第四章 ブルーアンバー

「ふふ……うふふ……」

 バイトから帰ってきたステラが、バイト前に記入した預金通帳を見て薄気味の悪い笑いを浮かべている。

その様をサフォーがおどおどと見つめている訳なのだが、ご主人様のやや尋常で無い様子に足が震えている。

「ご、ご主人様、何が有ったケコか?」

 サフォーが震える声でそう訊くと、ステラは通帳を指でなぞりながら答える。

「今日給料日なのよ。

ふふふ……通帳の預金残高が増えるのって、快感よね……」

「ケコォ……守銭奴……」

「守銭奴で良いのよ。

お金有っての鉱物コレクションなんだから」

 通帳の預金残高欄を嘗めるように見つめていたステラだが、大事な事を忘れていた事に気づく。

「あ、サフォーのご飯用意しなきゃね」

 そう言ってご飯袋をまさぐると、手足を引っ込めていたサフォーがぺろりと舌を出して踊り出す。

「ごっはん~ごっはん~ケッコケコ~」

 いつものビーズトレイが用意されるのをサフォーが待っていると、 出されたトレイにはいつもより少し多めに石が乗っていた。

「はい、給料日だからサフォーのご飯もちょっと多めね」

「ケコォ!ご主人様ありがとうケコ!

じっくり堪能するゲコォ……」

 いつもは倹約倹約と言っているステラがいつもより多めにご飯を用意してくれた事に、サフォーは鼻息を荒くする。

喜びの踊りを踊るのもそこそこに、トレイにぴたっとくっついて石を嘗める。

じっとりと石を嘗めているサフォーを見て、ステラもご飯を食べようと、一旦サフォーに声を掛けてから部屋を出た。

 

 翌日、サフォー同伴で学校に登校したステラは、昼の休み時間に匠から有る物を見せられた。

「見てみてステラ!

お兄ちゃんがこんなの作ってくれたの!」

 そう言って匠が取り出したのは、茶褐色の、所々青く光る、爪程のサイズをした雫型ビーズがぶら下がったネックレス。

「へー、なんか上品な感じだね」

 匠の兄もなかなかに手先が器用だなと思いながら見ていると、サフォーがスチャッと机の上に降りたって、 ペンダントに下がっているビーズを嘗めようとし始めた。

それをステラは素早く背中から鷲掴みにし、ペンダントから遠ざける。

「人の物食べようとすんじゃないよ」

「ケコォ!

だってブルーアンバーケコよ?

レアものケコよ?」

「ブルーアンバー?」

 サフォーが口にした聞き慣れない単語に、ステラは思わず聞き返す。

すると匠が、それとなくペンダントをサフォーからガードしながらステラに説明した。

「なんか紫外線に当てると青く光る琥珀なんだって。

だいぶ前にお兄ちゃんがお父さんと一緒に海外に宝石の買い付けに言った時に、綺麗だからって買ってきたの。

自分用に保管しておくのかと思ったら、何個か買ったからってわざわざペンダントにして私にくれたの!」

「へー、海外に買い付けかぁ。

そう言えば匠のお兄さんって鑑定士とかなの?」

「ううん、高等遊民」

「最近の高等遊民はレベル高いな」

 ステラと匠がそんな話をしている間にも、サフォーは必死にブルーアンバーに向けて舌を伸ばそうとしている。

「サフォー、あんたしつこいよ!」

「だってぇ、だってぇ……」

 だんだん涙声になってきているサフォーを見て、匠がしょうがないなぁと言う顔をして言った。

「そんなに気になるんだったら、ちょっと嘗めるくらいならして良いよ?」

「ケコッ?」

 匠の言葉に、サフォーは期待の籠もった目でステラとブルーアンバーを交互に見る。

今にもよだれを垂らしそうなサフォーの顔を見て、ステラはやれやれと言った様子。

「う~ん、匠が良いって言うなら、嘗めるくらいは良いけど。

でも、まるっと食べたら暫くご飯抜きだからね」

「やったケコ!

匠様、いい?いい?」

「良いけど、ちょっとだけね」 

 なんとか両者の許可が下り机の上に戻ってこられたサフォーは、両手を合わせて匠を拝んでから、 ぺろりとブルーアンバーをひと嘗めする。

 口を大きく開け、嘗めた舌をそのまま上へと向けて、サフォーは感嘆の声を発する。

「美味しいケコォ~!」

 感動で震えるサフォーの様子を全く無視し、 ステラはこれ以上ブルーアンバーに手を出させまいと背中を掴んでサフォーを頭に乗せてから、サフォーに訊ねた。

「どんな味がするの?」

「しっとりとして香ばしく、馥郁たる香りに引き立たされたふくよかな甘み。

そしてそれに加わるほんのわずかな渋みが……」

「あ、長くなりそうだからその辺で良い」

 熱く語るサフォーの言葉を問答無用で切り、ステラは自分のお弁当を取り出す。

匠もお弁当を取り出したので、昼食を食べ始める。

食べながら出てくる話題は、ブルーアンバーについてだった。

あんな風に光る琥珀などと言う物は、ステラは全く知らなかった。

それ故にもう欲しくてたまらないのだ。

「うう……

匠、もしお兄さんが販売用にブルーアンバーのアクセサリーをもっちょい作ってたら、買いたいんだけど……」

「う~ん、作ってるかどうかは解らないけど、お兄ちゃん、 複数個買う場合の単位が五個位だから在庫有るんじゃないかな?

作って貰えるかどうか訊いてみようか?」

「是非お願いしたい」

 その話を聞いていたのか、サフォーが頭の上からステラをのぞき込んでこう言う。

「ご主人様、あたしのごはん用にも欲しいケコ」

「てめぇコラ何言ってんだ」

「大事に嘗めるから!ちょっとずつだから!

お願いケコ!」

 サフォーの必死なその声に、ステラは渋々匠に値段を聞く。

「そのブルーアンバー、どれくらいで売って貰えるかな?」

「う~ん、これと同じネックレス作るんだったら五千円くらいで販売しようかって言ってたけど、 石だけだったら三千円以内で何とかなるんじゃ無いかなぁ」

「ううむ……加工代結構掛かってんのね」

「加工代はそうでも無いのよ。

このネックレス、チェーンが14KGFで、石を止めてるワイヤーが14Kなの」

「14金ゴールドフィルド?

14金は解るけど、ゴールドフィルドって?」

「ゴールドフィルドってのは、シルバー金具の上に分厚いゴールドコーティングをした物だと思ってくれれば大丈夫」

「うぐぐ……金具も結構良いの使ってんだ。

最近の高等遊民は凄いな」

 そこまで話して、ステラはふっと視線を上げる。

その先には、瞳を潤ませたサフォーが居る。

溜息をついてステラが匠に訊いた。

「んで、石だけって売ってもらえるかな?

私用のはネックレスで欲しいけど、サフォー用まで金具付きはもったいない」

「う~ん、後でお兄ちゃんに訊いてみるね」

 そのやりとりを聞いていたサフォーは大喜び。ステラの頭の上で踊り出した。

「ケッココ~!ごはんにブルーアンバー!」

 軽やかなステップを頭の上で踏まれているステラが、念を押すようにサフォーに言う。

「私用は勿論、あんた用も分けて貰えるかどうかまだわかんないんだかんね。

あんま期待すると駄目だった時が辛いよ」

「んんう。解ってるケコォ~」

 それでもステップは止まらない。

頭に振動を感じながらごはんを食べるステラに、匠がふと訊いた。

「そう言えば、琥珀ってパワーストーン的にはどんな意味が有るの?」

 その問いに、ステラはししゃもの竜田揚げを囓りながら答える。

「組み合わせ次第なんだけど、基本的に金運だね。

黄色い石は金運か健康運かのどっちかって事が多いよ」

「へー、そうなんだ。私もこれつけてたら商売繁盛するかな?」

 匠の言葉を聞いて、ステラがししゃもを口に詰め込んで思案する。

ブルーアンバーのネックレスをつけたら、自分の時給が上がったりしないかと。

パワーストーンの店で働いている割には効能について懐疑的なステラなのだが、 上等な石なら効果があるのでは無いかと思わず期待してしまう。

もし給料アップ等と言う事になったら。その事に思いを馳せて、ステラは思わず舌なめずりをしたのだった。

 

 

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