第三章 電波塔から星の海

 ホテルのスイーツビュッフェでおやつを食べた後、僕達は電車に乗って原宿へと向かった。

「ううむ、もう少しケーキを食べたかった気はするが」

「もう、あんなに食べたのにまだそんな事言って。この後晩ごはんもあるんだからね?」

 表参道を歩きながら、プリンセペル様はまだ名残惜しいようだけれど、 あれ以上食べさせてなおかつ夕食も有るとなると本当に暴食になってしまう。

「ところで、原宿に来て何を見るんだ?

先程パンケーキの店があると言っていたが、そこに行くのか?」

 まだ食べる気でいる。

「いえ、原宿には二軒ほど着物の古着屋がありまして、 折角日本に来たのならそう言う物をご覧になってはいかがでしょうか」

 まだ美味しい物が食べられるのかと期待の眼差しを向けるプリンセペル様にそう答えると、 きょとんとした顔をしている。一方のメディチネル様は、嬉しそうにこう言った。

「えー、着物の古着屋さんって事は、安く買えるんだよね? 僕、着物一着欲しかったんだ」

 なるほど、それなら丁度良かった。メディチネル様もプリンセペル様も背が高いので、 このお二人に合うサイズの着物があるかどうかはわからないけれど、まずは一件目の着物屋に案内した。

 その着物屋は、大通り沿いにある小さなビル、その地下一階にあった。暖色系の照明で、 店内の壁際に沢山の着物が掛けられている。奥の壁には棚も設置されていて、その中にも着物や帯や小物が入っている。

 店員さんが見守るなか、メディチネル様がいくつも着物を手に取ってみている。

 ふと、一着の着物を持って僕に声を掛けてきた。

「ねぇジョルジュ君、これ良くない?

似合うかな?」

 そう言って肩に当てている着物は、細い縦縞が織り柄で入っている綿の物で、派手でこそ無い物の粋な物だった。

「はい。良いと思います。もしお気に召したのであれば、店員さんにお願いして試着させていただいてはどうでしょうか」

「そう? じゃあちょっと試着させてもらおっと」

 そう言ってメディチネル様が試着をしている間、プリンセペル様はどうしているのかと思ったら、 入り口近くにあるガラスケースを覗き込んでいた。

「なにか、気に入った物がございますか?」

「ううむ、この布で出来た花の簪が欲しいのだが、どうしようか悩んでいてな」

「花の簪ですか?」

 言われるままにガラスケースの中を覗き込むと、そこにはつまみ細工で繊細に形作られた花が並んでいた。

 ううむ、そう言えば先程、虚飾も罪だと言っていたから、 花の簪は買えたとしても悩んでしまう物なのか。色々と難しい物だなと思って居たら、プリンセペル様はこう言った。

「神の御前に出る時は、いつも結った髪を花で彩らなくてはいけなくてな。

しかし、物言わぬとは言え花だって命ある物だ。あまり摘んでしまうのは心苦しいのだ。

だから、この簪があれば、あまり花を摘まなくても良いのでは無いのかと思ったのだが、神がお許しになるだろうか」

 天使様らしい優しい言葉に、思わず胸を打たれる。けれども、 ここで僕が神様の言葉を勝手に代弁するわけにもいかないだろうし、どうしたものか。

 少しの間なにも言えずに悩んだけれど、ふと、 スイーツビュッフェで食べていた時のメディチネル様の事を思い出した。

「もし気になるようでしたら、直接問い合わせてはいかがでしょうか。問い合わせが出来るようでしたら、ですけれど」

「なるほど。メールで許可をいただけるかどうか伺おう」

 納得した様子のプリンセペル様は、早速スマートフォンを取り出して、 メールを打っている。暫くスマートフォンをタップして、送信したようだ。それから、 あまり間を開けずに返信が来た様子。

「許可をいただけた」

「それは良かったですね。どれになさいますか?」

「この黄色い花のやつがいいな。

あと、神も欲しいそうなのでどれか買っていこうと思うのだが、どれが神に似合うと思う?」

「申し訳ありません、僕は神様のお姿を拝見したことがないので……」

 なんだか無理な質問をされて戸惑ったが、プリンセペル様もはっとして、そう言えば見たことが有るわけないなと、 そう言って簪を選んでいる。

 ふと、僕の隣にメディチネル様がやって来た。

「ジョルジュ君、この着物サイズ合わなかった」

「そうなのですか?」

「僕のサイズだと、新品で仕立てた方が良いって」

 残念そうな顔をしているメディチネル様から着物を受け取り、ハンガーラックに掛ける。

「なるほど。新品で仕立てたいですか?」

「そうだね、仕立てられれば欲しいけど、どこで仕立てて貰えるかなぁ?」

 仕立てるつもりがあるのならと、僕は店員さんに声を掛けて、ああいった着物はどこで仕立てられるのかを訊ねた。

 すると、あの着物は会津で作られている反物を使用した物らしく、専門の店を教えて貰うことが出来た。

 今回の旅行では福島も行くし、会津にも寄ることは出来るだろう。

 

 原宿の着物屋を二軒とも回り終わり、 今度は浜松町へと向かった。どこか夜景の綺麗なところに行きたいという希望をあらかじめ聞いていたので、 電波塔の特別展望台へと登るつもりなのだ。

「もしかして、最近出来たすごく高い電波塔に行くの?」

「いえ、そちらは今、人が多すぎてゆっくり楽しめないので、旧電波塔の方です」

「そうなんだ」

 どうやらメディチネル様は新しい電波塔の方に登りたかったようだけれど、 人が多いと聞いて素直に僕の提案を受け入れてくれた。

 原宿でだいぶ時間を潰してしまったようで、浜松町駅に着く頃にはもう日が暮れていた。北口から街を望むと、 離れた所に赤く光る電波塔が見える。

「古い電波塔だと聞いていたが、実物は随分と綺麗な物だな」

 そう言ったプリンセペル様の表情は、周りが暗くてよくわからなかったけれども、声色は明るかった。

 

 電波塔に着いて、 エレベーターに乗り込み特別展望台まで登る。エレベーターは乗っていても周りが見えるようにガラス張りで、 ライトアップされた鉄骨が色鮮やかだった。ドアの上には、 現在地上何メートルかの表示がされている。数字は瞬く間に増えていって、あっという間に特別展望台まで辿り着いた。

 エレベーターを降り、天使様達と窓際へと寄る。するとなにやら、プリンセペル様がふらついていた。

「どうなさいました? もしかして、高いところは苦手なのでしょうか?」

 そう訊ねると、プリンセペル様は手すりに両手をついて答えた。

「エレベーターに乗ったら何だか少し吐き気がしてきて……」

 ああ、慣れない高所のエレベーターに乗ったから、酔ってしまったのか。

「申し訳ございません、酔い止めを持って来ていれば良かったのですが」

「気にするな。暫く大人しくしていれば落ち着くだろう」

 そうは言う物の、どうにもつらそうな顔をしている。どうした物かと戸惑っていたら、 メディチネル様が鞄から小さな紙袋を取り出して、プリンセペル様に渡す。

「こんな事もあろうかと思って、シナモンとジンジャーのクッキー持って来て置いたんだ。これ食べてよ」

「ああ、有り難くいただく」

 そう言って、プリンセペル様は小さな袋に入っている小さなクッキーを、一つずつ口に運んでいる。そう言えば、 シナモンとジンジャーには吐き気止めの作用があると何処かで聞いたことがあるな。

「プリンセペル様、帰りもエレベーターに乗るのですから、全部食べずに少し取っておいた方が良いですよ」

「ああ、そうだな。心配してくれてありがとう」

 三人で並んで夜景を見て、ふと、メディチネル様が呟いた。

「なんか、地上が星の海みたい」

 展望台から見える夜景は、どこまでも続いていて、見たことは無いけれども、 海の夜光虫もこんな感じなのだろうかと思った。

 

†next?†