ブルーアンバーについて匠に訊ねて数日経った頃、ブルーアンバーはネックレスにした物は勿論、 石だけでも売って貰えるという返答が来たので、ステラは素直に購入する事にした。
ステラと匠のバイトの都合が付いたある日、ステラ達は匠の兄と浅草橋で待ち合わせをしていた。
ネックレスにする分はあらかじめ加工しておかないといけないのだが、 石だけで欲しい分はわざわざ匠の兄がやってきて選ばせてくれるという。
いい人だな~。とステラが思っていると、匠が少し拗ねたような顔をしてこう言った。
「お兄ちゃんがかっこいいからって、変な事考えたりしないでよね」
その発言にステラは苦笑いをする。
前々から解っては居るのだが、匠はどうしようも無いブラコンなのだ。
ステラとしては常々、今は恋人とかそんな事を考えている余裕は無いと言っているのだが、それでも匠は心配なのだろう。
ステラが匠を宥めながら駅前で待つ事暫く。地下鉄の入り口から、二足歩行で歩く犬を連れた、 着物に袴姿の男性がやってきた。
「匠、お待たせ。この子がお友達?」
「そう、この子がブルーアンバー欲しいって言ってる子だよ」
匠の返事に、兄とおぼしき人物が微笑んでステラに挨拶をする。
「初めまして。
匠の兄の悠希です。よろしくね」
そして、続けて悠希の足下に居る犬が声を掛けてきた。
「俺は悠希の飼い犬の鎌谷。
まぁ、俺犬だからあんま気にしなくて良いぜ」
気にしなくて良いと言われても気になる。
犬が二足歩行して尚且つ喋るとは、これも何かの心霊現象なのでは無いかと思ってしまったステラだが、 ふと有る事を思い出す。
数こそ少ない物の、人語を解し人に紛れて生活する宇宙生物が実在すると言う事を。
おそらく、この犬も宇宙犬とかそういう物なのだろうと納得する。
納得するまでにやや時間が掛かった為にブランクが空いてしまったが、ステラも悠希達に挨拶をする。
「初めまして。
匠のお友達の泉岳寺ステラです。
よろしくお願いします」
「ステラさんって言うんだ。
あ、余り固くならないで良いですよ。
わざわざ丁寧語を使うのも面倒だろうし」
「あ、わかりました。
それじゃあ普通に喋るね」
ステラ達が軽く挨拶を終えると、匠が折角だからビーズ屋さんも見ようと声を掛けてきた。
ステラは何となく頭の上からよだれが垂れてきているような感触を感じながら、ビーズ屋を回る事にした。
見て回ったのは駅前のビーズ屋だけで無く、駅から少し離れた石屋など。
ふと足を踏み入れた石屋で、ステラとサフォーはある石に目をつける。
「あれ、なかなか良い感じのカヤナイトじゃない」
ステラが手に取ったのは、少し筋の入った青い石。
少しくすんだ色のその石をみて、サフォーはステラに言う。
「その束より、その隣のもっと青いやつの方が良いケコ」
ステラは言われるままに隣に下がっている、同じくカヤナイトの束を手に取り値段を見る。
すると、先ほどの物の倍以上の値段が書かれていた。
「あかんあかんあかん。これは高すぎる」
小声でそう呟いて真っ青なその束を棚に戻し、先ほどの束を再び手に取る。
すると、その様子を見た悠希が声を掛けてきた。
「ステラさん。それ、染めだけど良いの?」
「え?これ、染めてあるの?」
思わず驚くステラに、悠希は石の珠を指さして説明する。
「ここよく見てみて。
よく見ると染料が溜まってるでしょ」
言われるままによく見ると、不自然に青い物が溜まっている箇所がある。
ステラとしては、余り染め物は好まない。
なかなか良い色だとは思ったが、溜息をついて束を棚へと戻す。
それから、隣に下がっている真っ青な束を指さして悠希に訊ねた。
「もしかしてこれも染めだったりする?」
するとこう返ってきた。
「それは天然の色だよ。
でも、そのランクになると相当値が張ると思うんだけど」
「え、そこから見ただけで解るの?」
「え?大体解るよ」
ふと、悠希とのやりとりで見落としそうになったサフォーの行動に目をやる。
ステラの鞄の中から質の良いカヤナイトへと必死に舌を伸ばしているので、 ステラは悠希に気づかれないようにサフォーを中に押し込み、鞄の口を締める。
「ご主人様ひどいケコォ……」
鞄から抗議の声が聞こえてくるが気にしない。
落ち着いた所で、店内の石をじっくりと見て回ると、ステラが見ている横で匠と悠希が石についての話をしている。
それを聞いていると、悠希はかなり的確に並んでいる石について言葉を述べている。
「でもね、染めも染めで、解った上で使うんだったら結構味のある物もあるんだよね」
「お兄ちゃん、やっぱよく解らないやつは使いたくないの?」
「売る時にちゃんと説明出来ないと困っちゃうじゃない。
嘘を言う訳にもいかないしね」
そのやりとりを聞いて、ステラは悠希が真面目な人間なのだと認識する。
ふと、外から大きな声が聞こえた。
「ぶえっくしょい!」
大きなくしゃみに何かと思って外を見ると、鎌谷が前足同士を擦り合わせながら震えていた。
その様子を見た三人は、慌てて店から出る。
「ごめんね鎌谷君、寒かったよね?」
「いつもの事だろ。
それより、なんか良いの有ったか?」
「僕はそんなでも……
匠とステラさんは何か買いたいのある?」
鎌谷と悠希の問いに、ステラと匠は顔を見合わせてから答える。
「今日はブルーアンバー買うから、あんま持ち合わせないんだよね」
「誘っておいてなんだけど、私も余り持ち合わせないのよ」
取りあえず、この店での買い物をする気は無いというのが解った所で、 三人と一匹は駅前のレストランへと向かったのだった。
駅前のレストランに入った三人と一匹は、テーブル席に座り飲み物を注文する。
ステラと鎌谷がホットコーヒーで、匠と悠希がアイスティーだ。
飲み物が来るまでの間に、悠希が鞄から小さな箱を取り出して開ける。
「これが今回注文を受けたネックレスで、こっちの小袋に入ってるのがバラで持ってきたブルーアンバーだよ。
このお店の中だとちょっと解りづらいだろうから、それぞれ蛍光がどう出るかの写真を持ってきたんだけど、これがそれ」
そう言って悠希が差し出したのは、透明な袋に入ったネックレスと、雫型のブルーアンバーが二つ。
それから、太陽光で撮影したとおぼしき写真が二枚。
「うむ……どっちも綺麗に光ってる……」
写真で見る限りどちらも良い物であるように見えるので、思わず悩む。
その様子を見た匠が、悠希に訊ねた。
「お兄ちゃん的には、この二つのうちどっちの方が良いやつだと思う?」
「そうだなぁ、すごい僅差なんだけど、こっちかな?」
そう言う悠希が指さしたのは、ステラから見て右側に置かれたブルーアンバー。
よく解らないがそういう物なのか。そう納得しかけた所で、悠希が続けて言う。
「でも、質云々だけの問題じゃ無くて好みもあるから、じっくり選んでね」
好み。好みと言われても、この粒売りのブルーアンバーはステラの物にはならない。
それなら悠希の言うとおり……そこまで考えてステラははっと思いつく。
こっそりとテーブルの下で鞄の口を開け、サフォーにごく小声で言う。
「あんたが選べ」
「ケコォ!」
ステラのその言葉に、サフォーは鞄の中から躍り出てテーブルの上に乗る。
ブルーアンバーの前に這いつくばり、よだれを垂らしながら視線を揺らすサフォーを見て、匠も、 そう言えばそうだったと言う顔をしている。
そしてサフォーが選んだのは、悠希が勧めた方のブルーアンバーだった。
「こっちの方がいい匂いがしておいしそうケコ。
これにするケコよ」
ぬめぬめと踊るサフォーを横目に、ステラはブルーアンバーの購入を決める。
代金を払い、品物を受け取るステラに悠希が言う。
「有り難うございます。
また何か珍しい石が手に入ったら匠に伝えてもらおうか?」
「あっ、お願いします」
それから、ステラは改めて悠希にこう言った。
「ところで、師匠と呼ばせてください」
「えっ?良いけど、なんで師匠って言う話になるの?」
「私も悠希さん程の鑑定眼が欲しいです」
悠希の事を見つめたままブルーアンバーをしまうステラに匠が釘を刺す。
「師匠だよね?あくまでも師匠だよね?」
「え?そうだけど、それ以外に何か?」
「ううん、それならそれで良いの」
隣に座る悠希の腕にしがみつく匠に、鎌谷が呆れたように声を掛ける。
「匠ちゃんもそろそろ脱ブラコンしないといけないんじゃねーの?」
「ひどい!私ブラコンじゃ無い!」
鎌谷に反発する匠の反応にステラは、あ、こいつ自覚無いんだ。などと思った。