第十六章 セラフィナイト

 ある日曜日のこと、バイトの休憩中に、ステラは駅ビルの屋上で敵と対峙していた。

スクール水着に申し訳程度の鎧を着けた悪の組織の幹部っぽい中学生くらいの女の子と、 それを取り巻く黒い全身タイツの戦闘員達。

正直言って、対峙しててここまで恥ずかしい敵は初めてだ。

「貴様は新橋悠希と随分接触があるようだな。

情報を渡してもらおうか」

「何言ってんの?

職業柄お客さんのプライバシー情報は開示出来ないんでね。

大人しく帰んな」

 相手が一体何者なのかは全く解らないが、悠希に害を及ぼそうとしているのなら、それは阻止しなくてはならない。

 ステラが拒否の意を示すと、戦闘員達が襲いかかってきた。

流石の大人数に、ステラも少々苦戦する。

屋上を跳び回りながら応戦する事暫く、ステラは屋上の縁まで追い詰められてしまった。

このままだと危ない。そう思った瞬間、サフォーとルーベンスが屋上の縁へと降り立つ。

「ご主人様、あぶない!」

 それがどっちの言葉だったかを判断する前に、ステラは縁から足を滑らせた。

 

 このまま地面まで落ちるかと思っていた敵だが、余裕の表情を顔から消した。

いつまで経ってもステラが落ちていかないのだ。

落ちない理由がステラにはわかっていた。

サフォーとルーベンスが、長い舌でステラの手首を絡め取り、支えているのだ。

「ゲ……ゲゴォ……」

 流石に辛そうな声を出す二匹の様子に、ステラは打開策は無いかと思案する。

そして思い立った。

「ルーベンスはそのまま、サフォーは私の帽子の中からセラフィナイト探して、私の口に入れて!」

 ルーベンス一匹でステラの体を長時間支える事は出来ない。なのでサフォーは大急ぎでステラの帽子に潜り込み、 緑色の石を探し出して即座に口に放り込んだ。

すると、ステラの背中からまばゆい光の翼が広がり、宙に浮いた。

 それを見て驚く敵達に向かって、ステラは羽ばたいたまま水晶の結晶を取り出して敵達に向ける。

「無事に帰れると思うなよコラァ!」

 その叫び声と共に水晶の先端から光が放たれ、敵達は逃げ惑う。

「おのれダイヤキング!

次こそは情報をいただくからな!」

 幹部がそう言い残し、敵達は皆一斉に逃げていく。

「もう来んなバカヤロー!」

 敵達を怒鳴りつけたステラは屋上に降り立ち、変身を解く。

時計を見るともうすぐ休憩時間は終了だ。

全く休憩出来なかったなと思いながら、店へと戻っていった。

 

 ステラが休憩から帰ってくると、早速客がやってきた。

少し気弱そうな顔をした、中学生くらいの女の子だ。

あれ、なんかこいつ見覚え有る。何となくそう思ったステラだが、客である事に変わりは無いので普通に接客をする。

「いらっしゃいませ。

どの様な物をお探しですか?」

 ステラの声に、女の子は一瞬目を合わせたかと思うと、すぐに外した。

そして、少し気まずそうな顔をしてからこう答えた。

「あの、ちょっと心の拠り所になる石がないかなって思って来たんですけど、有りますか?」

「ふむ、拠り所ですか。少々お待ちください」

 ステラはカウンターの上にある石の意味表を眺めながら、こう答えた。

「セラフィナイトって言う石が良いみたいですね。

当店では珠売りでしかセラフィナイトを扱っていないので、 ブレスレットやストラップにしてお買い上げ頂くという形になりますけれど、それでも良ければ」

 その言葉に、女の子は一瞬ビクッとしてから、ステラに尋ねた。

「あの、そのセラフィナイトって言うのは、何か鳥とかと関係がある石なんですか?」

「いえ、鳥では無く天使ですね。石の模様が天使の羽に似ているからとか何とか」

 説明をしながらステラは思った。この女の子の反応と発言から鑑みるに、この子は先ほどの幹部なのでは無いかと。

しかし、今はお互い素の姿な訳だから、余り追求するのも気が引けるし、何者だろうと客は客だ。

 取りあえずブレスレットを作って欲しいという女の子に、ステラはカウンター席に座るよう勧める。

「これがセラフィナイトです。

個性が強い石なので、好みの柄のを選んでくださいね」

 女の子はタオルの上に広げられたセラフィナイトを一個一個まじまじと見つめながら選んでいく。

 ふと、女の子が口を開いた。

「少し、お話を聞いてもらっても良いですか?」

「ええ、構いませんよ」

 ステラが了承すると、女の子はぽつりぽつりと話し始めた。

 詳しくは言えないのだけれども、今している事が正しい事なのか、疑問に思う事がある。

けれども、今している事をやめてしまったら、自分の心の一角を占めるあの人に会う口実が無くなってしまうし、 きっかけも無くなってしまう。

偶に潰れそうになってしまう事があるから、思い込みでも良い、支えてくれる物が欲しいと思ってここに来た。

女の子はそう言った。

 それを聞いてステラは、なるほどと思う反面、 そう言うヘビーな相談は石屋の店員では無くカウンセラーにしろとも思ってしまう。

 話をしている間にも、女の子は石を選び終わった様子。

ステラは選び出された石を一珠一珠ゴム糸に通して、ブレスレットをあつらえたのだった。

 

 それから数日後、浅草橋を歩いていたステラは異様な気配を感じた。

何かと思うと、路地の一角にあの戦闘員と幹部が誰かを囲っているのだ。

これは緊急事態だ。そう思い、物陰で変身して建物の上から出る機会をうかがっていると、こんな会話が聞こえてきた。

「新橋悠希、今度こそ我らの元に来てもらうぞ!」

「そう言われても行けない物は行けません!

あ、でも、ココアさん、先日はお見舞いに来てくれてありがとうございました」

「え?あ、あの、あれは……」

 緊迫した状況かと思ったら、急に場の雰囲気が変わり始めた。

手で顔を覆い隠し、照れた様子の幹部が声を上げて戦闘員に命令を出す。

「や、やだもう……

今日の所は見逃してやる!帰るぞお前達!」

 結局、ステラが手を下すまでも無く問題は去って行った様だが、見逃せなかった点が一つ。

幹部の手首に、見覚えのあるセラフィナイトのブレスレットが着いていたのだ。

それにサフォーとルーベンスも気付いたらしく、こんな事を言っている。

「どんな相手でもドライに接客出来るご主人様って、結構凄いケコね」

「まぁ、サフォーがいつも言ってる様に守銭奴ですし?」

「それにしても、世間狭すぎゲコォ……」

「あ、やっぱルーベンスもそう思う?」

 そんな話をした後で、取りあえず悠希に挨拶と、あの連中は何なのかを聞きに行こうと即座に変身を解いた。

 

「やあステラさん、おひさしぶり」

 そう言って駅近くのレストランで、それぞれコーヒーとアイスティーを飲むステラと悠希と、一緒に居た鎌谷。

暫しの間石談義をしていたのだが、ステラがそれとなく本題を切り出す。

「そう言えば、さっき変な人に囲まれてたみたいですけど、何だったんですか?」

「ああ、あれはね……」

 悠希曰く、あの団体は悠希の一族に伝わる超人的な遺伝子を解明するべく悠希を付け狙っているのだが、 先日発作で倒れた時にお見舞いに来てくれたし、 そんなに悪い人ばっかりでも無い様な気がするとの事。

「まぁ、下っ端は質が悪いのわんさか居るっぽいんだけどよ、その辺はいつも茄子MANが何とかしてるみたいだぜ」

「へー、茄子MANって結構忙しいんだ」

 悠希や鎌谷から色々と訳のわからない事を言われた気はするが、 実際の所自分も訳がわからない存在だという自覚はあるので、余りツッコまないでおいた。

 

†next?†