第十五章 姉妹

 悠希さんに憑いている霊の説得に手を出せないで居るある日の事、除霊依頼が入ってきた。

いつも通りに個室のある飲食店で部屋を借りて話をしている訳なのだが、俺は依頼人を前に縮こまっていた。

神様を相手にしても縮こまらなかった俺が何でそんな事になっているのかというと、 依頼人が現在の日本国で総理大臣を務めている女性だからだ。

「今回はどの様なご用件でしょうか」

 緊張しながらそう訊ねると、彼女は厳しい視線を向けてこう言った。

「実は、私の弟に憑き物が憑いている様なのです。

それを祓っていただきたいのですが」

 弟か。その言葉を聞いて、彼女の名字を思い出し、確認を取るようにこう訊ねる。

「失礼ですが新橋総理、弟さんの名前は、悠希さんと言いませんでしょうか?」

「あら?どうして貴方がその事をご存じで?」

 彼女の名前は新橋聖史さん。やはり新橋という名字も珍しいのでもしやと思ったのだ。

悠希さんとは友人付き合いがあるんですよ。等と言う話をした後、聖史さんが本題に入った。

「なるほど、悠希がお世話になっています。

本題なのですが、実は先日、天皇陛下がご神託を受け、私の弟を守れと神に言われたそうなのです」

「ご神託ですか」

 確かに言われてみれば、天皇陛下は神の子孫と言われているし、実際の所は神事を司る祠祭だ。

 しかし、悠希さんに関する依頼は、既に紙の守出版の方々から受けている。

「西洋の悪い憑き物が憑いているので、それを祓って欲しいと言うご神託です。

寺原さんは悠希と友人との事でしたが、そう言った物は居るのでしょうか?」

 その問いに、俺は悠希さんに憑いている霊の事を思い出しながら答える。

「そうですね。どちらかというと守護霊と言った様子の西洋系の霊は憑いています。

けれど、どうやらその霊は悠希さんを独占したいらしく、小説家になって有名になる事を阻んだり、 あとは実害の無い事なのですが、他の人と中が良さそうにしていると抱きついたりしていますね」

 俺の言葉を、聖史さんは頷きながら聞いていたが、突然苛立ちの混じった目で俺にこう言った。

「そうなのですか。

しかし、守護霊的とは言え悠希を独占しようとしているのは許せませんね。

是非寺原さんのお力で消し去っていただきたいのですが」

 あれ?なんか今一瞬私怨が入ったぞ?

でも、何となくその部分に触れるのは恐い気がしたので、今度は別の話題を振る。

「ところで、天皇陛下が受けたご神託というのは、悠希さんを守れと言うだけの内容ですか?

もう少し詳細に理由とか、有りませんでしょうか?」

 俺の問いに、聖史さんは難しそうな顔をして答える。

「天皇陛下が仰るには、悠希と、もう一人誰だったか。

とにかくその二人を神が保護したいと言う内容だったそうです」

「ううむ……

やっぱり余り具体的な内容では無いですね……」

 一応そう言ったが、きっと次世代世界の創造に関する事だろう。

これは後で美言さんに訊いた方が良いかな?

多分、既に任されている案件だろう。

俺は聖史さんの依頼を受けると伝えた。

 

 その後少し雑談をしていたのだけれど、気になっていた事があったので聖史さんに訊いてみた。

「所で総理、先日同性婚を認めるという法案が凄いスピードで可決されましたが、 その法案を作った理由は何なのでしょうか?

単純に孤児の受け入れを出来る家庭を増やす事ですか?」

 その問いに、聖史さんはお茶を一口飲んでから、澄ました顔で答えた。

「実は、弟の悠希の言葉がきっかけなんですよ。

悠希の友人で、もしかしたら同性で夫婦になるかもしれないという人が居るようなので、その二人を応援している悠希に、 少しでも安心して欲しかったんです」

「そ、そうなんですね」

 うわぁ、思ったよりも個人的な理由だった。

それにしても、同性で夫婦になる可能性がある友人って、多分カナメと美夏さんだよな。

そんな事を思って居ると、聖史さんは更に言葉を続けた。

「出来れば兄弟間でも結婚を認められるようにしたかったのですが、 流石にそれは倫理的にも遺伝子学上にも良くないと言う事なので、ニュースになる前に廃案になったんですよね」

「いや、兄弟同士は流石に不味いでしょう……」

「兄弟間の婚姻が認められれば、私と悠希で婚姻を結ぶ事も出来るなと思ったのですが、上手くいかない物ですね」

 ちょっと何言ってるのこの人。

聖史さんはとんでもないブラコンなのだなと思いながら相づちを打っていた訳なのだが、こんな事も言っている。

「でも、その法案が通ったら通ったで妹が黙っていないと思うんですよね。

妹に悠希を取られる事を考えたら、まだ他の女性と結婚した方がマシだなと。

そうなると兄弟間の婚姻は認めなくて良かったなと思いましたよ」

 この姉妹こわい。

そう言えば悠希さんが心を病んでしまった原因をだいぶ前に聞いているのだが、 匠ちゃんと聖史さんには言えないと言っていた。

何故なら、病んだ理由が匠ちゃんと聖史さんによる悠希さんの奪い合いだったからだ。

普段仲の良い妹と姉が、ちょっとしたきっかけで喧嘩を始めてしまう事に、耐えられなかったのだという。

 その話を聞いた時は、兄弟が居ると良く有る話なのでは無いかと思っていたのだが、今の聖史さんの話を聞く限り、 この姉妹の悠希さん好きは度を超している。これでは病んでも仕方ない。

けれども、悠希さんの心情を考えるとその事は、今目の前に居る聖史さんには話せない。

 取りあえず雑談はその辺で終わりにし、店を出てから美言さんに会うため、紙の守出版にアポを取った。

 

 そして紙の守出版にて。

俺が天皇陛下にご神託があったという話をしたら、美言さんが顔を青ざめさせて他の編集者にこんな事を言った。

「ちょっと、誰が神託下したか問い合わせて置いて下さい」

 え?美言さんはこの事を知らなかったのか?

不思議に思いながらも応接間に通され、椅子に座る。

ご神託に心当たりが無いらしい美言さんは、頭を下げながら俺にこう言った。

「本当に、二度手間をおかけしてしまって申し訳ないです。

我々は八百万と言われる程人数が居る物で、 既にその案件を寺原さんに依頼したと言う事が伝わっていない神が居たみたいです」

 それから、美言さんはこう言葉を続ける。

「出来れば天皇に神託を下すのは控えるようにと言う暗黙の了解があるのですが、 今回は緊急事態だと焦ってしまった神が居るようです」

「え?どうして天皇陛下には神託を下さない事になっているんですか?」

 俺の問いに、美言さんが説明するにはこう言う事だった。

 天皇一族は元々八百万の神の子孫であるので、昔は神託を下す事が有った。

けれども、時代を下るにつれ、 天皇陛下は祠祭として日本国を動かすための要になる行事を一年中と言って良い程行うようになったのだと言う。

それに加えて、ここ近年は日本国が外交をする際にも重要な位置に立つようになってきたので、 迂闊にご神託を下して手を煩わせるのは良くないと、気がついたら暗黙の了解が出来ていたのだと。

 なるほど、そう言う経緯があるのかと思わず頷く。

 そうしている間にも先ほど美言さんが言っていた問い合わせは完了したらしく、ご神託を下した神に、 天皇陛下に謝罪の言葉を入れるようにと言っている。

 なんだかドタバタし始めたうえに、俺にも代わる代わる神様達が謝罪をしてきているのだけれど、 俺としては聖史さんの話を聞く機会があって良かったから、 そんなに謝らないで下さいと神様達に言ったのだった。

 

†next?†