第三章 フローライト

 ステラの元にサフォーが来て暫く、ステラもサフォーの居る生活に慣れてきた。

そろそろサフォーのご飯用に買ったアイオライトが無くなってきたので、アイボリーセンターでさざれを物色する。

「う~ん、どれが良いかね。

またアイオライトって言うのも食べ飽きちゃうでしょ?」

「あたしは別に構わないんだけど、他のも気になるケコよ」

 小声で話しながら物色していると、ふとサフォーが嬉しそうな声を上げた。

「ご主人様、これこれ!」

 何かと思って見てみると、青緑色のフローライトがぶら下がっている。

「ああ、そういえばブルーフローライトの流通量が一気に増えてるらしいよね、最近」

 そう呟いてステラがブルーフローライトのさざれを手に取ると、なかなかお財布に優しい値段をしている。

「これが食べたいの?」

 ステラがサフォーにそう訊ねると、サフォーは陳列棚の上に飛び乗って踊り出す。

「食べたいケコよ!

今までブルーフローライトはなかなか食べらんなかったから、じっくり味わいたいケコ~」

 ぴちぴちと踊るサフォーを見て、ステラもこの値段なら二連くらい買っても大丈夫だなと、 ブルーフローライトの束をレジへと持っていった。

 

「さて、今日はバイトも休みだし、他の石屋さんも見る?」

 アイボリーセンターから出たステラは頭の上でステップを踏むサフォーに声を掛ける。

すると、頭の上から言葉にならない歓声が聞こえてきたのでそのまま他の石屋の有る方向へと足を向けた。

 暫く歩くと、ビーズやアクセサリーパーツを扱う店が姿を見せ始める。

「ケコ~、あたし、綺麗な青いガラスなんかも好きケコよ」

「へー、そうなんだ。

プラビーズとかアクリルはどうなの?」

「石油系はジャンクフードケコね。

でも、大切に大切にされて時間をたっぷり過ごした石油製品は、しっとりとして、それでいてまろやかな味がするケコよ」

「ううむ、人間の喰ってる食品とあんま感覚変わらないのね」

「ま、食べ物だからね」

 そんな話をしていると、突然ステラの携帯が鳴り始めた。

誰かと思いながら着信を見ると、匠から。

「もしもし。どしたん?」

『ステラ!今どこに居る?』

「え?浅草橋」

『丁度良かった、今すぐ馬喰町まで来れる?

強盗犯と警察でカーチェイスやってんのよ』

「プゲラッ。

了解、今から向かうわ」

 通話を切り、携帯電話を鞄にしまったステラはそそくさと人目に付かない物陰に隠れる。

「ご主人様、どうしたケコか?」

「ちょっと片付けないといけない厄介ごとが入ってきたのよ」

「ケコ?」

 訳がわからないと言った顔をするサフォーをよそに、ステラは普段人目に付かないように首から下げている、 青い石のペンダントに手を当てながら構えて言う。

「変身、ダイヤキング!」

「ご主人様、なんか電波……

ケコォ!」

 突然の事にサフォーがツッコもうとした途端、かけ声の一瞬後にステラの体が光に包まれ、姿が変わる。

フリルの付いたハイネックのレオタードに、先端が二股に分かれた長いとんがり帽子。

そして手にはトランプのダイヤマークを模ったモチーフが付いた杖が握られていた。

「ごごごごご、ご主人様、どういうことケコか?」

「今は説明してられん。

取りあえず馬喰町に向かうよ!」

 戸惑うサフォーを頭に乗せたまま、ステラは驚異的なジャンプ力でビルの上へと飛び乗り、 そのままビルの屋上を跳び回りながら匠が居るであろう方向を目指した。

 

 聞こえてくるサイレン。

匠から聞いたとおりなら、この付近でカーチェイスが展開されている筈。

そして見えてきた。猛スピードで走ってくる一台の車が。

「止まれオラァ!」

 ステラがそう叫んで車の方へと投げつけたのは、先ほど買ったばかりのフローライトのさざれ数粒。

 一見たいした効力は無いように思えるが、車にぶつかったその瞬間、目が痛くなる程のまばゆい光を放った。

激しく鳴り渡るブレーキ音。

急ブレーキを掛けられた為に横向きになって突っ込んでくる車を、ステラは思いきり杖でぶん殴る。

「大人しくしやがれこのクズが!」

 なかなか止まらない車を何度か杖で殴り続けていると、車の後方から聞き覚えの有る声が聞こえてきた。

咄嗟にステラは車から距離を取る。

「マイナーアルカナ、シャッフル!

スォードナイト!」

 その声の直後、車の周りに大きな剣が降り注いだ。

大きな剣に阻まれた車はようやく動きを止め、程なくして警察が追いついた。

警察と当時にやってきた、ステラと同じようなとんがり帽子を被っている少女に声を掛ける。

「スペードペイジ、お疲れ」

「わーい、援助ありがとね、ダイヤキング」

 警察が周りでわちゃわちゃやっている手前、お互い本名で呼び合う事が出来ないのだが、 ステラが『スペードペイジ』と呼んでいる少女は友人の匠だ。

 犯人を御用した警察官達が二人に礼を言う。

「スペードペイジさん、ダイヤキングさん、ご協力有り難うございます!」

「市民の平和を守るのは、我々魔法少女の勤めですから」

「また事件の時には駆けつけます!

それでは、スペードペイジ・フォー・ジャスティス!」

「あっ……

だ、ダイヤキング・フォー・ジャスティス!」

 決め台詞を残しその場を立ち去る二人。

その場から十分に距離を取り、人目に付かない路地で二人は変身を解く。

「匠……あの恥ずかしい決め台詞何とかなんないの……」

「え?かっこいいじゃん」

「……恥ずかしい……」

 二人がそんな話をしていると、ステラの頭の上からサフォーがおどおどと声を掛けてきた。

「ご主人様、今の一体何だったケコか?

魔法少女ってどういうことケコか?」

それを見た匠が、声を上げてサフォーを撫でる。

「サフォーも居たんだ!

ステラ、この子には説明しちゃって良いの?」

「上がなんて言うかは解んないけど、まあ良いんじゃ無い?

この子自体スピリチュアルだし、もう正体ばれてるし」

「そっか、それもそうだね」

 ステラの言葉に、匠はざっくりと説明を始める。

ステラと匠は、『鏡の樹の魔女』に力を授けられた四人組の魔法少女の中の二人で有る。

いつまで経っても悪が無くならないこの世界を憂慮した『鏡の樹の魔女』が、様々な場所で様々な人物に、 悪を倒す為の力を授けているという。

 その説明を、サフォーはポカーンとしながら聞いている。

「ケ……ケコォ……

なんか不思議な話ケコね」

「いや、不思議な存在のあんたに言われたくない」

 自分の事を棚に上げているサフォーにステラがツッコむと、突然サフォーが暴れ出した。

「そう言えばご主人様!あたしのごはん投げたでしょ!

あたしのごはん、あたしのごはんんんん!」

「しょうがないでしょ、緊急事態だったんだから!」

 ステラとサフォーの様子を、匠は苦笑いしながら眺める。

「宝石ガエル飼うのも大変なのねー」

 取りあえず。と声を掛けてきた匠に誘われ、ステラとサフォーはビーズ屋さんを回る事にした。

 

†next?†