メリーアンに告白したパーティーから早くも一ヶ月が過ぎようとしている。
時が経つのは早いなと、お茶を飲みながら感慨に耽っていると、なにやらドタバタと騒がしい。
まあ、それもいつもの事なので余り気にしないで居たら、母上が細いバンブーの様な、 細長い植物を持ってきた。
「母上、いつもの事ですがそれは何ですか。」
「これ?『ササ』っていう東洋の植物。」
「その『ササ』を持ってきて、何をしようと言うんですか母上は。」
僕の問いに、母上はササを壁に立てかけてから自慢げに答える。
「東洋の風習でね、『タナバタ』って言うのがあるのよ。
その『タナバタ』に使うのよ。」
「へ~、どんな風習なんですか。」
ああ、やっぱりいつもの通り、曖昧な行事が執り行われるのかなぁ。
そんな思いを知ってか知らずか、母上は説明を続ける。
「『タンザク』っていう紙に願い事を書いてササに吊すんですって。
それで、願い事を吊したササを飾りごと燃やすと、願い事が叶うんですって。
アーちゃんやってみた~い。」
「もうやる気充分でササを準備してるんでしょう。」
「うん、そう。
今日簡単なタナバタパーティーしようと思ってソンメルソ君とメチコバール君呼んであるのよね。
アフタヌーンティーの時間に来ると思うから。」
呼ぶのは良いけれどパーティーの趣旨の説明とかしたのだろうか。
そこら辺が何となく不安な気はするけれど、 来るんだったらまあ、色々話でもして時間潰そうかな。
アフタヌーンティーの時間になって。
ソンメルソとメチコバールが家に訪れてきた。
「やぁ、今日はタナバタパーティーだって?何をやるんだい?」
「いやぁ、詳しくは僕も知らないんだよね。」
席に着きながら訊ねてきたソンメルソに、僕は曖昧な回答しか返せない。
それに対してメチコバールが難しい顔をして言う。
「タナバタと言えば東洋の行事だろう。デュークの母君は何処でそんな話を聞いて来るんだ?
前にあったモモノセックとタンゴノセックも東洋の風習だしな。
誰が何処で何の話を聞いてきてパーティーを催すか解った物ではないな。」
全く持ってその通りだと思う。
皆東洋の風習なんて何処で聞いて来るんだろうなぁ。
三人で話をしていると、母上が何か長方形をした紙の束を持って現れた。
「三人とも、このタンザクにお願い事書いてね。ササに飾るから。」
全員の手が届く所にタンザクの束が置かれる。
もしかして此が本日のメインイベントなんだろうか。
「ササって、あのクリスマスの飾りが付いている細いバンブーの事ですか?」
そう言ってソンメルソが指す先には、 彼の言うとおり古ぼけたクリスマス飾りで飾り立てられたササが有る。
え~っと、なんでササがクリスマスの飾り付けをされてるのかな?
確かタンザク以外にも何か飾るって言ってたから、それなのだろうか。
聞かれた母上は嬉しそうにササの説明をする。
「そうよ、アレがササ。
なんかいっぱい飾った方が効果有りそうな感じがするから、頑張って飾り付けしてみたの。
どうせ燃やしちゃうから古くなった飾りばっかりだけどね。」
豪華にすれば願いが叶うって訳でもないと思うんだけどな、僕は。
いつの間にか運ばれてきた紅茶を飲みながらそう思う。
ふと、タンザクを片手に持ったメチコバールがぽろりと言った。
「しかし、こう言った風習は信憑性が薄いですけれど良い物ですね。」
「やっぱり信憑性薄いと思う?
私もそう思うんだけど聞いた話だと凄く楽しそうだったから。」
なんだ母上、この行事の信憑性についてはちゃんと疑問に思ってたんだ。
しかしだ。
タンザクを目の前に、改めて願い事を書くとなるとどうにも何を書けばいいのか判らない。
「じゃあとりあえず、皆タンザクに願い事書こうか。」
母上はそう言うけれど、困ったなぁ…
左右に座っているソンメルソとメチコバールは何も迷うことなく書き始めている。
僕も何か書かなきゃ。
散々悩んだ挙げ句、暫くして僕もタンザクに書き終わった。
書き終わった様子を見てか、母上が、
「何お願いするの?見せて。」
と言うので内容を見せる。
その短冊に書かれた言葉は、
『中の上』
それを見た母上が一言。
「ちょっと志低くない?」
「いや、余り欲張りすぎるのもどうかと思って。」
母上と同じく、僕のタンザクを見たソンメルソも一言。
「中の上って、何の中の上だ?訳がわからん。」
…う~ん、ちょっと簡潔に書きすぎたかな。
其れは兎も角、僕のタンザクだけ見られるのも何かずるい気がするので、 他の人のタンザクも見せて貰おう。
「母上は何て書いたんですか?」
「アーちゃん此。」
そう言って母上が見せたタンザクには、
『アーちゃん乙女』
と一言。
「母上、それ願い事じゃないです!」
「え~、じゃあ『アーちゃん女の子』でどう?」
「それも願い事じゃないです!」
パーティーの主催者が行事の事を理解してないでどうするんだか。
「ソンメルソ君は何書いたの?」
母上が興味深そうにソンメルソに訊ねると、彼もタンザクを見せる。
「これですよ。」
そのタンザクには、
『好きな人と結ばれますように』
と一言。
おお、まともな事書いてる。
「なんだ、好きな人居たんだね。」
僕がそう言うとソンメルソが少し照れたように笑う。
「まあ一応な。しかし…」
「しかし、何?」
「最近他の奴に相手が取られそうでな。非常に心配だ。」
出た、複雑な人間関係。
僕は複雑な人間関係が苦手なので、 『余りこの話には突っ込みたくないな~。』と思っていたら、母上が興味津々。
「あら~そうなの?
ねぇねぇ、相手はどんな子なのかしら。」
「そうですねぇ、控えめな感じで、少し気が小さいでしょうか。
口数もそんなに多くないですね。
見た目は色白で可愛い人ですよ。」
「そうなんだ、私も会ってみたいわ。」
僕は会いたくないです。
複雑な人間関係に巻き込まれたくないです。
暫く母上とソンメルソがその話題で盛り上がっている間、僕は身を固めてじっとする。
ふと、母上が思いだした様に話を変えた。
「そういえば、メチコバール君がさっきから静かだけど、お願い事何書いたの?」
そう言えばさっきからずっと彼の発言を聞いていない気がする。
どうしたのかとメチコバールの方を見てみると、まだ熱心にタンザクに書き込んでいた。
メチコバールに注目が集まる。
三人の視線に気づいたのか、彼が顔を上げた。
「ん?どうした?」
「いや、どうしたって…
まだ書き終わらないのかい?」
「ああ、そろそろ良いかな?」
そろそろ?どう言うことだろう。
僕がちょっと疑問に思っていると、母上がタンザクを見せてくれとメチコバールにせがむ。
「どんなお願い事書いたの?」
「こんな感じです。」
そう言って彼が差し出したのは、願い事が書かれた短冊の束。
「書きすぎだろお前は!」
「信憑性薄いって言ってた割には熱心だね。」
ソンメルソと僕のツッコミにも、メチコバールは動じない。
「信憑性が薄いからこそ、沢山書くべきだ。
確率が低くても、数有ればその分確率は上がるしな。」
「それって『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』って言わないか?」
「違う。此は物量作戦だ!」
どっちも変わらないよ。
僕はそう思うのだが、彼の中では何か違う所でもあるのだろうか。
不毛な言い合いをしているメチコバールとソンメルソを差し置いて、 母上は手渡されたタンザクを一枚一枚捲って読んでいる。
「あら~、色んな事お願いしてるのかと思ったら、全部同じ事書いてあるわ。」
本当に『下手な鉄砲』なんだ。
なんかあれだけ束になって同じ事が書いてあるとなると、僕もちょっと内容が気になってくる。
「母上、僕にも見せて下さい。」
「はい、どーぞ。」
手渡されたタンザクを見てみると其処には、
『四月に大通りであった女性にまた会えますように』
と書かれている。
え、それって僕の事?
まだあの時の事忘れてないんだ。
何と言うか…願うまでもなくお前の願う相手は隣に居るよとも思うのだが、流石に言えない。
言ったらどうなる事やら。
タンザクを捲っても捲っても母上が言った様に、一様に同じ事が書かれている。
それを見て、僕は夜の街を小一時間追い回された事をちょっと思い出したのだった。
翌日、僕は久しぶりに露店を出そうと思い準備をしていた。
どうしよう、場所変えようかなぁ。あのままで良いかなぁ。
そんな事を考えながら女装をする。
他にいい場所がないか探そうと思い、今日はいつもより早く家を出た。
まだ人がまばらな大通りを見て回るが、どうにも何時も使っている場所以外に良い所がない。
仕方がない、何となく嫌な予感はするけれど、いつもの場所で良いか。
そう思って僕は何時も店を開いている場所で準備を始めた。
店を開いて暫く、特に何が有るというわけでもなく、いつもの様に恙無く時間は過ぎて行く。
お昼頃になり、増えてきた人波を眺めながら、僕はお弁当に持って来たサンドイッチを囓る。
お店を出す時は何時もこうやって、何かを囓りながら人波を眺めている。
そうやっている時間は何も考えなくて良いような気がして、割と好きだ。
嫌な事とか、煩わしい事とか、そう言うのを忘れられる様な気がする。
僕がそうやって、ぼーっとしながらサンドイッチを囓っていると、誰かが声を掛けてきた。
「お久しぶりですねお嬢さん。
今日もお一人ですか?」
そう声を掛けてきたのはメチコバールだ。
僕は思わず鼻から食べかけのサンドイッチを吹き出しそうに為る。
しまった、うっかりコイツの事を忘れていた。
よく考えたら昨日のタナバタパーティーの時に、タンザクに何か書いてたじゃないか。
何で忘れてたんだろう。
人波見てて忘れたかな。
それにしても、まさか会うとは思わなかったな。
前に毎日大通りを探すと言っていた気がしないでもないけれど、 まさか本当にやっているとは思えないし。
僕が暫く黙っていると、メチコバールが不安そうな顔をして声を掛けてくる。
「あの、もしかして覚えていませんか?
エイプリルフールの時に一度お会いして居るんですけれど…」
「あ、すいません、ぼーっとしてました。
覚えていますよ。」
エイプリルフールの時ね…
あの時はよくも小一時間追い回してくれたなとも思うのだけれど、 彼は追い回した事を覚えているのだろうか。
僕が思っている事なんか知る由もなく、彼はまだ話しかけてくる。
「覚えているのなら良かった。
あの日の帰り、どうして急に走り出したりなさったのですか?
良かったら荷物をお持ちしようと思ったのに。」
「えっと…あの…あの時は急いで居た物で。」
どうしても何も身の危険を感じたから逃げ出したのだったが、とりあえず適当に言葉を濁す。
「それにしても。」
メチコバールが僕の事をぢっと見つめて言う。
「また逢えて良かった。毎日大通りを探した甲斐があったという物です。」
本当に毎日探してたんだ。
「どうして探してらしたのですか?」
僕がそう訊くと、彼は真剣な目をする。
「私は、初めて会った時、一目見て貴女の虜になりました。
それで、どうしてももう一度会いたくてずっと探していたんです。」
「一目惚れ…なんですか?」
「そうです。あの日から一日たりとも貴女を忘れた日は有りません。
あの、宜しかったら私とお付き合いして下さいませんか。」
とんでもない話になってきたな。
適当にあしらおうにもメチコバールは本気そのものだ。
僕はどうやって断ろうか頭を捻る。
お付き合い、お付き合いねぇ…
そうだ、お付き合いと言えばこう言えばいい。
「あの、私、今お付き合いしている人が居ますので、貴方とお付き合いするのはちょっと…」
僕は今メリーアンとお付き合いをしているので、 お付き合いしている人が居ると言うのは嘘ではない。
流石にこう言えば諦めるだろう。
そう思ったのに。
「相手は誰ですか。
その相手と私が決闘して、私が勝ったら私とお付き合いしてくれませんか?」
決闘なんて駄目だよ!
メリーアンに決闘なんてさせられるか!
とんでもない事を言い出した。
どうした物かとまた頭を悩ませるけれど、なかなか良い案は出てこない。
此はもう…僕は意を決してメチコバールに言う。
「あの、実は私、貴方に黙っていたことが有るんです。
でも、他の人に知られてしまうととても困る事なのですよ。」
「それは何ですか?私に何か関係があることなのでしょうか。」
「有ります。」
「なら良かったら教えてくれませんか、誰にも言いませんので。」
「絶対にですか?」
「神に誓って、絶対に誰にも言いません。」
彼が神に誓った所で、僕は店の内側に彼を招き入れ、耳元で囁く。
「僕だよ僕、デュークだよ!」
それを聞いたメチコバールはショックで顔がこわばる。
「な…なんでこんな所でこんな格好してるんだお前は。」
大通りに背を向けて、彼も小声で僕に言う。
まあ、疑問ちゃ疑問だろうので、訳有って正体を隠して露店を出していると言う事を説明したら、 何とか納得をしてくれた。
「そうか…
そう言うことだったのか、成る程…」
納得はしたみたいだけど、ショックはまだ残っている様で。
「自分の為にも、この事は早く忘れようと思う。それじゃあ、帰るよ…」
そう言ってメチコバールは僕の露店を後にした。
…悪い事しちゃったかなぁ…
今日の花は「月下美人」
花言葉は「ただ一度だけ会いたくて」
その花言葉通り、メチコバールはもう一度合いたい人に会えたけど、 ちょっとショックな結果に終わった様だ。