第十二章 しあわせな門出

 今まで色々と不安があったりはしたけれども、ついにカナメの結婚式の当日がやって来た。悠希は前日のうちに美容院に行き髪を整え、着る着物も、いつもより少し改まった物を選んだ。ご祝儀袋もしっかりと用意し、いつもの大きい鞄ではなく、手持ちの小さめの革鞄を持っていくことにした。
「鎌谷君、行くよ」
「おう」
 鎌谷もいつも出かけるときに首に巻いている風呂敷を身につけて、悠希と一緒に玄関から出る。とは言っても、鎌谷も式に参加するわけではなく、長時間家を空けることになりそうなので、実家につれていって預かってもらうことにしたのだ。
 悠希たちは電車に乗り、一旦実家へと向かう。実家では、母親が迎えてくれて、快く鎌谷の事を預かってくれた。
「鎌谷君久しぶり~。今日はうちでゆっくりしていってね」
 鎌谷は柄にも無く、可愛らしい鳴き声で母親に返事をする。余程機嫌が良いのだろう。
「それじゃあ悠希、失礼のないようにするんだよ」
「うん。それじゃあ行ってきます」
 母親に見送られ、悠希はまた駅へと歩き出す。これからまた結婚式の会場へと向かうのだ。

 カナメの結婚式は、仏前式だった。慣れない様式なので戸惑ったけれども、無事に式は終わった。この式の時に、新婦だけでなくカナメまで白無垢の着物を着ていたけれども、それを見て違和感を感じることは特になかった。ただ、ずっと女の子になりたいと願い続けてきたカナメが女の子になれて、その上で大事な人と結ばれたというのは、喜ばしいこと以外の何でもなかったのだ。

 寺での式が終わった後は、他のホールへ移動しての披露宴だ。披露宴会場までは、ホールの方で用意した小型のバスに乗って移動する。
 式の参加者は、当然のことのように悠希も知らない人が沢山いる。それを慮ってか、バスの中では悠希は通路を挟んでアレクの隣の席を勧められた。アレクの反対隣、窓側の席に座っているのは、以前より話に聞いている、アレクの弟だろう。
 アレクが悠希の方を向いて話し掛けてくる。
「よう。式の間どうだった?」
「うーん、なんか初めての形式でびっくりしちゃったけど、でも、良い式だったね」
 悠希の答えに、アレクは嬉しそうに笑ってこう言った。
「前に、兄貴が結婚するの不安って話したじゃん」
「うん」
「でも、なんかさ、実際に式に出たら、なんとなく晴れやかな気持ちになってさ。ああ、兄貴たちはこれでいいんだって思って」
「うん」
「なにも不安がることなかったなって」
「そうだね」
 どうやら、アレクも抱えていた不安が晴れたようだった。正直、悠希も式に参加するまでは少し不安のような、もやもやした気持ちがあったけれども、式に参加した後となっては、ただしあわせになることを願いたい気持ちになったようだった。
 ふと、アレクが反対側を向いて隣の男性に話し掛けている。
「どうした。しけた顔してんな」
「だって、だってさ……」
「まったく、いつまでそんなごにゃごにゃしてんだよ」
 聞こえてくる会話からするに、やはりあの男性はアレクの弟のようだった。頼りにしていた兄が嫁に行くことになって、やはり不安が拭えないのだろう。けれども、このことはあのふたりで決めたことだというのはわかっているようだった。

 しばらくバスに揺られていると、披露宴会場に到着した。会場の人の案内で披露宴の行われるホールへ行き、自分の席に座る。悠希に割り当てられているのは友人席だ。このテーブルはカナメの友人の中でもあまり繋がりが複雑でない人を集めた席のようで、悠希の右側には、友人同士なのだろうなと言う見知らぬ男性がふたりと、左側には、悠希とカナメの共通の友人である男性が座っている。
「勤さん、お久しぶりです」
「悠希さんもお久しぶり。席隣ですか」
「まぁ、こういう配置になるのはわからないでもないです」
 いかにもよそ行きと言ったスーツに身を包み、黄緑色の髪をしっかりとセットしている彼とは、どういう経緯で知り合ったのかというのを説明するのはむずかしい。余りにも色々な要素が絡んでいて、一概にどうとは言いがたいのだ。
 悠希が周りを見渡して、隣に座っている勤に言う。
「そういえば、かなり大がかりな披露宴っぽいですね」
「そりゃ、カナメの相手が相手だから、こうなりますよ」
「たしかに……」
 勤の言葉に、悠希は納得する。カナメの相手は、言ってしまえばとても有名人で、よくこの場に報道陣が入らなかったものだと言ってもいいくらいだ。
 しばらく経って、披露宴会場の席が埋まる。それからさらにしばらく待って、本日の主役の登場となった。
 ナレーションと共にホールの扉が開かれる。入ってきたのは、薔薇の花をあしらったドレスを着た新婦と、月下美人の花をあしらったドレスを着ているカナメだった。
 ドレスの出来映えにももちろん目がいったけれども、それ以上に、悠希はしあわせそうなふたりを見て安心した。
 ふと、なにやらすする音が聞こえたので右隣の席を見ると、ふたり組がハンカチで目頭をちょくちょく押さえながら泣いていた。それを見て、悠希もなんとなく目頭が熱くなる。おめでたいという気持ちと、何故だか甦ってきた、昔、ほんの一時期だけとは言えカナメを好きだったときのことが思い起こされたのだ。左隣に座っている勤も、心なしか涙目になっている。あのふたりは、しあわせをこんなにも分けてくれているのだと、悠希は思ったようだった。

 披露宴は着々と進み、ケーキ入刀の段に入った。用意されたケーキは、何段にも積まれた高さのあるタイプではなく、平面的だけれども面積が大きく、生クリームとフルーツがたっぷり乗った、いかにも美味しそうで食べる事に主眼をおかれているなというものだった。
 ケーキ入刀のためのナイフが、主役ふたりいに手渡される。それを見て悠希は首を傾げた。どうにも、渡されたナイフがケーキ入刀用のものには見えないのだ。
 そのナイフは刃の部分が赤く、なぜだがフォルムが波打っている。そのナイフで本当にうまくケーキが切れるのか疑問になるようなものだった。
「まぁ、ケーキに刃が入ればいいから」
 隣にいる勤はそう言うけれども、本当に大丈夫かという気持ちは拭えない。
 そんな悠希の気持ちもさておいて、慣れた手つきでケーキに入刀したふたりは、ナイフを抜いて、にこにことしている。アナウンスで、このナイフは新婦が作った力作だと解説が入った。
 わざわざあんな不思議な形のものを? そう疑問がっていると、悠希の目に、離れた席に座っているアレクの姿が映った。なにが面白いのか一生懸命笑いを堪えて肩を振るわせている。
 悠希が不思議そうにしていることに気づいた勤が、耳元であのナイフが一体何なのかを小声で話す。それを聞いた悠希は、おかしいような呆れたような、不思議な気持ちになる。あのナイフがなんであるのか、正体はわかったけれども、まさかここまでするほどとは思っていなかったのだ。
 そうしているうちにナイフは片付けられ、ケーキは切り分けられて、参加者に配られる。遠目で見るだけでも美味しそうだったけれども、いざ目の前に来ると、艶のあるフルーツがますます食欲をそそった。
 ケーキを配り終わってから、またアナウンスが入る。このケーキは、カナメの弟が頑張って焼いたものだというのだ。
 その、ケーキを焼いた弟がマイクに一言コメントする。
「俺なりに、精一杯のお祝いです」
 それを聞いて、カナメは兄弟からも、両親からも祝福されてここに立っているのだと悠希は思う。
 これから先の人生、あのふたりに幸いありますようにと、悠希は小声で呟いた。

 

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