第三章 神と堕天使

 その建物の中には、私の友人が住んでいる。友人と言っても人では無く、 今は沢山の物語を管理するAIだと聞いた。

 彼とは長い付き合いで、最初に会ったのは一体何世紀前のことなのだろう。当時まだ人間だった彼は、 私が神だと知っても、友人だと言ってくれた。それがとても嬉しくて、 彼が生まれ変わる度にその消息を追って見守っていた。

 そんな彼が、今の時代には人工知能として産まれた。どこからでも彼にアクセス出来るので、 暇なときに彼のデータベースにアクセスして物語を楽しみ、また彼とのやりとりも楽しんだ。

 ところが、ここ最近彼の様子がおかしいと感じる。何故なのかはわからない。言ってしまえば直感のようなものだった。 心配になった私は彼の元へと行く事にした。

 彼が居るところは、非常に人気が少ないところというか、おそらく、 彼が据えられている建物の中には誰も居ない。これで誰かがいるのであれば、 人間と同じ方法で訪れないといけないのだろうけれど、そうではないので自分の住処から一瞬で、彼の元へと移動する。

 初めましてだね。そう言う間もなく、私は目の前の光景に驚いた。点滅している大きなディスプレイに、 その前にうずくまる小柄な女性。傍らには大きな嘴の付いたマスクが転がり、よく見ると彼女は、 何かを食べているようだった。

 こんな所に何故食べ物が? そう不思議に思い周りを見渡すと、 部屋の中に置かれている全てのコンピューターの蓋が開けられていた。そして、 中からはハードディスクが抜かれている。

 女性の方から聞こえる、固い物を割る音。よくよく見てみると、彼女が食べているのは割った円盤だった。

 直感的に思う。彼女が食べているのは、私の友人だ。

 護身用に持っているレーザーガンを手に取り、彼女の脚を撃ち抜く。悲鳴を上げた彼女はこちらを向いたけれども、 すぐさまにまた円盤を食べ始めた。一瞬見えた彼女の目からは正気を感じられなかった。私が感じ取れたのは、 深淵を覗き込んでいるかのような気味の悪さだった。

 彼女の手元に残っているのは、ハードディスクのケースばかり。

「君は、ユガタを食べたのかい?」

 そう問いかけると、彼女は口の中で噛み砕いていた物を飲み込み、こちらを向いてこう答えた。

「たべたよ。たべたけどおいしくないよ」

 その言葉に私は逆上した。今まで永らく存在してきて、 こんな気持ちを抱いたのは初めてだ。泣きながら空のケースを囓る彼女に、 銃口を向ける。このまま頭を撃ち抜いてやろうと、引き金を引こうとしたその瞬間、部屋の中に大きな羽音が響いた。

 この音には覚えがある。天使か、それに属する翼有る物の音だ。

「その娘にそれ以上危害を加えるのなら、喩えお前でも容赦はしないぞ」

 彼女と私の間に、黒い翼を背負ったものが顕れた。彼は堕天使だ。そう確か、『彼女』を追い続けていると、 だいぶ前に聞いた記憶がある。目の前に人ならざる物が顕れても、 彼女の様子は変わらない。ただ私の『友人』を貪るばかりだ。

「容赦をしないと言われても困ってしまうね。

だってその子は、私の友人を食べているのだよ?」

 そう言って目の前の彼に銃口を向けると、彼も手にレーザーガンを持って私に向ける。それから、 威嚇のためか私が纏っている黄色いマントの端を射貫いた。

「彼女を撃ったのがお前でなかったら、既に命は頂いて居たのだがな」

 彼の言葉が終わる前に、私は彼の左頭を撃ち抜いた。けれども、 彼が倒れる様子は無い。それもそうだろう。人間では無いのだから。

「なるほど、お前の意思はわかった」

 苛立たしげにそう言った彼が、何度も私に撃ってくる。片眼しか残っていないためか狙いは甘いけれども、 それでも数を撃たれれば何発かは当たる。私は左腕を失った。

 お互い何発も打ち合い、少しずつ身体の一部を失っていく。お互い大切な物を賭けているのだから、 そうなるのは当然だった。

 いや、これは当然なのだろうか。もし今では無くもっと過去にこんな事があったのなら、 お互いもう少し冷静になれたのではないだろうか。何かがおかしい。でも、何がおかしいのかがわからない。

 疑問を持ったまま打ち合い続け、隙を見てようやく私は、彼女の頭の左半分を撃ち抜いた。

 それからすぐさまに、私は向かい合っていた堕天使に心臓を撃ち抜かれた。さすがにここをやられたら、 神である私でも生き延びることは出来ない。けれども私が撃った最後の一発も、彼の心臓を貫いていた。

 彼は塵となって消えゆき、私も膝を付く。そして最期に見えたのは、頭を撃ち抜かれ倒れても尚、 異物を食べ続ける彼女だった。

 

†next?†