第二章 ボルドーへの便り

「仕立て屋のカミーユ!」
 その一声に他の全員がウィスタリアに注目すると、ウィスタリアはまくし立てるように話しはじめた。
「歌手をやってた頃に、友人からボルドーにすごく仕事の早いカミーユっていう仕立て屋がいるって聞いたことがある。その人ならなるべく早く変装用の服を仕立ててくれるかもしれない」
 咄嗟にミカエルとルカが目配せをする。
「ボルドーの修道院には僕もやりとりをしているエルカナさんがいる。
 エルカナさんに手紙を送って、その仕立て屋のカミーユに仕立てを依頼しよう」
 ミカエルのその言葉に、ルカが難しい顔をして言う。
「仕立てを依頼するとして、我々がその仕立て屋に赴かないと服は作れないでしょう。
 服を作るのには、体に布を当てながらやらなくてはいけないのですから」
 トマスも、不安そうに口を開く。
「ここからボルドーまでは歩いて一日半ほどなので行けないことはないですが、確認を取ってから赴くとなるとかなり時間を食いますね」
 ルカとトマスの言い分を聞いてミカエルは頭を悩ませる。ここからボルドーへ赴いて仕事が早いという仕立て屋のカミーユを頼るのと、この街の仕立て屋に依頼をするのとではどちらが早く仕上がるのか、判断しかねているのだ。
 そこに、ウィスタリアがポケットからメジャーを取り出してこう言った。
「カミーユはサイズさえわかれば、体に布を当てなくても服が作れるらしいんだ。
 だから、今ここでみんなのサイズを測って手紙に書いて、できた服を送ってくれってしておけば、早く服が手に入るかもしれない」
「そんなことができるのですか……?」
 ルカが半信半疑といった顔をする。トマスもやはり不安そうな顔をしているし、どうしたものかとミカエルがジジをちらりと見ると、肩をすくめて頭を振る。
 仕立て屋のカミーユの力量は、ウィスタリアの証言だけでは計り知れない。けれども、ウィスタリアがいっていることが真であるなら、この街の仕立て屋に依頼するよりも早く済むかもしれない。
 正直言ってこれは博打だ。それがわかった上で、ミカエルはこう判断した。
「ウィスタリア、採寸の方法はわかっているんだね?
 それなら、そのカミーユという仕立て屋に依頼してもらえるよう、僕がエルカナさん宛に手紙を書く」
 無茶なことを言っていると思っているのだろう、ルカが額に手を当てている。一方のウィスタリアは、早速トマスの採寸をはじめている。採寸をされながらトマスがすこし落ち込んだ声でこうつぶやく。
「ボルドーの修道院に手紙を送って、返事は返ってくるでしょうか」
「なぜですか?」
 咄嗟にミカエルが訊ねると、トマスは頭を振ってまたつぶやく。
「……なんでもありません」
 そうしている間にもウィスタリアは手際よくジジ以外の全員の採寸を終わらせる。
 採寸のメモを受け取ったミカエルは、急ぎで身をやつすための服が欲しいということと、仕立て屋のカミーユに依頼をしたいこと、それと、報酬はオニキスに請求するように伝えて欲しいという旨を手紙に書く。
 それを見ていたトマスが、おずおずとこう言った。
「ボルドーの修道院へ送れる伝書鳩がいます。使いますか?」
 郵便屋に手紙を託すつもりだったミカエルは、これ幸いと便箋を丸めて留め、トマスに渡す。
「その方が早く届くからいいですね。お願いします」
 手紙を渡されたトマスは、一礼をして応接間を出て行く。
 それを見送ったジジが、わざとらしくにやりと笑う。
「さて、服ができるまでこの街に留まらなきゃいけないわけだが、宿はどうしようね」
 わざとらしいその言葉に、ミカエルは渋い顔をしてジジを肘でつつく。修道院の宿坊を借りずとも、街の宿を取れるだけの持ち合わせがるのをわかっているのだ。
 そのようすを見て取ったルカが、くすりと笑ってこう言う。
「おふたりにもこの修道院にいていただいた方が、服が届いたときのやりとりがスムーズでしょう。修道院長に宿坊を借りられるよう話を通します」
 すると、ジジが悪びれるようすもなく笑う。
「おっ、そいつぁありがてぇ。
 催促したみたいで悪いですね」
「催促したんだよ……」
 ジジの腕をぎゅうとつねりながらミカエルはため息をつく。それから、しばしお世話になります。とルカとウィスタリアに頭を下げた。

 ボルドーの修道院に手紙を送った一週間後。郵便屋が荷物を持ってミカエルが滞在する修道院へとやってきた。
 念のため、ミカエルとジジだけでなく、ウィスタリア、ルカ、トマスも集めて荷物を開けると、ルカがおどろいたような声を上げる。
「うそでしょ?」
 届いた荷物は、仕立て屋のカミーユに依頼した四着の服。一見して粗末な作りなので、それで仕立てが早かったのだろうかとミカエルは思う。
 ところが、ウィスタリアは届いた服を見て驚きの表情をしている。
「うわ……見た目庶民向けの仕立てなのに、丈夫になるように裏側を全部処理してある……
 こんな短期間でこんなのどうやって作ったんだよ……」
 どうやら、粗末に見える作りなのはこちらからの要望を汲んだだけで、実際は手の込んだ作りなようだ。
 呆然とするルカとウィスタリアに、トマスが服を手に取って言う。
「とりあえず、試着してみましょう。着られないと意味がありませんし」
 どの服が誰のものなのか。明らかに小さいミカエル用のもの以外はわからない。
 ……と思ったら、裾の裏側にちいさな刺繍を入れてあるので、それで見分けてくれと手紙に書いてある。
 ずいぶんとやり手の仕立て屋だなと思いながら、ミカエルはそれぞれに服を分配する。それから試着をしてみると、全員しっくりくるサイズ感だった。
「仕立て屋のカミーユ、何者なんですか……」
 ルカが呆然とつぶやく。まさかサイズを送っただけでこんなにちゃんとした服が届くとは思っていなかったのだろう。
 戸惑う修道士たちを見て、ジジが笑う。
「まあまあ、ちゃんと着られる服が届いて良かったじゃないですか。これでようやく、件の村に向かえるってもんですよ」
 そんなやりとりを耳で聞きながら、ミカエルは改めて手紙に目を通していた。筆跡に違和感があったのだ。
 エルカナの筆跡はこうだっただろうか。そう思いながら読んでいると、やはりこの手紙を書いたのはエルカナではなかった。エルカナはこのところ忙しくて手紙を受け取れず、代わりに受け取り、返事を書いたのは同じ修道院出身のタリエシン神父という人物だったようだ。
 ボルドーの修道院にいるミカエルの知り合いはエルカナだけでなく、もうひとりマルコという修道士がいる。なのになぜ、忙しいというエルカナの代わりにマルコが返事をよこさなかったのか。そのことを疑問には思ったけれども、タリエシン神父は仕立て屋のカミーユと親しいらしく、今回の依頼をスムーズに通せたようだ。これは怪我の功名だろう。
 ふと、試着を終えて修道服に着替えたトマスがおずおずとミカエルに訊ねた。
「ところで、手紙の返事は誰から来ましたか?」
 ミカエルはすぐさまに答える。
「タリエシン神父という方からです。
 どうやらエルカナさんは忙しいようで」
「なるほど、そうなんですね」
 力なく笑ってトマスが俯く。それを見てミカエルは疑問を抱く。けれどもその疑問を言語化することはできなかった。

 

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