それは雪が降り続いているある日の事。
少年と少女は、針葉樹林の奥深くにある粗末な小屋で、二人きりで過ごしていた。
村から遊びに出て迷子になったのでは無い。二人とも、口減らしの為にここに捨てられたのだ。
竈と暖炉を兼ねた物が小屋に備え付けては有るが、薪も残り少ないし、何より食料が無かった。
猟の出来ない二人は、最期の餞別として渡された僅かながらのパンを、二人で分け合って食べていたが、 それももう数日前に尽きた。
「お腹空いたね」
「うん……」
少女は俯く少年に微笑みかけるが、少年は虚ろな瞳で視線を返すだけ。
少女は、この小屋で初めて出会った少年から聞いた話を思い出していた。
「ねぇ、羊の食べ方を知ってるって言ってたよね?」
「うん……」
「もし明日起きて、それで、羊が居たら自分で食べられる?」
「屠殺の仕方は、友達から教えて貰ったから、多分出来る。
なんで?」
「もしここから出られて、そうしたら羊が食べたいなって思ったの」
「そっかぁ……」
それっきり少年はうとうとしてきてしまって、床に横になってしまう。
小屋には少女と少年の分、二枚の掛布が有るけれども、少女は両方の掛布を少年に掛けた。
翌朝、少年が目を覚ますと、今まで自分より遅く起きた事の無い少女がまだ眠っているのに気付いた。
そして見てしまった。少女の手に握られているナイフと、血の張り付いた首筋を。
少年は恐怖と共に、昨夜の少女の言葉を思い出した。
『もし明日起きて、それで、羊が居たら自分で食べられる?』
羊。彼女の言った羊というのは『迷える子羊』の事だったのか。
少年は漠然とそう思った。
彼女に逃げるのかと、そう罵声を浴びせるのは簡単な事だろう。
けれども少年は、涙を流す事も無くナイフを手に取り、子羊の腹を割いた。
少しずつ、少しずつ肉を食べる日々。
もうじき肉が無くなるだろうかというある日の事、雪が止んだ。
少年は、おぼつかない足取りで小屋を出て、ゆっくりと深く積もった雪の中を歩いて行った。
そうしてどれだけ歩いただろう。少年は村に帰る事も出来ず、暖かい雪の上へと身を沈めた。
また雪が降り始める。
雪の底に沈み行きながら、少年は自分の中に居る少女に語りかけた。
「ねぇ、今になって僕は、君に恋をしたよ」