新宿駅から国鉄に乗り二駅、悠希たちは原宿に到着した。
これからどこに向かうのかは悠希にはわからないので、駅構内の時点から匠に先導してもらう。匠の好きなロリータファッションの店が多いのは竹下通り側だと悠希は記憶しているのだけれども、匠が向かっているのはどうやら表参道方面だ。
「匠、竹下通り行かなくて良いの?」
思わずそう問いかけると、匠が振り返ってにこりと笑う。
「竹下通りも帰りに見たいけど、まず行くお店は表参道の方にあるから」
「そうなんだ」
目的の店に行くのが楽しみなのか、匠の歩調が早くなる。それに付いていくのは悠希には容易なことだったけれども、どうにも鎌谷は少し遅れがちになっている。なので、人が多いということもあり、しばらく鎌谷を抱えて歩く事にした。
表参道を下っていき、大きな十字路に差し掛かる。この十字路の一角には、やはり匠が好きな店の入ったビルがあるのだけれど、どうやら今回はそこも目的ではないらしい。信号を渡り、ハーブを扱っている店の前を通り過ぎる。そこまで来たところで、悠希はなんとなくこの道には覚えがあるように感じた。
しばらく参道沿いを歩いて、ふと匠が細い路地に入る。入ってすぐに、周りの雰囲気が変わった。表参道沿いの賑やかな雰囲気から一転して、閑静な住宅街になったのだ。
周りを見渡して、悠希が小声で匠に話し掛ける。
「そういえば、この辺りに学校の後輩のお店があるんだけど」
「お兄ちゃんの後輩さんの? 店員さんとか?」
「店員って言うか、店長って言うか」
悠希の話を聞いて、匠は納得したように頷く。
「そっか、お兄ちゃんの学校服飾科だったから、お店構えてる人がいてもおかしくないよね。あとでそっちも行こうか」
どうやら匠は、目的のお店の近くに悠希の後輩の店があるなんて奇遇。といった程度の気持ちなのだろう。悠希にとって見覚えのある道をどんどん進んでいく。そして匠が立ち止まったのは、半地下にガラスの入り口がある洋服屋だ。
「そうそう、ここだ。ネットで調べたときの写真通り」
嬉しそうにそう言う匠に、悠希は戸惑った表情で声を掛ける。
「あのね匠、僕の後輩のお店ってここなんだけど」
それを聞いて匠はきょとんとする。
「え? そうなの?」
「うん、そう」
そんなこととはつゆ知らずといった匠が頬を抑えて顔を赤くする。
「そっか。それじゃあお兄ちゃんこのお店知ってたんだ」
「うん、あらかじめ言えば良かったね……」
ふたりのやりとりを見て、あいかわらず情報伝達が下手だなと鎌谷は思う。それから、店に入ろうという悠希の腕からぴょんと降りてふたりに言う。
「服の店だと俺入ると毛だらけになるだろうからここで待ってるわ」
「うん。ちょっと待っててね」
悠希はそう返事をして、自分の着物に付いた毛を手で払い、階段を降りてガラスの扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると、レジカウンターに白髪を短くまとめている、悠希よりも小柄な男性が立っている。彼が悠希のことを見てにこりと笑う。
「あ、新橋先輩いらっしゃい。そちらの方はお友達ですか?」
「大島君久しぶり。この子は僕の妹だよ」
「先輩の? ああ、だいぶ前にそんな話を……」
悠希が大島と呼ばれた店員と話をしていると、レジカウンターの奥に付いた扉からもうひとり顔を出した。緑のはねっ毛を上手にスタイリングしている、のんびりとした表情の男性だ。
「新橋先輩お久しぶりです~」
「柏君も久しぶり。元気だった?」
「はい、おかげさまで業績もよく」
どうやら、大島も柏と呼ばれた男性も、両方悠希の後輩のようだ。兄の後輩と言うことを意識してしまったからか、匠は悠希の後ろに隠れてしまっている。その様子を見てか、悠希が困ったように笑う。
ふと、柏がこう訊ねてきた。
「ところで先輩、今回は妹さんにこのお店を紹介しに来てくれたんですか?」
それに対して悠希はこう返す。
「ううん、今日は妹が気になるお店がるからって案内してもらったんだけど、そしたらそのお店がここだったんだよ」
「なるるー。ありがとうございます」
納得した様子の柏がひょいっと匠のことを覗き込むと、匠は顔を赤くしてはにかむ。そんな匠に、悠希が訊ねる。
「そういえば、匠はどこでこのお店を見つけたの?」
悠希に声を掛けられて少し気持ちが落ち着いたのか、匠が悠希の後ろから半歩出る。
「私は学校の友達にこのお店聞いたの。かわいいタイツをよく履いてる子で、どこで買ったのって聞いて」
「なるほど」
不思議に思っていたことが解決して、今度は大島の方へ目をやると、右手ですっと店内の一角を指している。その先には小さなクリップ式のハンガーに吊されている、色柄もののタイツがいくつも下がっていた。
「当店の人気商品です」
その一言で、匠はすぐさまにタイツの方へと移動する。
「すごい、いろんな柄がある」
「かわいいのいっぱいあるね」
嬉しそうにタイツを見る匠に、悠希は思わず笑顔になる。きっとこういう物が欲しかったのだろうと思ったのだ。
このタイツのデザイン、正確にはテキスタイルに落とし込む作業は大変だろうなと思いながらしげしげと見る。それから、すぐ側にかけられているカジュアルなジャケットを見る。どうやらこれは春秋もののようで、袖は裏地が付いているけれども背抜きで仕立てられている。裏地の端はパイピングできちんと歪みなく処理されていて、技術の高さをうかがわせる。
ふと視線を匠の方に戻すと、今度はアクセサリーを見ているようだ。悠希も隣に立ち、一緒にネックレスや指輪を眺める。
「わわ、このさくらんぼのネックレスかわいい」
「どうする?」
「え~、買っちゃう……」
迷う間もなく匠は、透き通った赤が可愛らしいネックレスを手に取り、タイツと一緒にレジへと持って行った。
「ありがとうございます」
会計が終わり、ショッパーに入れられた商品を受け取った匠は満足そうだ。その様子を見て、悠希もなんだか安心した。
「そういえば先輩」
「ん? なぁに?」
「今日は鎌谷君はいないのですか?」
突然大島にそう問いかけられて、悠希は入り口の外を指して答える。
「鎌谷君も来てるけど、中に入ると毛だらけになっちゃうから外で待ってる」
「そうなんですね。久しぶりに挨拶をしたかったのですが……」
大島の隣でやりとりを聞いていた柏が、ひょいっと入り口の外を見て、奥の部屋からローラーのような物を取りだしてきて言う。
「そこのわんちゃんに挨拶したいならしてきていいよ。コロコロする粘着シートいっぱいあるから」
「そうですか?」
柏の許可が出たところで、大島がちらりと悠希の方を見る。
「会ってくれると、鎌谷君も喜ぶよ」
「そうですか。ではお言葉に甘えて」
悠希に先導され、匠と大島が店から出て階段を上る。するとそこには、待ってましたといった顔をした鎌谷がちょこんとお座りをしていた。
「よう大島、久しぶり」
「鎌谷君も久しぶりです」
「わかってるよ、揉んでいいぞ」
「ではお言葉に甘えて」
大島が手を伸ばすと、鎌谷は澄ました顔で頬を揉まれたり引っ張られたり、されるがままになる。ひとしきり大島が満足するまで鎌谷を揉んで、撫でて、それが終わってから、悠希たちはその店を離れた。
悠希たちが帰った後大島が店内に戻ると、すでに粘着シートを手に持った柏がおずおずと訊ねてきた。
「ねぇ、さっき外から聞こえてたんだけど、あのわんちゃん、喋ってなかった?」
大島の服の上を丁寧に粘着シートで撫でながら柏が訊ねると、大島はそう言えばという顔をする。
「店長には言ってませんでしたね。新橋先輩は宇宙犬と暮らしてるんです」
「宇宙犬、なるるー」
この説明で柏は納得したようだけれども、名残惜しそうにこう呟いた。
「それなら僕も揉んでおけばよかったなぁ」
「コロコロもありますしね」
少し名残惜しさもありつつも、いつも通りの店内に戻ったのだった。