クリスマスが近づき世間はお祝いムードに為っている中、僕は一人工房に籠もっていた。
今朝方母上がミサの時に使うロザリオを壊してしまったので、新しいロザリオを作っているのだ。
一体何をどうしたら壊れるのか、それは甚だ疑問だけれど、壊れてしまった物は致し方ない。
ランチティーを楽しんでいる時に修理してくれと頼まれて急な事だったけれど、 僕の工房には沢山の宝石や木、硝子等で出来たビーズが有るので、 クリスマスまでには何とかなりそうだ。
母上は何かと注文が多い。
新しいロザリオを作るのに、 「前のと同じ木のビーズで良いですか?」
と訊ねたら、
「やー、アーちゃん硝子の綺麗なロザリオがいい。」
と言って聞かず、僕の工房まで来て、 ビーズの山の中からレースの様な模様の入ったヴィネツィアンガラスのビーズを、 ロザリオを作るのに必要な数、五十九個選び出して僕に作らせている。
どうでも良いが母上は自分の事を「アーちゃん」と呼ぶ癖がある。
本当の名前はアヴェントゥリーナというのだけれど、名前の発音が面倒臭いと言う理由で 小さい頃からアーちゃんと呼ばれていたかららしい。
僕がペンチを持って針金を曲げてロザリオを作っていると、 そのアーちゃんからお呼びが掛かった。
「デューク様、お茶の時間でございます。」
「ああ、今行くよ。」
メイドの呼ぶ声に、僕はペンチを置いて作業着の埃をはたいた。
僕がティーテーブルのある応接間に行くと、母上以外にも人が居た。
その人は僕より背が高くて、でも同い年くらいの男子。
僕の友人のソンメルソだ。
「やあソンメルソ、来てたんだ。」
「そろそろクリスマスだし。
デュークもどうしてるかと思って来たんだけど、工房に入ってるって聞いて母君を話してたよ。
新しいロザリオ作ってるんだって?」
「あはは…
母上が前の壊しちゃって…」
「うん、それも聞いた。」
そんな感じで二人で立ち話をしていると、母上がティーカップを片手に手招きをして言う。
「二人とも、お話しするのはお茶飲みながらにしない?」
確かにその通りだ。
お茶を飲みながらの話題は、 クリスマスのミサの後に行われるパーティーについての事が主になった。
「今年も立食パーティーになるみたいだね。」
「今年もか。
デューク、今年は飲み過ぎて潰れるなよ。」
「そうよ、去年あなたが潰れた後アーちゃん大変だったんだから。」
え、僕今になって去年の事責められてる?
正直、僕としてはパーティーなんて物は面倒であまり行きたくないと言うのが本音な訳で。
食事が出るのは良いんだけど、どうもあの社交的な雰囲気に馴染めない。
そうすると飲み食いに重点が置かれるように為る訳で。
後、どう言った訳かパーティーに出ると良く女の子に囲まれる事が多々有る。
一回話しかけてきてそれっきりの人も居るけれど、中にはパーティーに来る度に、 僕の事を取り巻く人も居る。
本当に、囲まれる理由は解らないのだけれど、どうにもそれも苦手だ。
だからなるべくパーティーでは女の子とは離れて、仲の良い男子陣と話している事が多い。
でも母上はそれが不満らしく、
「デューク、今度のパーティーでは女の子のお友達作るのよ?
お嫁さんとかの事が不安だわ。」
と言われてしまう。
「いやでも母上、パーティーでの女の子の勢いは…
怖いです、僕。」
お茶を一口飲んで苦笑いすると、ソンメルソも苦笑いを浮かべる。
「確かに、デュークに執心している婦女子の方々の勢いは目を見張る物があるよ。」
「あらそうなの?
だったら尚更。
選び放題じゃない。」
そうじゃないんです母上。
そう言う問題じゃないんです。
パーティー会場の中をストーキングされるのとか本当に怖いんですよ、母上。
絢爛豪華にスカートを膨らませたクリノリンスタイルのくせに、 的を外さずストーキングして来るんですよ。
初めは何かの心霊現象かと思ったんですから。
そうは思っても口には出せず。
結局口から出たのは、
「えっと…
クリスマスに間に合うようにロザリオ作らないといけないんで、僕は工房に戻ります。」
全く関係ない言葉だった。
工房に戻って、僕は針金を曲げる自分の手を見ながら色々と考えを馳せていた。
職人とは思えない白い手。
あまり鏡は見ない質なのだけれど、鏡を覗き込むと手と同じ様に顔も白い。
世間でご婦人方が夢中になっている”美白”という奴だ。
まあ、普段外に出ないで工房に籠もっている事が多いので、余り日に当たることも無い。
だから白いんだろうとは思うんだけど。
悪い言い方をすれば引き籠もりだ。
「…ふぅ…」
作業をしていると肩が凝ってくる。
少し溜息混じりの一息を付いて、ようやく輪になったロザリオを広げて見る。
窓の近くで見ると、 使われている浅葱色の地に白いレース模様の入ったビーズが透けて見えてとても綺麗だ。
母上、口うるさいけどセンスは良いんだよな。と思ったその日の夕暮れ。
そしてクリスマス当日。
敬虔なクリスチャンの皆さんは、こぞってミサへと向かう。
僕も一応クリスチャンと言う事になっているのでミサに出る。
でも、ミサは朝から行われているので僕はいつも、どうしても眠くて眠くて仕方がない。
ミサが始まる直前、新しいロザリオを持ってワクワクしている母上の横で、 僕は早速ウトウトし始める。
眠くて眠くて仕方がない。
そんな訳で、ミサが始まる頃には、僕はもう夢の世界に行っていた。
「そ…其処右…いや、左じゃない右…
左は駄目…熊がっ!」
その叫び声で目が覚めた。
ふと周りを見渡すと、ミサはもう終わった様子で、皆さん席を立っている。
…今の叫び声は一体何処から…
周りを見渡しながら叫び声の元を探していると、隣りに座っている母上が酸っぱい顔をして居る。
「どうしたんですか母上。」
「どうしたも何も、ミサで寝てちゃ駄目でしょ。
寝言まで言うし。
夢の中で熊に追われてたの?」
「えっ!僕寝言言ってました?」
「言ってたわよ~。
『そ…其処右…いや、左じゃない右…
左は駄目…熊がっ!』
って。」
え、僕の寝言だったのそれ。
だとしたら結構大きい声で言ってたぞ。
僕は余りの恥ずかしさにショックを受け、その場に居る事がいたたまれなくなって席を立った。
クリスマスパーティーが始まる前、 丁度アフタヌーンティーの時間に昨日とは違う友人が訪れてきた。
「メリークリスマス。デューク、調子はどうだい?」
「メリークリスマス。
お陰様でこの所は調子が良いよ。
メチコバールはどう?」
彼の名前はメチコバール。医者をやっていて、 体調を崩しやすい僕の事を何かと気に掛けてくれている。
「私は至って健康だぞ。
そうそう、クリスマスカードを持って来たんだ。はい、お前の分。
あと母君の分も良かったら。」
「母上の分も?
じゃあもし良かったらお茶どう?」
「ああ、じゃあお言葉に甘えて。」
二人で応接間に行くと、母上が待ちかねたと言った様子で手招きをしてくる。
僕とメチコバールは椅子に腰掛けて、まだ熱いお茶に口を付けた。
夜になってパーティーが始まった。
他の人が皆一様にソワソワしている。
何かと思って話し声を聞いていると、王様が飼っている犬が、 このパーティーでお披露目されるらしい。
そんな飼っている犬をお披露目何てする物か?とも思うのだけど、 やっぱりみんな気になるのだろう。
偉い人の挨拶が終わり、王様の犬が紹介される下りとなると、 広間から二階へと続く大きな階段の上に小さなチワワが護衛付きで現れた。
大きく潤んだ瞳、整った毛並み、上品な足取り、大型犬ではないのが意外だけれど、 どれを取っても王様のペットと言う貫禄が有る。
そのお犬様が口を開く。
当然『ワン』とか『キャン』とか言う物だと思っていたら、
「皆の者、今日は良く集まってくれた。苦しゅう無いぞ。」
甲高い声でそう言った。
え、ちょっと待って、なんで犬が喋ってるの?
『流石王様の所の御犬様は違いますね~、 教育が行き届いていらっしゃる』とかそんな事を言う次元の話じゃなくて。
僕が頭の中で色々と考えている内にも御犬様は話をしていく。
「…と言う訳で、今日は王からも余に触って良いという許しが出て居る。
撫でたい者は撫でて構わんぞ。」
何か言葉尻がムカツクなぁ。
しかし御犬様の言葉に、可愛い動物が大好きな婦女子の方々は大喜び。
我先に御犬様を撫でようと、御犬様に詰め寄っている。
本当の事を言うと、僕も犬とか猫が居たら撫でたい質なので、 あの毛並みの良い御犬様は撫でてみたい。
けれど、婦女子の方々に混じる勇気もないし、なにより御犬様の言動が気に障る。
だから触らなくても…でも触りたい…と、心の中で葛藤を繰り広げている。
それでチラチラと御犬様を横目で見ていたら、その視線に気づかれて、また甲高い声で言われる。
「どうした、そなたも触りたいのか?
触っても構わんぞ。
ほれどうした。」
やっぱり言動がムカツク。絶対触らない。
そう思い、
「いえ、大丈夫です。」
と断るが、『気持ち良い』『手触りが良い』と言う感想を聞いてしまうとどうしても気になる。
それでまたチラチラ見ていると、御犬様が小馬鹿にしたような顔つきでこう言った。
「どうしたそのような目で見て。
余はオスだぞ?
そなたはホモか?」
何て事言うんだこのクソチワワ!
「断じて間違っても絶対にそんな事は無いのでお気になさらないで下さい。」
ぶん殴りたい気持ちを無理矢理抑えて、チワワに一言断りを入れた後、 二度と気にしない様にサンドイッチの並んだテーブルへと向かった。
今日の花は「クリスマスホーリー」
花言葉は「清廉」
その花言葉通り、『犬に触りたい』と言う私欲に負けては為らない。と思った日だった。