其の三 友愛

 僕の名前はメディチネル。天界に居る神の元で医療系の仕事の統括をして居るよ。

基本的に天界にある神殿の中の、天使用の医務室に勤めてるんだけど、 偶に神の命令で人間に医術を教えに行く事もあるんだ。

天使が人間に医術を教える事なんて滅多に無いし、そう言う時って大体ものすごく難しい病気や怪我だったりするけど、 人間の発展度合いに合わせて少しずつ、知識を吹き込んでいく。

 人間の所に行く時は、天使の身分を隠して、擬態していかなきゃいけないから面倒くさいんだけど、なんだろう、 その面倒くさい事をして天使だってバレなかった例は一件も無いよ。

天使だってバレて帰ってくる度、神は怒らないんだけど、 幼なじみで今は天使達の統括をやってるプリンセペルに軽くはたかれる。

彼は擬態しなくても良い仕事だから、どんだけ難しいかわかってないんだろうな。

 偶にその事を他の友達に愚痴っちゃうんだけど、別に彼が嫌いな訳じゃない。

むしろ、もっと親しくしたいくらいなんだけど、天使長になってから妙に頑なになっちゃってるんだよなぁ。

 

 ある安息日の事、僕は神殿内を探し回って、知識庫……んー、人間達の言う所の、図書館? みたいな場所、 知識が沢山保管されている倉庫で彼を見付けた。

人間の心理に関する知識を閲覧してるみたいだけど、なんだかぼんやりしている。

ぼんやりしてるって事は仕事絡みじゃ無いんだろう。仕事してる時はもっとしっかりしてるもの。

「ねーねー、何やってるの?」

 彼の隣に行ってそう声を掛けると、こう返ってきた。

「見ての通りだ」

 うん、さっぱりわからないね!

僕が声を掛けたら知識を閲覧する気が失せたのか、元の場所に戻しに行っている。

僕はその後を付いていって更に話しかける。「ここでぼんやりしてるんだったら、一緒に沐浴でもしに行かない?

折角安息日なんだし偶には良いでしょ?」

「……まぁ、偶には」

 一緒に行ってくれるみたいだから、僕が彼の手を握って引くと、彼も手を握り返してきた。

でも、その手の感触は何処か頼りなさげで、僕と彼のお兄さんだけが知ってる、甘えん坊な彼が、少し透けていた。

 

 神殿から少し離れた所に有る、花畑と泉。僕と彼は、昔から何度もここで一緒に沐浴をしている。

ふふっ。でも、久しぶりだな。敷き布に嬉しい気持ちを乗せてフワッと開き、色とりどりの花の上を覆う。

沐浴をした後は翼を渇かさないといけないから、ゆっくり出来る場所を確保しておかないとね。

 僕も彼もローブを脱いで、ゆっくりと泉の中へと入っていく。

ひんやりとした水の中で、髪をほどく。

僕はそんなに複雑な結い方をしてるわけじゃ無いし、そもそも髪が長くも無いからすぐにほどき終わった。

一方、彼の方を見ると、複雑な結い方をして居るし、何より髪が長いのでほどくのに時間が掛かっている。

 彼のお兄さんは髪を結うのがとても巧くて、それを見た沢山の天使が結い方を習いたがってたっけ。

でも、とても忙しかった物だから、お兄さんが髪の結い方を教えたのは彼だけ。

彼は、不器用だから巧く結えないと今でもたまに言うけれど、 それでもなかなか。お兄さんが丁寧に教えてくれたおかげでちゃんと結えるようになっている。

 昔の事を少し思い出しながら彼を見ていたら、髪をほどき終わったみたいなので、手で水を掬って彼に掛ける。

「わっ! 急に何をする!」

 水を被って、少し怒ったような顔をした彼が、やり返すように僕に水を掛けてきた。

「うわっ! 冷たーい!」

 それからまた僕も水を掛け返して、そんな事をお互い何回か繰り返してずぶ濡れになった頃に、彼が笑った。

「ふふっ。こんなのも久しぶりだな」

 僕もにこりと笑って、彼の腕を引いて身体を抱き寄せ、頬にキスをする。

それから、彼の身体を抱きしめて優しく背中を叩いた。

「もう、最近ずっと難しい顔してるから、心配してたんだよ?」

「あー……そうか、すまなかった」

 一旦僕の肩に頭を預けた後、彼も僕の頬にキスを返して。それから、翼に水を掛けて欲しいって言うから、 お互い交互に水を掛け合って、身体が冷える前に泉から上がった。

 

 身体と頭を軽く拭いた後、二人揃って裸のまま、翼を広げて敷き布の上に寝そべる。

柔らかい日差しがじんわりと身体を温めていくのが、気持ちいい。

うつぶせになって腕に頬を乗せ、暫くお互い何も言わないでいたんだけど、突然彼が僕に手を伸ばしてきた。

「ん~、どーしたの?」

 一応訊ねはしたけど、多分手を握って欲しいんだろうなと思って、僕も手を伸ばしてギュッと握る。

すると、彼がぽつりぽつりと話し始めた。

「この前地獄に行った時、兄さんの所で休ませて貰ったんだ」

「うん」

「それで、その時、兄さんがずっと手を握っててくれて」

「うん」

 そんな話をして居るうちに、彼はウトウトしてきて言葉が切れて。代わりに寝息が聞こえてきた。

それでも手はしっかりと握ったままで、人間の子供みたいな寝顔をして居る。

「もう。

お兄さんと僕ばっかりじゃ無くて、他にも友達作らないと、辛いのは君だよ?」

 僕以外に友達を作ろうとしない彼が心配でそうは言ったけれど、多分寝てて聞いてないだろうし、 自分で言っておきながら、彼が僕以外の天使に頼るようになったら、ちょっとさみしいなって思った。

 

 風が羽を撫でる感触に目を開くと、うつぶせになったまま僕の手を握って、彼がじっと僕の事を見てた。

「ん……僕寝てた?」

「寝ていた」

 もしかしてずっと僕の寝顔見てたのかなぁ? それはちょっと恥ずかしい。

でも、僕もさっき彼の寝顔を暫く眺めていたわけで、それ考えたらおあいこかな。

 暫く重ねた手の指を絡ませあって、それから、手を離す時に彼が笑ってこう言った。

「まったく、お前は放っておけないな」

「え~、そう?」

 もう、放っておけないのはどっちだと思ってるの? でもその一言は言わないで。

 そろそろ翼も渇いてきたし、お日様の光で暖かくなったローブを着て、神殿に帰る準備をした。

 

 神殿に着いてから、彼が珍しく自室に誘ってくれたので、お邪魔する事にした。

樫の木で出来た扉を開くと、真っ白い方解石の壁で囲われた部屋に、籐で出来た椅子やテーブルが置かれている。

 ここに来るのも久しぶりだな。そう思いながら椅子に座って居たら、彼が銅のカップを二つ持ってきた。

お礼を言ってカップに口を付けると、ピリッとした泡の舌触りと、甘草の甘みと、ブルーベリーの少し酸っぱい味がした。

 

†fin.†