創世狂騒曲

 暗く狭くなにもない部屋の中、神々が集まっている。なにもない。光すらない。だから、なにかがあるかも見えるはずはないのだけれども、ただ息づかいで、複数の神がいるということだけがわかる。
 全員押し黙り、なにを言うべきかに思案を巡らせている。
 この場にいる神に課せられた責任は非常に重い物だ。なぜなら、この神々は今まさに、創世に立ち会おうとしているからだ。
 神々のなかの誰かが一言発すれば、それで世界が生まれる。そのことが全員のなかで共有されているのだろう、おそらく全員が、より完璧な世界を生み出すためにはどんな言葉を発すれば良いのか考えているはずだった。
 そんななか、ひとりの神が口を開いた。
「光あれ?」
 これといった確証も無いままに発せられたであろうその言葉がきっかけで、光の奔流が生まれた。強い光は神々を照らしその姿を明らかにし、同時に影も生まれた。
 そしてそれから間もなく、光と影は混じり合い、混沌を産む。もしかしたら、光あれ。と言いきったのであれば、光と影は混ざること無く存在し、そこから世界を創る足がかりができたかも知れない。けれどもこの神は、あろうことか疑問形で口に出したのだ。
 光と影が渦巻く混沌に飲み込まれながら、他の神々が怒声を挙げる。
「おい、いいかげんなことしてんじゃないよ!」
「どうすんのこれ、どうしてくれるの!」
「この名無し! 名無し! 名無し!」
 次々に怒声を浴びせられた、光を創り出した神は、反省するかと思いきや逆にこう声を張り上げた。
「だってあのままじゃ誰もなにも言わなかったじゃん!
なにか生まれるきっかけになったんだからむしろ褒めてよ!」
 もちろん、この言葉に納得できる神がいるはずもない。けれども、たしかにあのままでは誰もなにも言わず世界を生むことができなかったのも事実だ。
 神々は苛立ったまま、この混沌をどう収めるか、だれか収められる神はいないか大声でやりとりする。
 混沌で混乱する神々のなかから、ひとりの女神が一際大きい声で全員を一喝して、混沌のなかの影を掴む。
「神なら神らしくしゃんとしな!
とりあえず光と影を分けるよ!」
 なるほどその手があったか。という顔で神々が女神を見る。女神は瞬く間に光と影を分けて、再び神々の姿を明らかにした。
 光と影はこれで落ち着いた。そのことに安心した神々は、各々手分けをして、海を創り、大地を創った。その大地は創った神ごとに気候も形も違ったけれども、単一の仕様で創って失敗したら取り返しが付かなくなるので、あえてそれぞれに好みの造形をした。
 大地ができたところで、神々は生き物をどうするかという話をはじめた。光を創った神以外は、初手で生き物まで創るつもりだったらしく、はじめは意見が色々と割れた。
 けれども、こうやって光を創り、影を創り、海と大地を創るという段階を踏んだ神々は、話し合いをしてすり合わせをする余裕ができていた。
 結果として、最終的に目指す生き物の形は、自分たちの似姿にしようということで決まった。
 しかし、自分たちの似姿を持った生き物をどのようにして創るのか。そのことでまた意見が割れる。様々なプランが提示され、けれどもそれは確実に成功することが約束されたものではなく、神々は頭を悩ませる。
 神々が難しい顔をするなか、光を作った神がこう言った。
「もうめんどくさいからノープランで良いじゃん。
なるようになるよ」
 その言葉に、神々は溜息をつく。しかしそれは否定を現すものではなかった。
「……たしかにその通りだ。トライアンドエラーが一番近道だろう」
 誰かがそう言うと、全員それで納得したようだった。
 そうして、神々はそれぞれに生き物を創りはじめた。最初は似たり寄ったりな小さな生き物ばかりだったけれども、次第に形を変え、大きさを変え、繁殖し、時には滅び、長い時を経て、神々の似姿が生まれた。
 それを見て、神々は喜び合う。ようやく、創世の基盤を整え終わったと言ってもいいからだ。
 あとは似姿が文明を持つのを待つだけだ。似姿が文明を持てば、神々は正体を得ることができる。
 神々が神として存在し続けるためには、似姿の信仰が必要なのだ。

 古くからいる神に、創世の話を聞かされた若い神が頭を抱えている。
「うん? どうしたの?」
「いや、ひどいとは聞いてたけど想像以上にひどかった」
「いやー、ひどいよね!
僕も最初聞いたときびっくりした」
 若い神は、いままでに神々について語った神話というものを聞いてはいたし、把握もしていた。けれどもそれは人間が語っているものであって、実際に神々が体験したものではないのだ。
「いやほんと、人間が創世神話の体裁整えてくれてて助かるよ」
 古い神がそう言って笑う。若い神はこの話は絶対に人間には聞かせられないと思っているようだった。
 物語を司る若い神は、自らの役割上創世神話の原点を知らなければいけなかったのだけれども、いま考えると、聞かなければ良かったかなと思ってしまった。

 

†fin.†