第一章 神様がやってきた!

 春が訪れ日がだんだん長くなってきたある日の事。パソコンで小説を執筆していた悠希の元に、 音声チャットが着信した。

 この音声チャットには悠希の小説を出版している『紙の守出版』のIDしか登録されていない。 プロットの練り込みは先日やったばかりだし、当然校正もまだだ。一体何の用だろうかと通話を開始すると、 発信したのは悠希の担当では無く、編集長の語主という男性だった。

『お世話になっております、紙の守出版の語主です。

新橋先生、少々お時間よろしいでしょうか?』

 突然なんだろう。悠希はそう思ったけれども、書いていた小説もきりの良いところだったので、話に応じる事にした。

「はい、大丈夫ですよ。

どんなご用件でしょうか?」

 少し緊張しながらそう訊ねると、語主は少し躊躇いがちにこう言った。

『実は、私の友人が今度東京観光をしたいと言っていまして、もし新橋先生のご都合が付くようでしたら、 案内をお願いしたいのですが』

「観光案内ですか」

 お世話になっている人の友人とは言え、初めて会う相手を案内するのは不安があるが、東京の案内だけで良いのなら、 大丈夫だろうと、悠希は思う。日程を聞き、手帖を確認して、該当の日は空いている事を確認し、返事を返す。

「はい。その日は開いていますので、僕で良ければご案内しますよ」

『そうですか、助かります。

ホテルの手配はこちらでおこないますので、当日はよろしくお願いします』

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 依頼を受け、当日の待ち合わせ時間と場所を決め、通信を切る。すると、悠希の足下に柴犬がやって来てこう言った。

「なんだおめー、観光案内するのか?」

「うん。鎌谷君も行きたい?」

「いや、観光案内ってなると俺が入れないところも沢山あんだろ。当日は実家行って待ってるわ」

「そっかぁ」

 観光案内に鎌谷が付いてきてくれないと聞いて、悠希は少しだけ寂しそうな顔をする。けれども、 いつまでも鎌谷に甘えてばかりではいけないだろうと、手のひらで頬を叩いて、小説の執筆に戻った。

 

 そして観光案内当日。悠希は鎌谷を実家に預け、待ち合わせ場所である東京駅の動輪の広場へ、 待ち合わせ時間よりも少し早めに向かった。

 広場に着くと、三つの動輪が並べられた壁の前に、沢山の人が居た。きっと皆それぞれに、 別々の人を持っているのだろう。これだけ人が居る中から、自分を見付ける事ができるのか。それが少し不安だったけれども、 ここで待ち合わせしてしまった物は仕方が無い。見付けて貰える事を期待して、ただ待つしか無いのだ。

 待つ事暫く。悠希の元に向かってくる二つの人影を見付けた。背が低めで身なりの整った男性と、 大きなキャリーを引いている、黄色いフード付きの外套を着ている男性だ。

 キャリーを引いた男性を見て驚いている悠希に、背が低い方の男性が声を掛ける。

「新橋先生こんにちは。今日はよろしくお願いします」

「こんにちは。こちらこそよろしくお願いします。ところで語主さん、そちらの方がご友人ですか?」

 にこにこしている語主に恐る恐る訊ねると、語主も、どう説明したものか。と言う顔をする。

「そうなんです。私の友人で、えっと」

 語主が隣に立つ、黄色い外套の男性の名前をなかなか言い出せずに居ると、彼がにこりと笑ってこう言った。

「悠希君だよね? 久しぶり」

 その声と姿に、悠希は覚えがあった。まだ小さかった頃、迷い込んだ鉱山の中で出会った、 夢だと思っていた人物。その人が、当時と変わらない姿で目の前に居た。

「あの……蓮田岩守さん……ですか?」

「そうだよ、覚えていてくれたんだね。

君にしてみれば、あれからだいぶ経ったのだろう? ふふっ、こんなに大きくなって」

 嬉しそうに話しかけてくる蓮田岩守に、悠希は戸惑いを隠せない。常日頃喋る宇宙犬やヒーロー、 魔法少女を見慣れていると言っても、自分が小さかった頃から全く姿が変わっていない人物と言うのには、 流石に慣れていないのだ。

 動悸を感じながら、悠希は恐る恐る訊ねる。

「あの、蓮田岩守さんは、何者なんですか?」

「ん? 神だよ?」

 神。さらっとそう答える蓮田岩守の頬を、語主が引っ張る。

「おまえ、そう言う事さらっと言うなよ!」

「え? じゃあなんて答えれば良かったんだい?」

「そうだけど」

 どうやらこの二人は随分と仲が良いようだけれども、蓮田岩守が神であるのなら。そう思った悠希はまた訊ねる。

「あの、失礼ですが、語主さんも一体何者なんですか?」

「ん? 神だよ?」

「だからボロボロボロボロそういう事言うな!」

 顔を真っ赤にして蓮田岩守の頬を引っ張る語主に、悠希は落ち着いて下さいと言ってから、こう声を掛けた。

「あの、大丈夫です。お二人が神様でも、慣れてますから」

「新橋先生はなんで慣れてるんですか?」

「えっと、仏様とか堕天使さんとお話した事もあるので、もう何でも良いかなって」

 実は、悠希は縁あって過去に仏や堕天使とも話す機会があったので、蓮田岩守と語主が神で有ると言う事を聞き、 逆に納得したようだ。

 語主は自分達の正体を知られたくなかったようだが、蓮田岩守はそんな事も気にせずに、悠希に話しかける。

「そうか、慣れているようで良かったよ。

それで、私の名前なのだけれど、『蓮田岩守』だと呼びづらいだろう?

友達なのだから、『蓮田』ともっと気軽に呼んでおくれ」

 友達と言われ、悠希は少しこそばゆいけれど、嬉しい気持ちになる。子供の頃、 たった一度きりだと思ってた出会いを思い出しながら、こう口にする。

「はい。よろしくお願いします。蓮田さん」

 悠希と蓮田が打ち解けたところで、語主は観光を楽しんできてくれと、 その場を去ろうとする。来た道を戻ろうと踏み出した語主の腕を、咄嗟に蓮田が掴んだ。

「語主は、一緒に観光しないのかい?」

「だって、お前新橋先生と二人で東京回りたいだろ?」

 帰ると言いながらも名残惜しそうな顔をする語主に、蓮田が更に言う。

「今日はお仕事は休みなんだろう? 私は、語主も一緒が良いよ」

 その言葉に、語主は心なしか顔を赤くして、悠希に訊ねた。

「あの、こう言う事なんですけど、新橋先生、私も同行して良いでしょうか?」

 蓮田の外套を指でつまみ、視線を逸らしている語主に、悠希は嬉しそうに答える。

「勿論良いですよ。

実は、僕ひとりだけでちゃんと案内出来るかどうか不安だったんで、語主さんが一緒に来て下さると嬉しいです」

「えっと、それでは、今日一日私もよろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

 こうして、三人で東京を観光する事となった。予定としては二泊三日とのことだけれども、 翌日は語主が仕事なので、悠希一人で案内をする事になる。更にその翌日は、仕事が休みの語主が案内するそうで、 一日自分だけで案内しなくてはいけない日があるのは不安だったけれども、久しぶりに、 それこそ十年以上ぶりに会った友人と、楽しい時間を過ごせたらなと、悠希は思った。

 

 東京駅から最初の目的地、浅草へと向かう途中、語主がこう訊ねてきた。

「所で新橋先生、荷物はずっと持ち歩くんですか? 蓮田は余り体力がないので、 観光している間ずっと持ち歩いているというのはつらいと思うのですが」

 その質問に、悠希はにこりと笑って返す。

「駅から駅への移動中は持って歩く事になりますけど、観光している間はコインロッカーに預けておけば大丈夫ですよ。

少し、お金はかかってしまいますけど」

 この答えに、語主はちらりと蓮田の方を見やる。

「お金の心配はしなくても大丈夫だよ。ちゃんと多めに用意してきたからね」

「それなら良いんだけど、あんま金持ってるって言うな。危ないだろ」

「そうなのかい?」

 蓮田の危機管理が少し心配だけれども、何はともあれ、一行は電車に乗るために、改札へと向かった。

 

†next?†