第八章 こんにちは福島

 茨城の海浜公園から今晩泊まるペンションに向かう途中、プリンセペル様にこんな事を訊かれた。

「そう言えば、去年あった大震災で福島は今、放射能がどうとか騒がれているようだが、 ジョルジュは気にしていないのか?」

 ああ、確かに、先日の震災で原子力発電所が壊れてから、 国内では福島をあからさまに避けている人は多く見受けられる。

「いえ、確かに未だ影響の残っている所はありますが、そう言った所は大体立ち入り禁止になっています。

部分的に立ち入ると危険なところはあるかもしれませんが、それ以外の所は取り立て気にする必要は無いのではないかと。

今は福島で生産されている食品は検査がしっかりしていますし、 逆に他の地域で採れた物よりも安全なのではないかと思います」

 僕はそう思うのだけれど、天使様達はどうなのだろうか。やはり気にしているのだろうか。そう思っていたら、 プリンセペル様がこう言った。

「そうか。お前が気にしていないなら良いんだ。私も福島全土が放射能で汚染されているはずはないとは思っていたのだが、 お前がそう言う事を気にしていると、不安になるかと思ってな」

 なるほど、僕を気遣っての言葉だったのか。

「お気遣いありがとうございます」

 僕が福島に対して何か不安を持っていたとしたら、 そもそも海浜公園と五色沼をルートに入れずにそのまま北海道へ飛んでいたと思うのだけれど、まぁ、実際の所、 世間で言われている好ましくない風評は真に受けるだけ損だ。

 ふと、メディチネル様が言う。

「それにしてもさ、人間ってよくわからない物を怖がる傾向があるよね。

今回の放射能だって、大戦の時の原爆が原因なのかチェルノブイリが原因なのかわかんないけど、 必要以上に怖がってるし。

確かに、放射線は強すぎると危険な物だけど、極弱い放射線は、怖がってる人間からも出てるのにね」

 人間からも放射線が出ているというのは初耳だ。しかし、 よく考えてみれば人体だって原子が寄り集まって出来ているわけだし、出ていてもおかしくは無いだろう。本当に、 放射線量ゼロ以外は認めないと言った風潮は、それを考えると実におかしな物だね。

 

 途中ところどころパーキングに寄りながら福島に入り、 高速を下りる。暫くはいくらか建物のような物が周りにあったけれど、目的地に向かうにつれ生活感が無くなっていき、 立ち並ぶ木の本数が増えていく。今晩泊まるペンションは五色沼の側に有るのだけれど、 それだとこの様に森の中に作ったような道を通るのは納得出来る。僕は東京で生まれ、 東京で育ち、東京の外へは殆ど出たことが無い。だから、この光景は新鮮だった。

 こう言った静かな場所は、きっと都会に慣れた人からすれば、いつか住居を移したい憧れの場所なのだろう。居を移して、 上手く行くかどうかはわからないけれど。

 木々が立ち並ぶ道を走り抜け、なんとか陽が落ちきる前にペンションに辿り着いた。そこは小さな木造の建物で、 駐車場も広くは無かった。その駐車場には、僕達が乗ってきた物以外に一台しか車が停まっておらず、それは客の物なのか、 経営者の物なのかはわからなかった。

 荷物を下ろし、ペンションでチェックインする。そこで夕食は何時頃か訊いたのだけれど、 これから二時間ほどかかるらしく、用意が出来たら呼んでくれるらしい。それから、宿泊する部屋に案内され、 部屋に入ると少々狭い物の、ベッドが三つ据えられていた。

 早速荷物を置いて、部屋に用意されていたスリッパに履き替え、ベッドに腰掛ける。

「ねぇ、ごはんの前にお風呂入っちゃわない?」

 メディチネル様がそう言い、プリンセペル様も夕食前に入りたいと、そう言う。

「お風呂ですか、そうですね、さっぱりしたい気はします。

ですが、これからひとりずつ入っていると夕食までに間に合わないような」

 このペンションには、浴場が一つしか無い。複数人で入ることが出来る位の広さではあるようなのだが、 基本的に誰かが入っている間は、 時間を決めて貸し切りになると言うシステムらしい。シャワーだけなら個別で入っても夕食までには間に合うだろうけれど、 湯船に浸かるとなると全員が夕食までに入浴を済ませるのは難しいだろう。

 まぁ、なんだったら僕は夕食後に入っても良いのだけれど。

 そう思っていたら、プリンセペル様がこんな事を言う。

「このペンションの風呂場は広いのだろう? 全員で一度に入れば良い」

 え? 天使様達だけならともかく、僕も一緒と言う事だろうか。

 思わず戸惑うと、メディチネル様もこういう。

「そうだね、みんなで入ろうか。ジョルジュ君、良いよね?」

「え……っと、はい。僕は構いません」

 ここで下手に断ってしまうと失礼になってしまう気がしたので、天使様達の案に了承する。でも、 本当にお風呂をご一緒してしまって良いのだろうか……

 

 着替えとタオルを用意し、 店主に声を掛けてから風呂場併設の脱衣所へと入る。そんなに広いというわけでは無い場所だったけれども、 三人ではいることは出来る位の所だった。

 早速、用意して有る籠をひとりずつ足下に置いて、服を脱ぐ。しかし、なんというか、 ここで一緒に入るのが友人とかなら和やかな雰囲気になるのだろうが、 今横にいるのは天使様だ。どうにも緊張が拭えない。本当に良いのだろうかとぐるぐる考えながら、 ふと天使様達の方を見て、驚いた。お二人とも女性物の下着を着けていて、それはつまり、あの。

「あっ、あの、お二人とも女性だったんですか! すいません、あの、僕、もう一回服を着て出ますので!」

 思わずそう声を上げると、プリンセペル様が、何を言っているんだ。と言う顔をして僕に言う。

「いや? 私達に性別は無いぞ。だから気にするな」

「え? しかし、気にするなと言われましても……」

 戸惑う僕に、メディチネル様は悪戯っぽく笑う。

「気になっちゃう? じゃあ本当に性別が無いかどうか触って確かめてみる?」

「えっ? 触ってって、あの、え?」

 戸惑う僕の背にメディチネル様が腕を回すと、プリンセペル様がメディチネル様の頬を引っ張って苦い顔をする。

「そうやって敬虔な信者をからかうな」

 それから、少しごちゃごちゃと天使様達がやっていたけれど、そのままなあなあに三人で浴室へと入っていった。

 

 体を洗い終わり、三人でバスタブに浸かる。所謂温泉地の大浴場のように広々としているわけでは無いけれども、 全員が足を伸ばせる広さはあるのでゆったりする事が出来ている。

 お湯に浸かりながら、少し天使様達の体のつくりについて、 話を聞いた。メディチネル様が言うには、こう言う事だった。

「天使の体のつくりには三種類有って、男性型と女性型と中性型ってのが有るんだ。

プリンセペルは中性型のマスターで、僕は女性型のマスター。それで、 プリンセペルのお兄さんが男性型のマスターなんだよね。

僕達三人は、神が創った最初の三人なんだ」

 なるほど、そう言う感じになっているのか。それにしても、メディチネル様が女性型と言う事は、 いくら無性とは言え本当に僕と一緒にこうやってお湯に浸かっていて良いのだろうか。そう思った。

 暫くお湯に浸かっていると、プリンセペル様が翼にお湯をかけて欲しいと言いだした。確かに、 今までの道中翼を広げられるような場所は無かったので、 少し固まってしまっているのだろう。僕がシャワーでかけるというと、 洗い場に上がったプリンセペル様が色鮮やかな翼を広げる。その翼にお湯がかかると、 翼がお湯を弾いて水滴が揺らめきながら落ちていく。それを見て、少しだけ、 見たことも無い天界の光景が目の前に広がった気がした。

 

 あの後、メディチネル様の翼にもお湯をかけて、お二人の翼をドライヤーで乾かすという作業が待っていたけれども、 なんとか夕食の時間までに上がることが出来た。

 夕食が出来たと店主から連絡が入り食堂に行くと、季節の野菜のサラダと、手作りのパン、 それから軟らかく煮たビーフシチューが振る舞われた。天使様達とこれは美味しいという話をしながら食べ終えると、 最後に紅茶とケーキが出て来た。きっとこのケーキも、 この辺りで取れたフルーツを使って作られているのだろう。ゆっくりと話しながらデザートも食べて、 部屋に戻る時に店主にお礼を言うと、嬉しそうな顔をしていた。

 

†next?†