第七章 謎解き

 ブラックと狼たちに鉛の弾を撃ち込み、静かになった部屋でトマスが震える声でミカエルに訊ねる。
「あの、ここまでする必要はあったのでしょうか……なんとか説得する道もあったでしょうに……」
 顔を青くして口元をおさえているトマスにミカエルは猟銃を肩に担いで答える。
「説得は無理だろう。ブラック卿は以前より狼にとりつかれていた。まるで悪魔に取り憑かれたようにね。
 ここにいる狼たちも森に帰すわけにはいかない。人間から餌をもらえることを覚えた狼は人里に現れて、人を襲うだろうから」
 その言葉を聞き終わる前に、トマスはしゃがみ込んで胃の中のものを吐き出す。人が殺されるところを目の当たりにして余程おそろしかったのだろう。
 トマスの背中をルカがさする横で、ジジが訝しげにミカエルに言う。
「さて、なんでお前さんがそいつと知り合いだったのか説明してもらおうか。
 下手な権力争いに俺たちを利用したってんなら、今後の付き合いを考えなきゃいけないんでね」
 友人から怪訝な目を向けられたミカエルはさすがにため息をつく。それから事情を説明した。
「ブラック卿とはオニキス様のサロンで知り合ったんだ」
 この言葉を皮切りに、ミカエルはブラックのことについて語る。
 ミカエルが錬金術師兼医者としてオニキスのサロンに招かれるようになった頃には、すでにブラックはそのサロンの常連だった。
 サロンには様々な学者が揃っている。ミカエルのような錬金術師や医者、それに科学者や天文学者、数学者も何人かいたはずだ。その中でもブラックはオニキスから特に懇意にされていた。従兄弟だというのはあるのだけれども、それ以上に生物に関する知識が豊富だったのだ。
 生物の中でも特に狼にブラックは執着していた。実際にサロンに連れてきたことは一度も無いけれども、様々な狼の解剖図を記録したり、分布図も把握していた。
 そしてブラックは、交配によって生物の遺伝子をある程度操作できることをサロンで発表していた。その発表に興味を示したのは主に植物学者だったけれども、交配の話を聞いたときにミカエルはすでに嫌な予感を抱えていた。ブラックはいずれ狼を交配させてなにかを作り出すつもりなのだろうと。
 そう思っていた矢先、この村で一度目のバケモノ騒動が起きた。赤毛で獰猛な獣が村人を襲ったというあの事件だ。その時はジジも知っているとおり王様が軍を派遣してその獣を駆除したと発表した。実際に、その時は駆除しきったのだろう。
 それでも先ほど言っていたように、ブラックは狼の交配を続けた。再びあの純血の狼が作り出されたのだ。
 再び現れた純血の狼が村人を襲い、それを知ったオニキスがミカエルの元へ事件を解決するように依頼してきた。
「……というのがあらましかな。
 正直なところ、今回の件をオニキス様から聞いた時点では、僕もブラック卿が絡んでいるとは思っていなかった」
 いちどにそこまで話して息をついたミカエルがジジを見る。ジジはすかさずまた訊ねる。
「そいつが絡んでると確信したのはいつだ」
「君に王様の軍が派遣されたのはどのあたりかって訊いただろう? あの時には薄々勘づいていた。
 喰い殺された村人についた咬傷が狼のものだったから、もしやと思って訊いたんだ。
 そうしたら」
 ジジが人差し指を立ててミカエルを撃つ仕草をしてにやりと笑う。
「大当たりってことか」
「その通りだよ」
 ふたりのやりとりをきょとんと聞いていたウィスタリアが口を開く。
「それじゃあ、ミカエルはこの館のことを知ってたんじゃないのか?」
 ミカエルは空いている手を肩のあたりに上げてひらひらと振る。
「あいにく、ブラック卿がどこに住んでいてどこで実験をしているかなんてのは知らなかったね。
 そもそも僕は、サロンの他の人がどこに住んでるかは知らないし、興味もない」
「まあ、それもそうか」
 納得するウィスタリアの横で、よろよろと立ち上がるトマスを支えながらルカがミカエルに言う。
「とりあえず、その人の弔いをしましょう。
 このまま放っておくわけにはいきません」
 その言葉にミカエルは頷いて四人の顔を見る。全員で弔うのが筋なのだろうけれども、頭を撃ち抜かれたブラックの遺体をこれ以上トマスに見せるのは酷だ。ルカには弱っているトマスを任せたい。それならばジジとウィスタリアに手伝ってもらいたいところだけれども、まだ具合が悪そうなトマスをルカだけに任せておくのはいささか不安だ。
 すこし考えてから、ミカエルはウィスタリアに声をかける。
「ウィスタリア、ブラック卿をこの館の庭に葬りたい。手伝ってくれるね?」
 するとウィスタリアが不思議そうな顔をしたので、ミカエルは簡単に説明をする。ルカとジジにトマスの面倒を見ていて欲しいのと、ウィスタリアなら最低限の弔いはできるだろうということだ。
 ウィスタリアは真面目な顔をして頷く。
「わかった。おれが手伝うよ」
 そう言ってウィスタリアはブラックの遺体を軽々と肩に担ぐ。それから、ミカエルと共に部屋を出た。
 庭に出るためにはとりあえず外に出ようということになり、ミカエルとウィスタリアは物言わぬ主と共に廊下を歩く。
 ふと、館の玄関を開けたところでウィスタリアがブラックの遺体をとんとんと叩きながら無邪気にミカエルに訊ねた。
「ねぇ、ミカエル」
「なんだい?」
「これ、食べていいやつ?」

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