第十五章 ラピスラズリ

 いつも通りにステラがバイト先で仕事をしていると、ふらりと見覚えのある客がやってきた。

「あ、カナメさんいらっしゃい」

「ああ、ステラさん。どうもお久しぶりです」

 前にあった時より幾何か表情の明るいカナメの様子を見て、ステラは少し安心する。

きっと彼女に言いたい事が言えたのだろうと思い、その後の結果報告を聞くと、こう返ってきた。

「はい、彼女にあのことは話せました。

実は彼女もうすうす感づいてたみたいで、いつまで経っても言い出さないから信頼されてないのかと思ったって、 ちょっと怒られたんです。

でも、その後は、よく頑張って話したねって言ってくれて、今も仲良くしています」

「そうですか。それは良かったですね」

 カナメの安心出来る報告に、ステラも思わず笑顔になる。

 それから、今日この店に来た理由をカナメに訊ねた。

「今日はどの様なご用件で?

もしかして、結果報告ですか?」

「実は……

また相談があって来たんですけど……」

 今度は一体何のもめ事があったのだろう。そう思うステラに、カナメが突如こんな事を言い始めた。

「実は、あの話をしてから、これからは結婚も視野に入れようって話になったんです」

「え?それってカナメさんが女の子になるの否定されてません?」

「あの、そう言う訳じゃ無くて、彼女が言うにはこういうことで……」

 カナメが説明するには、彼女はカナメが女であろうと男であろうと、今の気持ちは変わらない。 けれども、カナメが女になると、今以上の関係になるのは難しいだろう。

だから、カナメが女になるつもりならば、結婚してから手術なり役所への手続きなりをした方が良いと言われたそうだ。

それを聞いたステラは、ついうがった見方をしてしまう。

「それ、彼女さんが結婚に焦ってるっていう風にも取れるんですけど、どうなんですかね?」

 するとカナメが至極真面目な顔をして答える。

「そう言う訳じゃ無いんです。実はずっと前から結婚したらどうするかって言う話だけはしてたんです。

そこに、僕が女の子になりたいって言い出した物で……

なんか彼女にいらない負担を掛けちゃったなって」

「なるほど。それにしても機転を利かせてくれて、良い彼女さんですね」

 彼女の事を褒められて嬉しいのか、カナメは照れた様子を見せる。

それから、はっとした顔になってステラにこう言った。

「それで、今回の相談なんですけど、結婚するつもりだって言うのと、僕の事情を両親に説明したいんですけど、 その時に力を貸してくれるお守りって作って貰えますか?」

 それを聞いてステラは、また難しい注文だなぁと思ったが、それはそれ、これも仕事だ。

取りあえず、そのお守りはカナメの分だけで良いのかと訊ねると、今回ばかりは彼女も尻込みしているので、 彼女の分もお願いしたいという。

「普段彼女はスピリチュアルな物は信じてないんですけど、 先日ステラさんに作って頂いたお守りに何度か助けられているみたいなので、 ステラさんの作った物なら安心出来るって言ってました」

「いやはや、そんな評価をもらったら、こちらも頑張るしか無いですね」

 まさかあのお守りが本当に機能しているとは思っていなかったのだが、 冷静に考えたらステラは石を使う魔法少女。普段作る石のアクセサリーにも若干の力が籠もっていてもおかしくは無い。

 ステラはカナメにカウンター席を勧め、石を並べる。

取り出したのは不透明な群青色の石。

「ラピスラズリが効くんですか?」

 カナメの問いに、ステラが額に手を当てながら答える。

「たしか店長が言うには、ラピスにラリマーを合わせると、 世代を超えた話し合いの場を整えてくれるって言う事なんですけど……」

 その言葉を聞いてカナメは戸惑う。

「あっ、あの、流石にラリマーは手が出ないというか……」

 おどおどとした声に、ステラは湖面を写したような模様の石に目をやる。

確かに高い。

本当は高い商品を売りつけたいところだが、予算が無いのならば仕方が無い。

単品だと多少効力は落ちるかもしれないと前置きした上で、カナメとその彼女の分のストラップを作った。

 

 それから暫く経ったある日、ステラが浅草橋の石屋を見ていると、 可愛らしい洋服に身を包んだ二人組が店内に入ってきた。

片方は見覚えが無いが、もう片方はカナメだ。

ああ、もしかしてこの人が彼女さんかな?ステラがそう思っていると、カナメの方から声を掛けてきた。

「あ、ステラさんこんにちは」

「どうも、先日は有り難うございました。

その人は彼女さんですか?」

 ステラがカナメに訊ねると、その通りだという。

彼女がステラに軽くお辞儀をして、こう言った。

「どうも、カナメが良くお世話になってるそうで、この前も素敵なお守り有り難うございました」

「いえいえ、こちらも商売ですから」

 軽くやりとりを交わしながら、ステラとカナメとその彼女は、店内にぶら下げられた石を見ていく。

各々気に入った石を購入した後、少し駅近くのレストランで話をしようと言う事になったので、ステラは二人と友に、 石屋のはす向かいくらいにあるレストランへと入っていった。

 

 話は先日カナメが買っていったラピスラズリについてにだった。

あの後余り間を置かずに、カナメとその彼女は、カナメの両親に挨拶に行ったらしい。

結婚そのものにはすぐに賛成してくれたらしいのだが、問題はカナメ自身の事についてだった。

 昔から女の子になりたかったと、そう言うカナメの言葉を、両親はなかなか信じてくれなかった。

勿論、彼女もある程度話はするのだが、カナメの本当の気持ちを彼女が完全に理解している訳では無いので、 どうしても補足程度の説明になってしまう。

ずっと話がすれ違う中、カナメは何度も何度も、自分の気持ちを両親に話し続けた。

 その結果、両親は何とかカナメが女になる事には反対しないと言ってくれたのだそうだ。

その代わり、結婚後カナメが女になった事について何か社会的な問題が起こっても、 対処は出来ないとも言われたそうだが。

 そんな話をカナメと彼女が代わる代わる話していたのだが、ふとカナメがこんな事を言った。

「両親が話を解ってくれたのは、あのお守りのおかげです。有り難うございました」

 その言葉に、ステラは笑顔を浮かべて答える。

「あの石はあくまでもお守りで、話を解って貰えたのはカナメさん自身が努力をしたからですよ。

でも、もしあの石の力を借りられたんだと思ったら、お礼に偶に磨いてあげてくださいね」

「はい、わかりました」

 返事をして、彼女と微笑み会うカナメ。

ふと、テーブルの上に乗せられているカナメの携帯電話に着いているストラップを見ると、 それに向かって口を開けているサフォーの姿が見えた。

ステラは無言で、二人に見つからないよう気を配りながらサフォーを鷲掴みにして鞄の中へと入れた。

 

 カナメ達と別れたあと、ステラはふと思い立って、神保町へと足を向けた。

悠希に教えてもらった石の図鑑を買いに行こうかと思ったのだ。

電車に揺られる事数分。無事神保町に辿り着いた訳なのだが、想像以上に本屋が多い。

どこを見れば良いのだろうと戸惑っていると、古書を扱っているらしき店から見知った顔が出てきた。

「あれ、ステラじゃ無い。何やってるの?」

「え?買い物だけど、ローラは仕入れ?」

 古書店から出てきたローラの顔には、前にステラに見せた悲壮の表情は全くない。

これは忙殺されてるからだろうかと思ったのだが、よくよくローラの胸元を見ると、 ラピスラズリのペンダントがぶら下がっている。

「ローラ、そのペンダントどしたん?

あと、立ち直れたの?」

 ステラがそう訊ねると、ローラはこう答えた。

「アクセサリー屋さんで見掛けて、可愛かったから買ったんだ。

お気に入りでずっと着けてるんだけど、なんかこの石見てたら、 今まで恋愛ばっかり追ってた自分って何だったんだろうって気になって。

これからは他の事も充実させようって気になってきたの」

「なるほど」

 ローラの言葉に、ステラはラピスラズリの持つ意味を思い出していた。

ラピスラズリは、真実を見つめる力を与えてくれる物だと。

 

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