ある休日の事、ステラがいつものように浅草橋の石屋を見ていると、入り口から他の客が入って来た。
反射的に入り口の方を見ると、そこから入ってきたのはカナメで、ステラを見つけるとおずおずと声を掛けてきた。
「あの、もしかして駅ビルのパワーストーン屋さんの店員さん……ですか?」
「そうですよ。何かご相談でも?」
「あ、いつもお話してるのに、先日は気付かなくてすいませんでした。
それで、あの、良かったら相談に乗って欲しいんですけど」
相談事と聞いて、ステラは思わずカナメの彼女に何か有ったのだろうかと思ってしまう。
取りあえず、何となく放っておけないような気がしたので、この店の営業妨害にならないよう、 駅の近くのレストランへ行って話を聞く事にした。
落ち着いた照明が照らす店内で、ステラとカナメが向かい合って座る。
「ケコォ、ご主人様が人助けするなんて珍しいケコね」
さりげなく失礼な事を言うサフォーを、不自然無く見えるよう上から押しつぶし、カナメに訊ねた。
「何か有ったんですか?
悠希さんと喧嘩したとか、彼女さんが事故に遭ったとか」
するとカナメは、視線を手元に落として弱々しい声で答える。
「そう言う訳じゃ無いんです。
実は、彼女に言いたい事が有るんだけど、言い出す勇気が無くて……」
「何か不満が有るなら素直に伝えた方が良いと思いますよ。
そうで無いと改善しようにもどう改善すれば良いのか解らないでしょうし」
ステラがそう一般論を言うと、カナメの頭の上で緑色のカエルが頭を左右に振る。
不満が言えないのでないなら、一体何なのだろう。不思議に思いながらカナメの言葉を待つが、 カナメはなかなか続きを言わない。
これはもう、緑のカエルに訊いた方が良いかなとサフォーとルーベンスにアイコンタクトを取る。
しかし、サフォーもルーベンスもこんな事を言う。
「ご主人様、こういうのは本人の口から訊かないとダメケコよ」
「大体チート使って話進めても、カナメ様から不審に思われるだけケコ」
それなら一体どうしろというのか。
ステラが思わず口をとがらせると、緑のカエルがそっと口を開いた。
「あたしのご主人様は、言いたい事を頭の中で纏めるのに時間が掛かるのね。
だからもうちょっと待って欲しいケコ」
そう言う物なのかと思いながらカナメの言葉を待っていると、 ステラが注文したホットコーヒーとカナメの注文したアイスティーが運ばれてきた。
ステラが角砂糖一つとミルクをコーヒーに入れる傍らで、 カナメがアイスティーをガムシロップ抜きのストレートで一口飲む。
ステラがコーヒーをスプーンでかき回した所で、カナメが突然こう言った。
「実は僕、女の子になりたいんです」
よく考えれば言い出してもおかしくない発言ではあるが、衝撃的であった事には変わりが無く、 ステラは思わず指が滑ってスプーンをテーブルの外側へと飛ばしてしまった。
「あっ、大丈夫ですか?」
「お、おう、大丈夫。続けてください」
コーヒーとミルクがたっぷり付いたスプーンを拾い上げながら、ステラはカナメの話を聞く。
なんでもカナメは、小さい頃から女の子に憧れていたのだという。
初めのうちは、可愛い服を着てお洒落をしたいだけなのかと思っていたのだが、 だんだん自分の体に違和感を持つようになっていったと。
体が男だから今の彼女は自分と付き合ってくれているのだろうけれど、本当は自分のことを女として見て欲しい。
そう言葉を詰まらせながら語るカナメの表情は、今にも泣き出しそうだ。
その話にステラは疑問が浮かんだ。
「あの、カナメさんは女の子になりたいんですよね?」
「はい、そうです」
「それだとやっぱり、本当の恋愛対象は男なんじゃないんですか?」
「あの、そう考えるのが普通みたいなので、だから、自分は女の子の格好をしたいだけなのか、本当に女の子になりたいのか、 あまり確証が持てなくて……」
こんな難しい問題を高校生に相談されても困るとステラは思ったが、話は聞くと言ってしまった手前、 適当に放り投げる訳にも行かない。
ふと、ステラの脳裏によぎる物が有った。
それは、先日電話を掛けてきた睡だ。
彼女の言葉を思い出し、ステラはなんとかカナメに掛ける言葉をひねり出す。
「そうですねぇ。でも、女の子が恋愛対象の女の子も居ますし、それを考えたら恋愛対象がどうのって言うのと、 カナメさんが女の子になりたいって言うのは全く別件の問題になりませんかね?」
「そうなんでしょうか……」
少し俯いてアイスティーに口をつけるカナメの頭を、緑色のカエルがぽふぽふと叩く。
その様子を見て、ステラはそもそも何の話だったのだろうかと思いつつ、コーヒーを飲む。
暫く静かにそれぞれ飲み物を飲んでいたのだが、アイスティーを飲み終わったカナメがおずおずと口を開いた。
「それで、女の子になりたいんだって言う事を彼女に言いたいんですけど、その、言う勇気が無くて、 力を貸してくれるようなお守りは無いかなって思って……」
「ああ、そう言う話だったんですか。
解りました。明日の夕方以降に私が例のお店のシフトに入っているんで、その時に来てくれればお見立てしますよ」
「本当ですか、有り難うございます。
それじゃあ明日お伺いします」
カナメと緑色のカエルが頭を下げる一方で、 サフォーとルーベンスが石ならこの辺で売ってるだろうからその案内をしろと言っているが、 ステラは黙って二匹を押しつぶし、コーヒーを飲んだ。
そして翌日、店にやってきたカナメをカウンター席に座らせ、どの石を使うかを訊ねる。
「あの、僕は石の意味とかは全然解らないので、どれがお勧めとか、そう言うのはありますか?」
「お勧めですか?そうですねぇ……」
石の並んだ棚をざっくりと見たステラは、青く不透明な石をタオルの上に乗せる。
「ターコイズなんか如何ですか?
意思を強く持ちたい時にサポートになってくれるって、店長が言ってました」
「そうなんですか。
そう言えば僕の誕生石もターコイズだった気がするし、これにしようかな?」
ターコイズを使うと決まった所で、ステラはカナメにもう一種類青い石を薦める。
透明な水色をしたその石を見て、カナメが不思議そうにステラに尋ねた。
「ブルートパーズも合わせると良いんですか?」
「先日話を聞いた限りだと、ブルトパも合わせた方が良いかもしれないです。
予算次第ですけど」
「そうなんですか、それじゃあ一珠入れてもらって良いですか?」
「勿論ですとも」
そんなこんなで、結局カナメはターコイズをメインに、ポイントでブルートパーズを使った指輪を作る事になった。
カナメの指に合わせながら、ステラはゴム糸を引っ張って指輪にする。
ぴったりのサイズに仕上げた所で、ステラがそれを梱包しようとレジの下へ身をかがめると、 サフォーがぴょこんと降り立ってきて指輪に鼻をこすりつけ始めた。
「ちょっとサフォー、これはあんたのごはんじゃ無いよ」
慌ててステラが指輪を握ってサフォーから遠ざけると、サフォーが頭を振ってこう言ってきた。
「違うケコ、カナメ様の力になれるようにおまじないケコ。
カエルのおまじないは効くケコよ?」
「ほう。それなら他のお客さんのにもやって欲しいところだけどね」
取りあえず、サフォーの言い分を信じて指輪をサフォーの前に出すと、両手を合わせてクネクネと踊った後、 鼻をすりつけ、手でペしペしと叩いている。
「これで良いケコ」
「おう、ありがと」
何事も無かったかのように指輪を梱包し、会計を済ませる。
それから、無言で頑張れというジェスチャーをカナメに贈った後、店から送り出した。