事の終わり

無事退院してから暫く、発作止めの薬を貰いはしたが、まだ少し不安が残るので、 悠希は相変わらず部屋に籠もっている。

変な勧誘も来ないし、押し売りも来ない。

何事もない平和な一日。

それが如何に素晴らしい物であるか噛み締めて居た。

鎌谷が日向で昼寝をしていて暇なので、悠希は偶にしか取り出さない絵筆を出し、 お茶を飲みながら、何とも無しに絵を描いている。

主に使う画材は鉛筆と水彩絵の具。

固まっても水を付ければ溶ける水彩絵の具は、非常に経済的なのである。

大判のスケッチブックに書かれた線画に薄く色を乗せていく。

何度も何度も色を重ねると、その絵は不思議な色味を見せ、不思議な魅力を見せ始める。

こんなに落ち着いて絵を描いたのは久しぶりだ。

絵を描くというのは案外神経を使う物で、調子が悪いとすぐに描けなくなってしまう。

ふと、色を塗っている悠希がもじもじした素振りを見せ始めた。

手付きもだんだんソワソワしてくる。

暫くそのままで居たが、数分としない内に立ち上がり、トイレへと向かう。

お茶は利尿性が高い物が多いので、トイレが近くなったのだろう。

悠希が慌ててトイレに駆け込もうとすると、突如トイレのドアが開き、 見知らぬ人型の物が出てきて道を塞いだ。

「誰ですか!

何で人の家のトイレから出て来るんですか!」

どういう訳か黒くもやの掛かった人型の物に悠希が抗議すると、 その黒い人がゆっくりと話し始める。

「良く聞くが言い、我が名は…」

「名前なんてどうでも良いです!

どいて下さい、ラスボスっぽい人!」

かなりギリギリらしく、珍しく悠希の目つきと口調がきつくなる。

それに対し、ラスボス呼ばわりされた黒い人が悠希を突き飛ばし、万年床の上に転がし、言う。

「台詞の邪魔をするな。

良いか小僧良く聞け、我が名は…」

再びゆっくりと喋り始めたラスボスの言葉を遮る様に悠希が立ち上がり、 パレットの上に安置して置いた筆を無意識の内に手に取る。

「だから名前とか出生とかどうでも良いからどいて下さい!」

その叫びと共に、筆の毛の方をラスボスの眉間に向け、突き刺した。

眉間に鋭く筆が突き刺さり、倒れるラスボス。

その屍を越えて、悠希は無事トイレに入ることが出来た。

 

「あ~よく寝た。」

ぐっすり昼寝していた鎌谷が目を覚ますと、 額に筆の刺さったラスボスが布団の上に横たわっている。

これは一体どう言う事なのか。

トイレの洗浄音と共に出てきた悠希に鎌谷が訊ねる。

「おい、このラスボス何?」

「ん?ああ、トイレから出てきたんだよ。」

「なんだよそれ、ありえねぇ。」

鎌谷の言う通り、あり得ないやり取りをしながら、悠希はラスボスの額に刺さった筆を抜き、 刺さっていたにも関わらず、全く汚れていない筆の穂先を見て安堵した。

「よかった~、汚れてなくって。

ラスボスに血も涙も無くて助かったよ。

セーブルの筆だから変に汚したく無いしなぁ。」

そう言いながら再び絵の着色に戻る。

一方の鎌谷は、じわじわと透明になって消えていくラスボスと、 その上の空間に流れる文字を見守って居た。

「スタッフロール流れてんじゃん。

何かのゲームクリアした?」

鎌谷の疑問に答える物は何もなく、ラスボスが完全に消える頃にはスタッフロールも終わった。

 

†The end†