深淵の奥深く。そこでセイタはたゆたっていた。
深淵の底は暖かく、けれども絶望を孕んでいた。
ここから出ないと、もう二度と家族にもミエにも会えない。そう思いながらも、何をする事も出来なかった。
あれからどれだけ経っただろうか。
深淵の底から出る事を願い続ける日々。
その中で、闇の中から何者かがセイタに話しかけた。
「ここに飲まれていても尚、外に出たいと願い続けている人間はお前が初めてだ。
面白い。特別にお前を深淵の闇から解放してやろう」
そう言った何者かは、セイタの瞳を凝視し、貌の無い顔から楽しげな笑い声を漏らす。
「深淵から出る君に、特別な贈り物をしてあげよう。
贈り物を使って、精々私を楽しませておくれ」
それから、セイタの右目に黒い針の様な物を刺した。
すると、セイタに一欠片の混沌が混じった。
何が起こっているのか理解出来ていないセイタを抱え、何者かは深い深い深淵から地上を目指す。
深淵から這い出した何者かはセイタを地上に置き、そのまま深淵へと帰る。
置き去りにされたセイタが暫くぼんやりとその場に座っていると、暫くして犬神様の使いが来て、冥府へと案内された。