第十一章 カーネリアン

「仕事運でしたら、カーネリアンがお勧めですね。

綺麗なのを揃えていますよ」

 いつものようにバイトをするステラ。

今日は珍しくあの鉱物マニアの客が御利益を求めてやってきた。

いささか沈んだ顔をする彼が言うには、近頃仕事で辛い事があるので、 それを乗り越えたいと藁にも縋る思いで来たとのこと。

石をあくまでも鉱物としてしか見ていないこの客が御利益を求めるなんて、 よっぽどの事があったんだなと思いながらステラはカーネリアンと呼ばれる赤褐色の石をタオルの上に並べる。

それを見て右肩でルーベンスがよだれを垂らしているが、 ルーベンスは許可を出さない限り食べる事は無いのを解っているのでステラは特に何もしない。  カエルの事はさておき、客が石を選んでいるのを見ている訳だが、選ぶ石が個性的な物ばかりで、 やはりパワーストーン畑では無く鉱物畑の人なんだなと再確認する。

手首一回り分のカーネリアンを選んでもらった後、サイズを見ながらブレスレットを作るステラ。

今日も売り上げが上々だと内心喜びながら、会計を済ませたその客を送り出したのだった。

 

 とある日曜日の事、ステラはシフトの都合で朝からバイト先に出勤する事になっていた。

フルタイムで入るのはなかなかしんどいのだが、給料が増えるなら良いだろうと、 日曜日にフルタイムで入る事も少なくない。

開店前に掃除を済ませ、石を磨き始める。

そうしている内に駅ビルの開店時間となりちらほらと客が入り始めた。

 朝の内は客が少ないのは前から解っているので、少しだるい。

ステラが欠伸をしたその時、人影が見えた。

「いらっしゃいま……」

 挨拶をしようとしたステラを羽交い締めにし、刃物を突きつけてその人物はこう言った。

「おい、ありったけ金を出せ。

言う事を聞かないとどうなるか解っているだろうな」

 こんな時間から強盗が出るとは。

しかも自分が人質になるなどと言うのは予想外の事でステラは戸惑う。

 正直な所、ありったけ金を出せと言われても、この店は開店直後はレジの中に一万円分しかお金が入っていない。

その金額だとありったけ出しても出し惜しみしていると思われてしまうだろう。

 異変に気付いたのか、他の店の店員も集まってきてしまい、ステラはだんだん気まずくなる。

強盗犯も含め、こんなにギャラリーが居ると変身しようにも出来ないのだ。

ステラは素のままの姿で、刃物を握る強盗犯の手を掴んで叫ぶ。

「金、金、金、人として恥ずかしくないのか!」

「んも~、ご主人様がそれ言う?」

 緊急事態にも関わらず呆れたようにサフォーがそう言うと、ルーベンスがぺろりと舌なめずりをして周囲を見回す。

「なんか覚えのあるカーネリアンの匂いがするケコ」

 その直後、背後に気配を感じた。

「悪党め、覚悟しろ!」

 強盗犯の腕をひねり上げ、ステラを解放した何者か。

一体何者が来たのかと確認するステラの目に入ったのは、いつか御徒町の石屋に現れた人物だった。

「茄子MANさん?」

「少女よ、私がこいつを押さえている間に警察を呼ぶんだ!」

「あ、はい!」

 ステラは他の店の店員に、駅ビル管理者へと連絡を取ってもらうように頼んでから、自分の携帯電話で警察へとかける。

 警察が着くまでの間、強盗犯と茄子MANがもみ合っている訳なのだが、ステラは見てはいけない物を見てしまった。

茄子MANの手首に、見覚えのあるカーネリアンのブレスレットが着いているのだ。

仕事が辛いって言ってたけど、これは確かに辛いなぁ。等と思いながら、近くの文房具店から梱包資材を融通してもらい、 強盗犯を縛り上げた。

 

 強盗犯が警察に連れて行かれて落ち着いた頃、ステラが石を磨いていると、例の客が変身前の姿で店へとやってきた。

「いらっしゃいませ」

 いつものようにフローライトのタンブルを見ている彼を指して、ルーベンスがこう言った。

「ご主人様、さっきのお礼言わなくて良いケコか?」

 それに対し、サフォーがすかさず返す。

「ルーベンス、正義のヒーローって言うのは一般市民に正体がばれちゃうと困る物ケコよ。

だからそっとしておくのが良いの。

ご主人様だってそうでしょ?」

「ケコ……なるほど」

 カエルが各々納得している所に、客が話しかけてきた。

「この前はどうも。

このブレスレット着けてから、何となく気分が晴れるようになりましたよ」

「そうですか、それは良かったです」

「パワーストーンなんて効かないだろうって思ってたけど、こう言うプラシーボ効果もなかなか馬鹿に出来ないんだねぇ」

「あ、プラシーボだって言う自覚はしてたんですね」

 その後和やかに石について語り合った後、その客はフローライトをじっくりと眺め、 気に入った一個を買って帰っていった。

 

 その日の夜、バイトが終わったステラがおやつでも買おうとコンビニに向かうと、非常灯が回っていた。

何事かと思い覗き込むと、どうやら強盗の様子。

今日は強盗が多いなと思いながら咄嗟に変身し、コンビニの中へと押し入る。

「ダイヤキング参上!

おら、おとなしくしな!」

 ラブラドライトを一欠片手に握り強盗犯へと指を向ける。

するとその指の先から青白い光が放たれ強盗犯を照らす。

「ふがぁぁっ!」

 光に照らされた途端、強盗犯は苦痛に顔をゆがめ床に倒れ込んだ。

それを後ろ手に押さえ込み、ステラは先ほどまで刃物を突きつけられていた店員に声を掛ける。

「早く一一〇番して!

あとなんか縛り上げるもんない?」

「はっ、はい!」

 まだ緊張が解けていない様子の店員が、レジの下から梱包用の紐を取り出しステラに渡す。

その時見えた店員の顔に、ステラは一瞬表情を固めた。

その店員は、今日店にやってきたあの客、つまりは茄子MANの中の人だったのだ。

強盗犯を縛り上げながら、ステラは横目で一一〇番通報する茄子MANの中の人をうかがい見る。

 もしかして、仕事が辛いって言うのはヒーロー業では無く、バイトの方だったのかもしれないと、 思わず思ってしまった。

 

 その翌日、お弁当を食べながら匠と話をしていると、こんな事を言われた。

「そう言えば、昨夜は私のバイト先がお世話になったみたいで、ありがとね」

「え?何の話?」

 突然の事なので訳がわからなかったが、よくよく聞けば、 昨日強盗犯を締め上げたコンビニは匠のバイト先なのだという。

そこでステラは恐る恐る訊ねた。

「ね、ねぇ、匠は茄子MANの中の人、知ってる?」

「知ってるも何も、バイトの先輩だよ。

むこうも私がアレなの知ってるし」

「あ~、相互理解出来てるんだったら事前に知りたかったな~」

 きんぴらごぼうを噛みしめた後、ステラが改めて匠に言う。

「その茄子MANなんだけどさ、昨日の午前中に私のバイト先が茄子MANに助けられたんだよ。

ヒーローでも助け合い重要」

「ああ、あの人いつも夜勤だから、主にその辺の活動は午前中らしいんだよね~」

「しかもまさか、ウチの店の常連客だとは思わなかった」

「それお兄ちゃんには言わないでね?

大変な事になりそうだから」

「らじゃ」

 そんな感じでヒーロー・ヒロイン談義をしながら、昼休みの時間は過ぎていった。

 

†next?†