浅草橋散策

来る土曜日、悠希と鎌谷は指定の時間に指定の場所で、七海が来るのを待っていた。

携帯電話のメールアドレスと番号を教えてあるので、駅に付いたら連絡が来る筈だ。

初めて合う人と待ち合わせているせいか、悠希はいつも来慣れて居るはずの駅前にも関わらず、 始めて来た場所の様に感じられてソワソワする。

駅の階段の前で待つ事暫く。悠希の携帯電話が鳴りだした。

見てみると七海からのメールで、今駅に付いたとの事。

電車から降りてきた人の波が、目の前を過ぎて行く。

予め悠希は自分がどんな服装で来るかを七海に伝えて置いたので、 向こうから見つけてくれる筈だ。

誰が七海なのだろうかと人波を見渡していると、背が高く、 短い茶髪にパンクルックの女性が駆け寄って来た。

「こんにちは~、悠希さんですか?」

「あ、はい、そうです。七海さんですか?」

「そうです!

ホントに着物に袴なんだ、カッコイイー!」

悠希が悠希だと確認するまでは少し不安そうな顔をしていた七海だが、 人違いでないと解った途端に笑顔になる。

釣られて悠希も少しはにかみ、これからどうするかの話を切り出した。

「とりあえず、どのからお店見る?」

「ビンテージビーズをいっぱい置いてるって言うお店が見てみたいですぅ!」

「じゃあ西口の方だよ。

ちょっと歩くけど良い?」

「大丈夫です。

いつも秋葉原まで歩いてますから。」

二人は他愛のない会話をしながら、線路の架橋下を歩いて行く。

それに何食わぬ顔で付いていく鎌谷を、時々七海が横目で見ては、だんだんぎこちない顔になる。

「あの…ちょっと聞いても良いですか?」

「どうしたの?」

「その…なんでその犬二足歩行で歩いてるんですか?」

煙草を吸いながら歩いている鎌谷を見て、疑惑の念が頂点に達したらしい。

しかし、悠希は鎌谷の事を気にして貰えたのが嬉しいらしく、嬉々として七海に鎌谷の事を話す。

「紹介してなかったね。

鎌谷くんって言うんだけど、僕が生まれた日にお父さんが拾ってきた宇宙犬なんだ。

だから、小さい時からずっと一緒に生活してて、今も一緒に暮らしてるんだよ。」

「よろしくな七海ちゃん。

まあ、俺犬だからあんま気にしなくて良いぜ。」

普通ならあり得ない紹介に、七海は全く動じる様子がない。

「そうなんだ。

結構宇宙生物飼ってる人多いのかな、 あたしが通ってる壱川医院って言う所で飼ってる猫も宇宙猫でさ、受付やってるんだよね。

でもまさか二足歩行が出来るとは思わなかったな。」

七海の話から察するに、どうやら鎌谷以外の宇宙生物を普段から見慣れている様だ。

「いいな、働いてる宇宙猫。鎌谷くんは働かないの?」

「おめーが脱ニートしたら考える。」

 

あり得ない話をしながら歩いていると、あっという間に目的の店まで着いてしまった。

店頭ではアクリルビーズの詰め放題をやっており、様々な形のビーズが、 色の系統毎に分けられて居る。

「すごーい、お姉ちゃんが好きそう!

五百円だったら一袋買っていこうかな?

これもビンテージ?」

早速興奮気味な七海の様子に、悠希が笑顔で答えた。

「石油ショックの時に高級品として作られた物で、 もう製造されてないからビンテージだって店長さんが言ってたよ。」

悠希の説明を聞いているのか居ないのか、七海はジッパー付きの小さいビニール袋に、 アクリルビーズを詰めている。

七海がめぼしいビーズをあらかた袋に詰め終わるのを待ち、 煙草を吸っている鎌谷を入り口に置いて店内に入った。

中には他の店ではなかなか見られない様な、珍しい形のビーズが沢山吊されている。

そのビーズの合間を縫う様に、金属パーツも置かれている。

店自体の雰囲気とBGMが相まって、古き良き時代を連想させるその空間が、 七海はいたく気に入った様子。

「どうしよう、超可愛い。お店ごと欲しい~。」

悠希と共に店内を回って商品を見る目は、ずっと物欲しそうだ。

「僕もこのお店に来ると何でも欲しくなっちゃうんだよね。

ああ、でも気に入って貰えたみたいで良かった。」

初め、七海がこの店を気に入るかどうか不安だった悠希も、何とか一安心した。

 

一方その頃店の入り口付近では。

「鎌谷くん、あの女の人誰。」

「匠ちゃん…

いい加減悠希の事ストーキングするのやめろよ。」

いつの間にか来た匠と鎌谷が、店内から見えない所で話をしていた。

ストーカー呼ばわりされた匠が、鎌谷に激しく反論する。

「ストーキングじゃないもん!

お兄ちゃんに変な虫が付かないかどうか見守ってるの!」

「それをストーキングって言うんだよ。」

「学校とバイトが無い時しかやってないから違う!」

「あーはいはい。」

「それにお姉ちゃんにも見張っといてって言われてるし。」

「グルかよ。」

「あ~もう、 お姉ちゃんが総理官邸に引っ越したからお兄ちゃんを独り占めできると思ったのにぃ~!」

「待てよ、姉ちゃん何時の間に総理大臣になったんだよ。」

匠が口にした『総理官邸』と言う言葉を鎌谷は聞き逃さない。

聖史が選挙に出馬したという話は父から聞いていたが、総理になったという話は聞いていない。

それに対して匠も、聞いていないと言った様子で驚く。

「えっ?お父さんかお母さんかお姉ちゃんから話聞かなかった?

誰かがもう話したと思って言ってなかったんだけど。」

「多分全員そう思って誰も話してねーんじゃ?

聞いてねぇって、俺等。」

悠希を含む新橋家の人々は、案外重要な所が抜けている。

その事を鎌谷は重々承知していたが、余りにも重要すぎる事が抜けていたので、流石に呆れた。

しかし、今更どうこう言っても何が変わるわけでも無し。鎌谷は話を変える。

「まあ、姉ちゃんが総理になったのは俺が言っとくよ。

その絡みで姉ちゃん悠希に護衛付けてんのか。」

「え、何の事?

お兄ちゃんの護衛の話なんて聞いてない。」

今度は匠が鎌谷の言ったことを知らないと言い出す。

仕方がないと言った様子で鎌谷が匠に説明した。

「情報伝達不足もいい加減にしとけよ。

浅草橋着いてからずっと、黒塗りの車に乗った岸本が張ってんじゃねーか。」

「え?岸本さんもこの前の選挙で立候補して当選してたよ。」

二人の間に沈黙が流れる。

近くに停まっている黒塗りの車に、二人の視線も流れる。

匠が良く見ると、鎌谷の言う通り岸本が乗っていた。

匠と視線があった岸本は、気まずそうな笑顔を浮かべて車を発進させる。

「アイツもストーカーか。」

鎌谷が妙に納得していると、匠が激怒して叫んだ。

「国会出ないで何やってんのよ、あのストーキング税金泥棒!

待ちなさい!

変身!スペードペイジ!」

一瞬匠が眩く光ったかと思うと、あっという間にスペードペイジへと変身し、 そのまま自動車並の速度で、岸本の乗った車を追いかけて行って仕舞った。

嵐が去った後、鎌谷は一服して呟く。

「俺犬だから関係ねーや。」

 

暫く待っていると、買い物が終わった悠希と七海が店内から出てきた。

「鎌谷くんお待たせ。

何か外が眩しく光ってたけど何かあったの?」

「誰かが照明弾でも撃ったんじゃねーの?

えー、で。七海ちゃんは何か買ったのか?」

真実を説明するのが面倒な鎌谷は、悠希に適当な事を言って話を逸らす。

「ん~、結構値段張るのが多かったから、詰め放題の分しか買ってないや。

後は見てただけ。」

鎌谷に話を振られて、満足げに答える七海の顔が曇る。

それを見て悠希が心配そうに訊ねる。

「どうしたの?何かあった?」

「あ…あれ何…?」

震える手で七海が指さす先には、黒い全身タイツを身に纏った集団。

その中心には髪を三つ編みお下げにし、 スクール水着の上に申し訳程度の鎧を付けた悪の女幹部然とした中学生くらいの子が居る。

「新橋祐樹、今日こそ我々『赤いクラゲ』の元へ来て貰おうか!」

「あ、いつもの事だから気にしないで。

あっちよりもこっちの道行った方が他のお店近いから、こっちから行こうか。」

悪の女幹部の言う事など微塵も聞かず、悠希は怯える七海と、もう慣れた鎌谷を連れて、 道が塞がれていない方へと歩き出す。

「え?嘘、無視?」

まさかスルーされるとは思っていなかった女幹部は一瞬ポカーンとした後、 慌てて部下達に指示を出す。

「道を塞げ!」

すると何処から沸いてきたのか、 悠希達の進行方向からも全身黒タイツを纏った戦闘員とおぼしき集団がやって来て、 悠希達を取り囲んだ。

「これで逃げられまい。

観念しろ、新橋祐樹!」

『赤いクラゲ』の一団に取り囲まれ、怯える七海を庇いながら悠希が叫ぶ。

「人の名前をフルネームで連呼するの辞めて下さい!

あなた達と知り合いだと思われたら恥ずかしいじゃないですか!」

「黙れ!二足歩行する犬を連れてるヤツに言われとうないわ!」

恥ずかしいと言われたのが悔しいのか、女幹部がムキになって言い返す。

怯えている七海が、悠希の腕にしがみついて訊ねた。

「一体何なの…この人達…」

「僕にもよく解らない。

勤めて解らないようにしてる。」

七海の手を優しく握って言った悠希の回答が気に入らないのか、 女幹部がますますムキになって叫びだした。

「私の名は青刀のココア。秘密結社『赤いクラゲ』の改造人間にして幹部だ!」

「自己紹介するの辞めて下さい!

あなた達とこれ以上、心の距離を縮めたくないです!」

七海が居る手前、今まで虚勢を張っていたのだろう、 それがだんだん崩れてきて悠希も涙目になっている。

お互い歩み寄りが見られない状況を見かねた鎌谷がココアに訊ねた。

「服装に関しては何もつっこまないからさ、なんで悠希の事をさらおうとしてるのか、 詳しく説明してくれね?」

そこは聞いて欲しい所だったらしく、ココアが自慢げに話し始めた。

「犬の方が話が分かるな。

新橋の一族には、常人を遙かに超えた能力を宿すDNAが組み込まれている。

そのDNAを解明すべく、 とりあえず一番弱そうで連れて行けそうな新橋祐樹を我が組織に取り入れようと試みているのだ。

お前等、奴らを取り押さえろ!」

説明が終わり、ココアが戦闘員に指令を出すと、鎌谷には網が掛けられ、 悠希と七海が引き離される。

羽交い締めにされ、悲鳴を上げる間もなく気絶した七海と、 網で担がれている鎌谷を見て悠希が泣きながら叫ぶ。

「何するんですか!

七海さんと鎌谷くんは関係有りません、離して下さい!」

七海と同じ様に羽交い締めにされている悠希を愉快そうに眺めながら、 ココアが悩む振りをして言う。

「さて、どうするかな。お前の態度如何によっては…」

「ついでに僕も離して下さい。」

「えーい、猪口才な。

全員一蓮托生で連れてったる。」

「そんな!助けて、茄子MANさん!」

戦闘員に引きずられながら、悠希が助けを求める。

しかし、ココアは余裕たっぷりだ。

「残念だったな!

茄子MANなら今頃、池袋の本屋を周り終わって新宿の本屋にいるだろうよ!

どんなにあがいても此処まで来るのに二十分は掛かろう。」

それを聞いて悠希はショックを受ける。

「じ、じゃあスペードペイジさん…」

「スペードペイジだったら、さっきストーキング国会議員を追いかけてどっか行ったぞ。」

助けを求められる人が居ないと知り、悠希は絶望感に打ちひしがれた。

暫く俯きながら考えた後、毅然とした態度でココアに言う。

「解りました。僕は離さなくていいんで、七海さんと鎌谷くんを離して下さい!

僕一人が着いていけば、あなた達はそれで良いんでしょう!」

それを聞いたココアは満足げだ。

「意外といなせな奴だな。

良し解った、私とてそんなに心が狭いわけではない。

お前が我々の回している車に乗った所で、女と犬を解放してやろう。」

大人しく戦闘員に連れられて行く悠希を見て鎌谷が叫ぶ。

「馬鹿野郎!

大人しく付いていくヤツがあるか!」

「そうだ、付いていくことなんかねぇ!」

鎌谷に続いて、何者かが声を上げる。

「誰だ!」

ココアが良く目を懲らすと、気絶していた筈の七海が、戦闘員を放り投げていた。

「七海さん…?」

悠希と鎌谷を捕まえていた戦闘員をあっという間に倒し、二人を解放する。

呆然としている悠希に、七海は小声で耳打ちした。

「俺は七海の交代人格、アッシュだ。

七海が気絶してるから、暫く俺が出る。」

しっかり悠希と鎌谷を抱き寄せた七海ことアッシュがココアと対峙する。

「さて、いきがるのはその辺にして、買い物続けさせてくれないかな。お嬢ちゃん。」

「何だと…」

もう一度三人を捕獲する為、命令を出そうとしたココアの背中に堅く、 冷たい物が押しつけられる。

「その三人を解放していただけないのなら、鉛の弾を背中に撃ち込みますよ。」

いつの間にかココアの背後に立っている赤毛の女性が、冷たい声で言う。

その言葉に恐怖を覚えたココアは戦闘員に命令を出し、捨て台詞を残して去っていく。

「くそっ、軍の人間が出てきては分が悪い、今日の所は見逃して置いてやる!」

今までの騒ぎは何だったのかと思うほど速やかに、『赤いクラゲ』の一団は消え去った。

残された悠希とアッシュと鎌谷に、『軍の人間』と言われた女性が声を掛ける。

「皆さん大丈夫ですか?」

その女性に、悠希と鎌谷は見覚えがあった。

「美夏さん!有り難うございました。」

「おう、助かったぜ~。

お前さん軍の人間だったのか?」

「早く退役したいんですけどね。

上が五月蠅くてなかなか。」

溜息をつきながら、美夏が銃を仕舞う。

突如現れて自分達を助けた美夏に付いて、アッシュが小声で、悠希に問いかけてきた。

「どういう知り合い?」

「同じアパートに住んでる人だよ。」

何となく説明不足な感があるが、悠希としてもこれ以上の事は知らないので、 これしか言い様がない。

「何か微妙な関係だな。

とにかく有り難うな、別嬪さん。」

一歩遅れて礼を言うアッシュに、美夏がはにかみながら返す。

「褒めても何も出ませんよ~。

じゃあ、私は連れをパーツ屋さんに置いてきているので、もう行きますね。」

それだけ言った美夏は、踵を返し、突き当たりの角を曲がっていって仕舞った。

その様子を、何か引っかかる事でもあるのか、アッシュが怪訝な顔で見送る。

そんなアッシュに悠希が訊ねる。

「どうしたの?何か気になる事でもあるかな?」

「いや、あの美夏って人、前にニュースで見かけた気が…

気のせいかな?」

「テレビで?

余りテレビ見ないからわかんないなぁ。

鎌谷君知ってる?」

アッシュと悠希が首を傾げていると、鎌谷がはたと、何かを思いだした様だ。

「そう言や俺もニュースで似た人を見たことあんな。誰だっけ。」

鎌谷が考えること暫く。

思い当たる節があったらしく、顔を引きつらせ、体を小刻みに振るわせながら、 泣きそうな目で二人に言った。

「思い出した。

去年何処かで日本軍がテロにあっただろ?

その時、日本兵を全員無傷でテロから脱出させたって、一時期ニュースを騒がせた、 小久保美夏陸軍大将だよ。」

突如打ち込まれる沈黙。

余りの事に呆然としながら、悠希が言う。

「いや、でもまさか、陸軍大将が、しがないアパート住まいしてるなんて事…

そんな筈無い、そんな筈無いよ。」

まさか同じアパートに住んでいる住人が、そんな大物だとは信じられない悠希。

たらたらと冷や汗をかきながら、鎌谷の言葉を否定する。

それに対して鎌谷は追い打ちを掛ける。

「そんな事言ったってよ、お前の姉ちゃんだって総理大臣になったろ。」

「待ってよ鎌谷くん、それ初耳だよ!」

「俺もさっき匠ちゃんから聞いたばっかだよ。」

「え?匠って、何処にいるの?」

「さっきどっか行ったよ。」

悠希と鎌谷が騒いでいる横で、アッシュの顔色がどんどん悪くなっていく。

「…俺、何時の間にそんなえらい世界に足踏み入れたんだ…?」

余りにも余りな肩書きの人が悠希の身近にいると知り、心が追いついていって居ないようだ。

ふと、アッシュの体から力が抜け、前のめりに倒れる。

「あっ!大丈夫?」

慌てて悠希が体を支えると、どうやら香水を着けているらしく、ほんのりと甘い香りがした。

その香りと柔らかな感触に、悠希の胸が高鳴る。

思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、流石に初対面の相手にそんな事は出来ない。

ジレンマに悩まされながら、悠希はアッシュの肩を叩き、気づかせようとする。

「大丈夫?起きれる?」

暫く肩を叩いていると、彼女が目を覚ました。

「ん…あれ?」

自分が悠希に支えられているのに気づき、飛び起きて声を上げる。

「ごっ、ゴメンナサイ!

あの…何が有ったのか覚えてないんだけど、あたし何かしてた?」

悠希から一歩離れ、不安げに訊ねられた悠希と鎌谷が顔を見合わせる。

それから、少しだけ困った顔をして悠希が言った。

「さっきアッシュっていう交代人格?の人が出てたけど…」

それを聞いて再び声を上げる。

「嘘!

どうしよう…

外では出ないように気を付けてるのに…」

泣きそうな顔をしてそう言っている様子を見ると、今話しているのは主人格である七海の様だ。

他の人格が出て、初めて会った悠希と鎌谷に非難される事を恐れているのだろう。

それを感じ取った鎌谷が、ぶっきらぼうにフォローを入れる。

「あー、まあ、別に何かまずい事した訳じゃねーし。気にすんな。

とりあえず落ち着くのにどっか入るか?」

悠希も落ち着いて話がしたいので、鎌谷の言う通り、何処かゆっくり出来る所に行こうと、 七海に勧めた。

 

そして入ったのは駅にほど近いレストラン。

暖かい色の照明が、三人の座っている席を照らしている。

「七海さん、目の前で人格が変わっても、僕は気にしないし、だから、 七海さんもそんなに気にしないで…欲しいな。」

まだ落ち込んでいる七海に、悠希がしどろもどろながらに話しかける。

暫く、七海は言葉少なだったが、ぽつりぽつりと悠希達に話をし始めた。

「気にしないって言ってくれると助かるって言うか…上手く言えないんだけど…

でも、そう言ってくれる人、お姉ちゃん以外居なかったから…」

そう言う七海の声は、今にも泣き出しそうだ。

何も言えなくなっている悠希に代わって、鎌谷も七海に声を掛ける。

「でもさ、姉ちゃんだけでも解ってくれて良かったんじゃね?

ほら、家族全員から否定されたらどうにもならないだろうし。」

「だってお姉ちゃんも多重人格だし。」

慰めかどうか解らない鎌谷の言葉に、七海は間髪入れずに返し、そのまま話し続けた。

「端から見てるとそうは見えないみたい何だけど、あたしもお姉ちゃんも、 小さい頃から結構弾かれ者でさ。気が付いたら二人とも病院に掛かる様になっちゃった。

ネット繋がるようになってから、結構精神系の事を調べたりして、 医者以外にも誰か相談できる人を見つけた方が良いって書いて有ったから、 ネットで知り合った人に相談したりしたんだよ。

そうしたら嘘吐き呼ばわりされたんだ。

始めの内は他の人格が出ても、その時の記憶が残ってたせいかな。多分。

今行ってる精神系サイトに来る前、他のサイトで色々あったんだよ…

だから、今のサイトでも多重人格なのは、余り表に出してないんだ。」

正直、話している内容が要領を得ているとは思えなかったが、 こう言う場合はとにかく相手に話させた方が良いというのは悠希も知っている。

精神科に病気に掛かっている人は、おしなべて理解が得られないことが多い。

悠希でさえも、『何処が障害者なの?』と問われる事がある。

理解されない辛さは、多かれ少なかれ悠希と七海、二人に共通する物の筈だ。

今だ続く七海の話を聞いていると、悠希もだんだん辛くなって来るが、 ここで投げ出してはいけないと、自分に言い聞かせた。

 

三人のテーブルに、注文の品が届いた頃、 七海もあらかた言いたい事を話し終わったのか大分落ち着いていた。

悠希はアイスミルクティーを、七海はアイスレモンティーを、鎌谷はホットコーヒーを飲みながら、 先程とは打って変わって、他愛のない話をしている。

「そう言えば、ちょっと気になってたんだけど七海さんのお姉さんって、どんな人?」

悠希は先程から度々話題に出てくる、七海の姉について尋ねた。

何とも無しにストローで紅茶を混ぜていた七海が、手を止めて口を尖らせる。

「お姉ちゃん?

写真か何か持ってくれば良かったなぁ。

あ~惜しい、彼氏の写真なら有るのに。」

何気ない七海の一言が、悠希の胸に突き刺さる。

その様子に気づかぬまま、七海は自分の鞄を漁りながら話を続ける。

「あたしの彼氏ね、お姉ちゃんの元彼なんだよね。

だからどうって訳じゃないんだけど、アイツと一緒に写っる写真ないかな、お姉ちゃん。」

口を尖らせたまま鞄を漁る七海を見て、鎌谷は嫌な予感がした。

何となく、七海の彼氏が知り合いのような気がするのだ。

七海が持ち歩いているらしい、小さなフォトアルバムをめくり、写真を差し出す。

「あ、三人で写ってる写真があるや。

これお姉ちゃん。」

鎌谷の予感は的中した。

七海が指さす先には、かつて悠希が知らぬ間に振られた相手琉菜が、 その隣には同じく振られた友人アレクが写っている。

時が止まり、呼吸が出来ているかも定かでない悠希を放ったまま、鎌谷が写真を指して言う。

「この二人知り合いだわ。

この男の方、七海ちゃんの彼氏?が悠希の友人でさ、 この前振られたってんで悠希を飲みに誘ってたぞ。」

「へ~、そうなんだ。世界って狭い。」

思わぬ所で繋がって、話が弾む七海と鎌谷の横、悠希は心の中で涙に暮れていた。

 

†next?†