にもならないでしょ?

それだったら女の子が付けた方が髪飾りも喜ぶと思うの」

「じゃあ髪飾りを喜ばせる為にイワミギン一枚払える?」

 全く譲る様子を見せないカイルロッドに、アリーシャは不機嫌そうな顔をする。

「もう何よ、ケチ!」

 そう言い残し厩から去って行ったアリーシャが見えなくなった所で、カイルロッドが呟く。

「全く、女の子ってめんどくさいな……」

 溜息を一つつき、何が起こったのかよく解っていないコウに、赤い実のおかわりを食べさせたのだった。

 

†next?†