夏の日差しも強い平日のある日、悠希と鎌谷は久しぶりに『五徳堂』へと足を運んだ。
自宅用に買って置いたプーアル茶が無くなったというのもあるのだが、 五徳堂では夏場限定でアップルマンゴーを丸々一個使った、 贅沢なマンゴーかき氷がメニューに出るのだ。
それ以外にも緑豆やゼリーやタピオカがたっぷり乗った台湾かき氷も有る。
何にせよこの時期にしか食べられない季節の味覚を楽しむために、二人は五徳堂を訪れた。
「恵美さん你好~。」
「悠希君、鎌谷君も你好~。元気そうネ。」
「お陰様で最近体調も良いんですよ。」
挨拶をしながら席に着き、渡されたメニューを見る。
夏とは言え、流石にかき氷だけでは体が冷えるし、お茶を頼むと何煎でも入れてくれるので、 何となくお得な感じがするのだ。
「えっと、マンゴーかき氷一つと桂花お願いします。
あと、鎌谷くんに緑豆パイを一個。」
「解りましタ~。少々お待ち下サイ。」
注文を受けた恵美がいつもの様に台所へ入ると、もの凄い音が聞こえてくる。
縁日の屋台などでお馴染みの、純氷を削る音だ。
その音が響き数分後、大きな深皿いっぱいに盛られたかき氷の上に、 四角く切られた山盛りのマンゴー。
更にその上から練乳と黒蜜が贅沢にたっぷりと掛けられている物を、恵美が持ってきた。
「お待ちどうサマー。」
「わーい、山盛りだぁ!」
ジューシーなマンゴーの香りに引かれ、鎌谷もテーブルに手を付き立ち上がる。
「いま鎌谷君の分持ってくるからちょっと待っててネ。」
恵美に窘められた鎌谷は、大人しくテーブルから手を離し、自分用の緑豆パイが来るのを待つ。
尻尾を激しく振り、もう待ちきれないと言った様子だ。
恵美が緑豆パイの準備をしに台所へ入ると、店の自動ドアを開けて他の客が入って来た。
その客は二人連れで、片方は赤い巻き毛を肩まで伸ばし、 水色のジャンパースカートにかわいらしいブラウスを着ている。
もう片方は薄い金髪を短く纏めていて、同じ様にピンク色のかわいらしいワンピースを着ている。
店に入るなり、赤毛の女性の方が台所に向かって声を掛けた。
「恵美さーん、你好~。」
続いて金髪の女性が悠希を気にしながら、低めの声で挨拶をする。
「你好ー。マンゴーかき氷出たんだ。」
「いらっしゃ~い、二人ともちょっと待っててネ。」
やりとりを鑑みるに、この二人も五徳堂の常連の様だ。
二人が席に着くのを、かき氷を食べながら悠希が見ていたら、ふと袴の裾を引っ張られる。
何かと思ったら鎌谷が凄い顔をしてぷるぷるしていた。
「どうしたの鎌谷くん。」
悠希が小声で問うと、鎌谷が鼻先で席に着いた金髪の女性をしきりに指し示す。
此処では一般犬として通している鎌谷は、言いたい事があっても言葉に出来ない。
何をそこまで怪訝に思っているのか解らない悠希は、話をしている二人組を横目で盗み見る。
だが、何がどう怪訝なのかやはり解らない。
そうこうしている内に、恵美が鎌谷用の緑豆パイを持ってきたので、 慌てて鎌谷が素知らぬ顔に戻る。
「あ、マンゴー食べる?」
とりあえず悠希は、気にするのを辞めて緑豆パイの乗った皿の上に、マンゴーを何切れか乗せた。
恵美がお茶の準備をしながら、二人組の注文を取る。
「今日は何にしますカ?」
「じゃあ私は台湾かき氷と寒梅。」
赤毛の女性がメニューを見るまでもなく注文をし、金髪の女性が少し考えて注文をする。
「マンゴーかき氷と…ちょっと喉の調子が悪いから枸杞洋参茶で。」
なるほど、少し声が低いと思ったら喉の調子が悪いのか。
悠希が勝手に納得していると、喉の調子が悪いと聞いた恵美が心配してその女性に声を掛けた。
「あら~、カナメ大丈夫?風邪カシラ?」
こんな所で友人の兄の名前を耳にし、思わず悠希の食べていたマンゴーが鼻腔に逆流する。
激しくむせる悠希を見て、恵美がますます心配する。
「悠希君も風邪?大丈夫?」
「いや…むせただけだから大丈夫です…」
その様子を見たカナメと呼ばれた人も慌てて恵美と悠希に言った。
「風邪って訳じゃないから、僕は大丈夫だけど…
大丈夫ですか?」
心配そうに悠希を見るその顔は、綺麗に化粧が施してあって、男には見えない。
「大丈夫ですか?大分顔色が悪いですけど。」
隣にいる赤毛の女性にまで心配される程、今の悠希は調子が悪そうだ。
「心配をおかけしてすいません、大丈夫、大丈夫ですから…」
そう言って一呼吸置き、気持ちを落ち着かせた気になってから、悠希が問いかける。
「あの、間違ってたら悪いんですけど、カナメさんって、柏原カナメさんですか?」
それを聞いたカナメがビクッとして、おどおどしながら答えた。
「そうですけど…
あ、もしかしてアレクのお友達の悠希君?」
悠希と視線を合わせず、視線を彷徨わせているカナメの言葉を聞いて、 鎌谷が凄い顔をしていた理由を悟る。
まさか女装した友人の兄とこんな所で会うなんて、誰も夢にも思わないだろう。
初めて会った時のショックを遙かに上回るショックを受けた悠希は、半ば放心状態になった。
走馬燈のように色々な事が悠希の頭を過ぎる。
そして、目の焦点が合わないまま、悠希が言葉を口走る。
「男でも良いんで僕と付き合って下さい。」
いつもならすぐにつっこむ筈の鎌谷も、この場ではつっこむことが出来ず、 頭を伏せて現実逃避をしている。
折しもその瞬間、恵美はかき氷を作りに台所へ行っており、 カナメは困った様子で隣にいる女性にヘルプの視線を投げかけている。
テーブルの下でその女性とカナメが、しっかりと手を握り、意を決したように悠希に言った。
「あの…この子、僕の彼女です。」
「初めまして、美夏って言います。」
言った側から今年三度目の失恋。
もうどうしようもない。
暫くすると、恵美がかき氷を二つ持ってきて、カナメと美夏が分け合って食べている。
だが、余りにも落ち込んでいる悠希を見て、美夏が悠希に言った。
「カナメから話は聞いたことがあるけど、同じアパートでしたっけ?
私も同じアパートに住んでて、毎日カナメが来てるから、良かったら遊びに来ますか?」
「え?美夏さんも同じアパートなんですか?」
「ああ、美夏は四階の角部屋だよ。大概午後はいつも一緒にいるんだ。」
会話のやり取りをして、悠希は何とか、自分はひとりぼっちじゃないんだという気になる。
正直、友達という関係とは言え、彼女の美夏に認めて貰えて、少し嬉しかった。