第六章 夏も盛りの花火大会

 日中うだるような暑さで街中が満たされているある日の事、 冷房がよく効いた自室で悠希が小説のプロットをまとめていると、携帯電話が鳴り出した。

 何かと思い発信元を見てみると、かけてきているのは高校時代の後輩の大島だ。

 アパレル系の仕事に就いていると言う事で、休みなどが不定期になりがちらしく、 年中定休日の悠希が連絡を取りやすいのだろう。

「もしもし大島君?

うん、久しぶり。今日は何の用?」

 悠希が用件を訊くと、今度悠希が住んでいるアパートの近所でやる花火大会に、一緒に行かないかという誘いだった。

「うん、良いよ。一緒に花火大会行こうか。

待ち合わせはどうする?」

 待ち合わせ場所の事を聞くと、大島は電話越しにこう言う。

『実は、浴衣を買ったのですが自分で着付けをする方法がわからないんです。

新橋先輩は普段、着物を着ているようなので、もしご迷惑でなかったら、浴衣と下駄を持って行って、 先輩の家で着付けを教わりたいのですが』

「そうなの?

じゃあ、早めに駅で待ち合わせて僕の家で着替えようか。花火大会中は荷物を僕の家に置いておけばいいし」

『そうですか?

では、当日よろしくお願いします』

 そんなやりとりと、少しだけ近況の話をして、悠希は通話を切る。

 陽の当たらない涼しい場所でそれを聞いていた鎌谷が、いぶかしげな顔をして悠希に声をかけた。

「お前、花火大会行くの?」

「うん。折角誘って貰ったし」

「でもよぉ、お前人混み苦手だろ? 大丈夫なのか?」

「う~ん、付き添いが居れば……」

 大丈夫と言いたいのだろうが、そうとは言えず、言葉尻を濁す悠希に鎌谷が鼻を押しつけて言う。

「しゃーねぇな。俺も付き添ってやろうか?

それと、なるべく人が少ないコース取りしろよ」

「そうだね、人が少ないところ行けば良いか」

 鎌谷も付いていくと言う事で安心したのか、悠希はほっとした顔をして、携帯電話をちゃぶ台の上に置いた。

 

 それから暫くして、花火大会当日の昼間、悠希はアパートの最寄り駅で大島と待ち合わせをしていた。

 駅に有る時計を時折見ながら、改札の向こう側を見る。

 今日は花火大会だからか、普段よりも人の流れが多い。

 改札を沢山の人がくぐってくるのを見て不安になったのか、悠希は隣で立っている鎌谷の手をぎゅっと握っている。

「お前さぁ」

「ん? なぁに?」

「この時点でビビってんのに花火大会とかほんとに大丈夫なのかよ」

「ん~、大丈夫だと思いたい……」

 鎌谷に心配されつつ待つ事暫し、ボストンバッグを提げた大島が、改札をくぐってきた。

「新橋先輩お久しぶりです」

「久しぶり。元気だった?」

「はい、体調に変わりはないです。

所で一つ伺いたいのですが」

「ん? なぁに?」

「隣に立っている柴犬はペットですか?」

 普段は飄々としている大島も、流石に二足で立っている犬は不思議な物に見えたようで、 まじまじと鎌谷を見ながらそう問いかける。

 対して悠希は、鎌谷に興味を持って貰えたのが嬉しいのか、笑顔で大島に説明をする。

「うん。僕が小さい時から一緒に居るお友達で、鎌谷君って言うんだ。

鎌谷君は宇宙犬だから、少し珍しいかもね」

「よろしくな。

まぁ、俺犬だし気にしなくて良いぜ」

 いつも通りの鎌谷の挨拶に、大島はにこりと笑って応える。

「そうなんですね。

初めまして、僕は新橋先輩の高校時代の後輩で、大島と言います。よろしくお願いします。

それにしても、実物の宇宙犬を見るのは初めてです」

「まぁ、絶対数がそんなに多くないしな」

 大島の挨拶を聞いて、鎌谷の返事を聞いて、それから悠希がはっとしたように訊ねた。

「あっ、そう言えば大島君は動物アレルギーとか無い?

鎌谷君も一緒に住んでるから、部屋に入るとアレルギー有ると大変な事になっちゃうかも」

「お前そう言う事は待ち合わせる前に訊いておけよな」

 ワンテンポ遅れた反応なのはいつもの事とは言え、 鎌谷は流石に呆れ顔をする。そんな悠希と鎌谷を見て少しくすりとした後、大島がこう答えた。

「僕は幸いアレルギーは有りません。なので、大丈夫ですよ」

 それを聞いて安心した悠希は、早速アパートに戻って浴衣の着付けをしようと、大島を誘ったのだった。

 

 それから一旦アパートに着き、悠希と大島が浴衣に着替える。それから、悠希が冷蔵庫を開けてこう言った。

「参道には屋台いっぱい有ると思うけど、もし大島君が屋台のごはんでなくて良いって言うんだったら、 うちで晩ごはん食べちゃう?

そうすれば、混んでる所通らずに会場行けるし」

 それを聞いた鎌谷は、それなら着替える前に食べれば良いのにと思ったが、今更なので特に何も言わない。

 一方の大島は、床の上に正座したまま返事をする。

「夕食と言っても、何か買い置きが有るのでしょうか?

新橋先輩が普段液体栄養缶で済ませていると言うのは前から聞いていたので、 僕が食べる様な物が有るとは思えないのですが」

 大島の疑問に、悠希は冷蔵庫から人参とにんにくの芽を取りだして答えた。

「あまり凝った物は作れないけど、人参とにんにくの芽とツナの炒め物くらいなら作れるよ。

ごはんも、パックので良ければ有るし。

どうする?」

 それを聞いた大島は、少し視線を泳がせた後、それではお願いします。と、夕食を悠希に任せた。

 

 夕食も済ませ夕暮れ時、二人と一匹はアパートから裏道を通り少し大きい道に入り、 比較的人通りが少ないコース取りで花火大会が開催される土手へと向かった。

 会場のすぐ側は人が多すぎるので、敢えて少し離れた所から見ようと、土手の上を歩く。

 暫くすると、花火の上がる音が聞こえてきた。人の少ない土手の上で、少し小さく見える花火を、並んで眺める。

 ふと、大島が口を開く。

「蔵前先輩は、利根川の花火大会に行くそうですね」

 そう言えばそんな話をメールで聞いたな。そう思いながら、悠希も話す。

「そんな事言ってたね。

確か、彼女さんの実家があっちの方なんだっけ」

「相手方のご両親にご挨拶に行くのも、兼ねているそうですね」

 そう言って、大島が空を見上げたまま悠希に訊ねる。

「先輩も、花火大会は恋人と見に来たかったですか?」

 その問いに、悠希は去年一年の事を思い返して返事に詰まる。

「んっと、あの……」

 そっと手を握ってくる悠希に代わり、鎌谷が言う。

「こいつ、去年一年だけで三~四回フラれてるんだよ。

だから気にすんな」

「あ、これは失礼しました」

 少しだけ気まずい空気が流れて、それでもその間にも花火は上がって、花火の輝きと瞬きで、また雰囲気が和んでくる。

「大島君も、本当は他の人と花火見たかったとか、そう言うの無い?

僕と見てるのが嫌じゃ無いと良いんだけど」

 悠希の言葉に、大島はちらりと悠希を見て言葉を返す。

「嫌なわけ、無いじゃないですか……」

 花火の音にかき消されそうなほど小さくて弱々しい声だったけれども、 その言葉が妙にはっきりと聞こえたように、悠希には感じられた。

 

†next?†