春休みに入ったある日の事、とある繁華街でステラとその仲間達が違法薬物密売人を捕まえていると、 どうにも半ば八つ当たり気味に密売人を締め上げている者が居る。
「ハートクイーン、ほどほどにしないとこっちが警察になんか言われんだけど」
「そんな事言って、ダイヤキングは『悪人に人権は無い』って言葉を知らないの?」
「マジレスすると、犯罪者は人権を制限されるだけで全く無い訳じゃないかんな?」
ごちゃごちゃとやりとりをしながらも密売人を警察に引き渡した魔法少女達は、物陰で変身を解く。
そうして姿を現したのは、ステラとローラ。
この度この繁華街で密売人を捕まえる事になったのにはきっかけがあった。
お出かけでここに来ていたローラから突然連絡が入り、ステラが呼び出されたのだ。
ローラがここに居て、たまたま怪しい輩を見つけたからそう言う事になったのだろうとステラは思っていたのだが、 どうにも他に事情が有りそうだ。
夕食後の時間ではあるが、ステラはローラをファーストフード店に誘い、事情を訊いた。
するとローラがこんな事を言う。
「実は今日、彼氏と別れたの……」
「お、おう」
本格的に八つ当たりだったのか。
悪人を取り締まる事は悪い事では無いのだが、こう言う動機だとそれはそれで理不尽さを感じる。
思わず微妙な顔をしてしまうステラに、ローラはぐすぐす良いながら話をする。
「私、彼となかなか会えないから代わりにと思って毎日メールしてたの。
初めのうちは彼もまめにメール返してくれてたんだけど、だんだん返ってこなくなって、でも、今日やっと会えたの。
そしたら『君みたいな子とはもう付き合えない』って言われちゃって……
なんでなの……他に好きな人出来たのかな……」
それを聞いて、毎日しつこくメールを送るとか重い事をしていたからでは無いかと思ったが、敢えて言わない。
ホットコーヒーを飲みながら相づちを打っていると、ローラはしまいにこんな事を言い出す始末。
「もうほんと無理……
私もう立ち直れないかも……」
それを聞いてステラの目が鋭く光る。
「まぁまぁそんな事言わないで。
そんなに沈んでばっかじゃ新しい人見つけられないよ?
自力で立ち直る自信が無いんだったら明日私の店に来なよ。心の傷を癒やしてくれる石を探してあげる」
「うう……ほんとに?」
「ほんとほんと。
明日の午後にシフト入ってるから、その時に来なよ」
人の心の隙間につけ込むそのセールストークを聞いて、サフォーとルーベンスはステラの両肩で溜息をついたのだった。
そして翌日、ステラは店でローラの事を迎えた。
昨日彼氏にフラれた事がよほどショックだったのか、ローラは例の恋愛運ブレスレットを着けていない。
沈んだ顔のローラをカウンター前に座らせ、早速用件の石を取り出す。
「心の傷を癒やしてくれる石って、これなの?」
「そう。
このラブラドライトってのは、一般的には身体的な痛みを取り除くって言われてるんだけど、 心の痛みも取り除いてくれるんだって店長が言ってた」
淀みなくセールストークをするステラの傍らで、サフォーが心配そうな顔をして口を開いた。
「でもローラ様、ローラ様は本当にこの石の力が必要ケコか?
ご主人様に乗せられてるだけじゃ無いケコか?」
「ちょっとサフォー……」
突然の営業妨害にステラが目つきを険しくするが、ローラは今にも泣き出しそうな様子でこう答えた。
「必要なの。ううん、石じゃ無くても何か頼れる物が有るなら何でも良いのよ。
私本当は一人じゃ何も出来ないの。
辛い事が有った時に、何かに縋らないと立ち直れない、弱い人間なのよ……」
鼻をすすりながらそう言うローラを見て、ステラも流石に気まずそうな顔をする。
ここまで本気で頼られると、あくまでプラシーボとしてパワーストーンを売っている身としては良心の呵責が有る。
掛ける言葉を見つけられないままステラが黙り込んでいると、 サフォーがスチャッとカウンターの上に降りたってローラに言った。
「ローラ様、いつかは自力で立ち直れるようになれなきゃいけないと思うけど、 いきなりやれって言うのが無理だってのはカエルのあたしにも解るケコ。
だから、自立するための踏み台としてどうしても必要だって言うんだったら、 あたしも石を選ぶの手伝ってあげるケコよ」
「ほっ……ほんと……?」
うっすらと涙の浮かぶ瞳でサフォーを見つめるローラの姿に、ステラも鼻の頭を掻きながら呟く。
「サフォー……なんか私より良い事言うね」
「守銭奴とは思考が違うケコ」
「てめぇ黙れ」
サフォーとステラのやりとりを見ていたローラが、サフォーの助けを借りたいという。
サフォーの助けを借りて石を必要な珠数選び出した後、ステラがブレスレットをあつらえたのだった。
バイトが終わり家に帰った後、ステラはいつも通りサフォーとルーベンスのごはんを用意した。
それを見てサフォーが嬉しそうな声を上げる。
「ケコォ!今日はなんかいつもよりもごはんが多いケコね!」
「今日はサフォーに良い事してもらったからね、ご褒美だよ。
で、ルーベンスのも平等に増やしといた」
「ケッココ~!」
早速出されたごはんをねちっこく嘗め始めるカエル二匹を見ながら、ステラは少し考え事をする。
何故『鏡の樹の魔女』は自分達を魔法少女として選んだのか。
誰かを頼らないと生きていけない弱い人間だと、そう泣いていたローラは勿論、 普段は元気そうに振る舞っている匠も幾何か視野狭窄な面が有るし、 そもそもステラ自身も守銭奴でどちらかというと悪人寄りだという自覚が有る。
そんな欠点だらけの自分達が、何故選ばれたのだろう。
カエルの食事を眺めながら思わず気分が沈んでいる所に、ステラの携帯電話が鳴り始めた。
誰かと思って発信元を見ると、ステラ達と同じ魔法少女仲間からだった。
『もしもしステラ?元気してる?』
「睡からかけてくるなんて珍しいじゃ無い。
なんか有ったの?」
『ん~、最近会ってないなって思って』
「ああ、そう言えばここんとこずっと活動時間ずれてるね」
突然掛けてきたのは魔法少女の時はクラブナイトと名乗っている、森下睡。
たわいの無い話をしながらステラはふと思った。
睡は成績優秀でスポーツ万能。加えて人当たりも良いし、挫けている所を見た事が無い程メンタルも強い。
ステラから見ればまさに完璧と言って良い人物だった。
そんな睡に、先ほど浮かんできた疑問を振ってみた。
「なんか完璧っぽい睡が魔法少女に選ばれるのは解る気がするけど、他の三人は何でかな~って感じがすんだよね」
それに睡は笑って答える。
『そればっかりは選んだ本人に訊かないと解んないよ。
それに、私だって完璧じゃないし。
だいぶ前から好きな人がいるんだけど、私なんかが想いを伝えちゃいけない気がして、ずっと言えないでいるんだよ』
「そうなの?
睡は見た目も可愛いから、大体の男はすぐにOKしてくれそうだけど」
ステラがそう言うと、一瞬睡が言葉を切った。
それから、少し頼りない声でこう聞こえてきた。
『ステラはこういうのに偏見が無いっぽいから言っちゃうけど、私が好きなの、女の子なんだ』
きっと電話の向こうでは精一杯の虚勢を張っているのだろうと言うのが伝わってくる。
ステラは同性愛というのに偏見が無いと言うよりは、何故偏見が有るのかが解らない質だ。
けれども、ただ無責任に励ましの言葉を掛けるのは躊躇われた。