それから何年も、カイルロッド達は旅を続けた。
旅商人の頭が歳を取った後引退し、他のメンバーが頭になっても特に変わらない生活を送っていた。
とある街で、カイルロッドは珍しく花束を買ってアリーシャに手渡しこう言った。
「結婚おめでとう。
もう僕達とは一緒に旅はしないんだよね?」
「うん。しないって言うか、出来ないなって。
旦那様はこの街に定住してる人だから、お嫁さんがあっちこっち行ってたら心配しちゃうでしょ?」
「それもそうだね」
そんな話をしている合間を縫って、コウもアリーシャにこう言う。
「おめでとう!
いっぱい幸せになってね!」
「ありがと。
もうコウにも会えないのか。ちょっと寂しいな」
少し涙ぐむアリーシャに、カイルロッドはごく無味乾燥にこう言う。
「いや、偶にはこの街にも来るよ?」
「もう、カイルロッドってば、相変わらず乙女心が解らないんだから!」
「そんなめんどくさい物解りたくないよ」
全く空気を読まないカイルロッドの態度にアリーシャは少し頬を膨らませるが、突然こんな事を言った。
「そう言えばね、もうずっと前の事なんだけど。
あくまでもずっと前の事ね?
私、カイルロッドのお嫁さんになりたいなって思ってた事有るんだ」
「僕のコレクションとお金と交渉術のどれが目当てだったの?」
「うん、思ってた当時、絶対そう返されると思って言わなかったのよね」
「そうだったんだ。それは良かった」
二人の会話をよく解っていないコウが、交互にカイルロッド達の顔を見て不思議そうな目をしている。
そんなコウの頭を撫でて、アリーシャが言う。
「私、一度もカイルロッドと手を繋いだ事無いなって思って、それでね……」
「それで、何?」
「最後に握手してくれる?」
「ああ、それくらいなら良いよ」
簡単に言葉を交わし、握手をする二人の事をコウはじっと見つめていた。
その街に滞在して数日、カイルロッド達旅商人グループは街を離れる事になった。
またこの街に来る事もあると言っても何年後の話だろうか。
ここで仲間が一人減ってしまったのはいささか寂しい気はするが、これもお互いの幸せの為だ。仕方の無い事だろう。
その代わりと言って良いのかはわからないが、暫く前に他の街で新しい仲間も加わっている。
こうやって旅商人のグループは内部が循環し、入れ替わっていく。自然とそう言うシステムになっているのだ。
駱駝の引く車の横を、カイルロッドはコウに跨がって付いていく。
「今回の街で仕入れた装飾品、次の街で売れるかなぁ?」
「カイルロッドは商売上手だから大丈夫!」
「そうだと良いんだけどね。
いくら商売上手でも、その土地の風土に合わないと上手くいかなかったりするしね」
「でも、もうずっと色んな街を回ってるんだから何となくわかるでしょ?」
「まあね」
こうやってコウと話しながら続けている旅も何年目になるのだろう。
そんな事を考えながら、街道を進んでいくのだった。
何時までも続くと思って居たカイルロッド達の旅。
その中で、カイルロッドは少しだけ心境の変化を感じる事があった。
とある街の露店で店番をしていた女性。彼女の事が心に引っかかったのだ。
けれども、それは恋と呼ぶには小さすぎる思いで、街に滞在している間、稀に思い出す事が有るくらいだった。
偶に思い出しては、何かを渡したいなと思うカイルロッド。
それをコウに相談したら、こう返ってきた。
「カイルロッドのコレクションの中から、何か選んであげたら?」
「う~ん、でも、僕のコレクションって結構高額なのあるから、 迂闊なの渡すと相手の家庭内で揉めるんじゃ無いかって言う気がするんだよね」
「そうなの?
じゃあ、コレクションの装飾品じゃ無くて、きれいな石とかあげたら?
石ならそんなに高価じゃないのあるでしょ?」
「石?そうだね。
ちょっと見繕ってみるか」
コウに言われるまま、コレクションの石が入っている袋を漁るカイルロッド。
出てくるのはカーネリアンやターコイズ、それにロードナイトや水晶と行ったそこまで高価という訳では無い石ばかり。
その中でカイルロッドが目に留めたのは、水晶。
それもただの水晶では無い。中に苔の様な包有物を含んだ、緑豊かな庭園が閉じ込められたかの様な水晶だ。
「あ、これが良いかな」
そう呟いてより分けた瞬間、何かを思い出しそうになった。
けれども一体何を思い出そうとしていたのか自体がすぐに解らなくなり、少し不思議に思いながら水晶を布でくるんだ。
そして翌日、街を出る前に、なんだかんだで毎日通っていたあの女性の店に訪れ、プレゼントを手渡す。
「なんかこの街に居る間結構お世話になったから、お礼にこれをと思ったんですが、受け取って貰えますか?」
普段と何ら変わらない口調でそう言うカイルロッドからプレゼントを受け取った女性は、 お礼を口にして早速中身を取り出している。
中から出てきた珍しい水晶に表情を輝かせた彼女は、手に持った水晶を陽にかざしてカイルロッドに言う。
「まぁ、素敵な石……
こんな石初めて見ました」
嬉しそうな彼女に、カイルロッドが問いかける。
「多分珍しいと思って、それにしたんです。
気に入ってくれましたか?」
彼女の返事はこうだ。
「勿論です!ありがとう」
笑顔を輝かせる彼女に、カイルロッドも笑顔を返したのだった。
そしてまた続く旅路。
その中でコウがカイルロッドに訊ねた。
「あの街に居たあの子、お嫁さんにしなくて良いの?」
「そうだなぁ、また何年後かにあの街にも行くだろうから、その時までまだ気になってて、 またあの子に会えて、尚且つあの子が独身だったら考える」
「そっかぁ、何となく無理そうな感じがするね!」
「無理でも良いの。
僕はコウとずっと一緒に居られれば大丈夫だもん」
「ボクもカイルロッドと一緒だったら寂しくないよ!
でも、そろそろお嫁さんの事考えないと、おとうさんおかあさんの居る街に行った時にまた心配されちゃうよ?」
「こればっかは運とタイミングだからなぁ。
基本的に女の子には興味無いし」
耳の痛い事をコウに言われつつ、歩を進める。
ふと、カイルロッドがぽつりと言った。
「そうだなぁ、もしあの子をお嫁に貰えるんだったら、 だいぶ前にイワミギン叩き付けて買った髪飾りをあげても良いかな?」
「いいの?
あれ、お気に入りなんでしょ?」
「お気に入りだからだよ。
まぁ、あの髪飾りはずっと僕の手元に有りそうだけどね」
たわいの無い話をしながらゆっくり、ゆっくりと。
カイルロッドとコウの旅はまだまだ長い事続きそうだ。