琉菜がバイトをしている喫茶店が強盗に入られた翌日、蓮は琉菜の下へ電話をかけた。
強盗事件があったというのを聞いて心配なのだが、大丈夫かと。
すると琉菜はこう答える。
「強盗が来たのは覚えてるんだけど、その時の記憶が切れ切れで、なんで助かったのかよくわかんないって言うか。
でも、マジカルロータスさんが助けてくれたみたいだから、あたしには怪我は無いよ」
「そっか、無事なら良いんだ」
琉菜の言葉を聞いて、蓮は確信する。
あの時強盗犯を押さえ込んでいたのは、琉菜の中に居る他の人格だったのだ。
本当に多重人格なのなら、その事も含めて琉菜を受け入れたい。そう思った蓮は、今度放課後、 久しぶりに会わないかと話を持ちかけた。
それから数日後、二人きりで話をしたいと言って蓮と琉菜はカラオケボックスに入った。
元々二人ともカラオケを余りする質では無いので入るのに少し不安は有ったが、 ここでなら込み入った話が出来るだろうと、飲み物を注文して話を始めた。
「なにさ、二人きりで話がしたいって。
もしかして誰にも聞かせたくない恋バナ?」
トマトジュースを啜ってそう言う琉菜に、蓮はこう切り出した。
「琉菜さ、もしかして私に隠し事してない?」
「隠し事?」
突然の事に琉菜は驚いた様な顔をするが、すぐに何か思い当たったらしく、溜息をつく。
「聞いてどうするの」
怪訝そうな視線を送ってくる琉菜に、蓮はコーヒーフロートの入ったコップを握りしめて、意を決した様に答える。
「私、琉菜の全部を受け止めて、それで、ずっと友達で居たくて。
それで、もし誰にも言えなくて悩んでる事とか有ったら話して欲しいなって思って、それで……」
「そっか」
蓮の必死な言葉に、琉菜はトマトジュースをストローでかき回しながらこう返す。
「それじゃあ、蓮が秘密にしてる事とか有ったら、あたしに話せる?
そこまであたしの事信用してる?」
蓮は思わず動揺する。
確かに蓮も、自分がマジカルロータスである事を琉菜に隠している。
むやみに正体が知られてしまうのは日常生活に支障をきたすので、 あまり知られない様にしろという鏡の樹の魔女の言葉が有ったから。
でも、琉菜なら、琉菜ならきっと言いふらす事は無いだろう。
そう自分に言い聞かせ、口を開く。
「秘密、有るよ。
信じて貰えるかどうかわからない秘密だけど、それを話したら琉菜も私に打ち明けてくれる?」
「話してくれたら」
琉菜の言葉に、蓮は恐る恐る自分がマジカルロータスである事を打ち明けた。
すると琉菜は鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をして蓮の方を見る。
「いやいやいやいや、そんな……
本当なの?」
いまいち信じ切れていない琉菜に蓮は頷き、そっと首から下げているペンダントに手を当てる。
「証拠に、今変身してみせるね」
小声で変身する為の言葉を呟くと、蓮の体が光で包まれ、瞬く間にマジカルロータスへと姿を変えた。
「お、おう」
まさか本当に変身するとは思っていなかったらしく、琉菜は戸惑いを隠せない。
自分を落ち着かせる為かトマトジュースを啜った後に、琉菜が蓮の目をじっと見つめ、こう打ち明けた。
「これじゃあたしが何も言わないのは不公平だよね。
そうなんだ、あたし、蓮が言う様にずっと誰にも相談出来ない秘密を抱えてんだ。
いつからなのかはわかんないんだけど、あたしの中に違うあたしが何人も居て、多重人格って言うのかな?
それで、記憶が無い間に色々やっちゃう事があって、それで……」
段々泣きそうな顔になってきている琉菜を、ぎゅっと蓮が抱きしめる。
「やっぱりそうだったんだ」
「知ってたの?」
「そうじゃ無いかなって思ってただけなんだけど、でも、話してくれてありがとう。
もしその事で……ううん、なんでも、なんでも、辛い事があって、気が向いたら私に相談して。
私はずっと、琉菜の友達だから」
すると琉菜が蓮の腕の中で震えながら言う。
「ずっと?」
「ずっと」
「もしあたしが何か悪い事をして捕まっても?
マジカルロータスは正義の味方なんでしょ?」
「うん。マジカルロータスは正義の味方。
だけど『私』は何が有っても琉菜の友達だよ」
「う……うう……
蓮……あたし、あたし、こんな……」
嗚咽を漏らしながら腕の中で泣く琉菜の背中を、蓮は優しく叩いたのだった。
結局その後、話が思いの外短く終わったので、二人は残りの時間をカラオケボックス本来の利用方法で使って、 カラオケボックスを後にした。
「なんか偶に歌うとカラオケも楽しい様な気がするね」
「そうね。私なんかは知ってる曲が古いのばっかりだからちょっと歌うの恥ずかしいんだけど」
「え~、良いじゃん。
あたしもフォークソングとか好きだよ」
二人で繁華街を歩いて、少しウィンドウショッピングもして、ふと蓮が呟いた。
「今日の事は、二人だけの秘密ね」
それに琉菜は耳元で囁く。
「うん、秘密」
何となく、二人は別れがたい気がして、お互い両親に電話をかけ、夕食は一緒に何処かのお店で食べる事にした。
夕食のパスタを食べながら、二人は話に花を咲かせる。
琉菜の話によると、中学校から離れた所の高校に通っているおかげかいじめを受ける事は無くなったという。ただ、 それ以外に困った事があるらしい。
「何?困った事って。
テストの点が良くないとか?」
「テストの点は平均……よりちょっと低いのもあるけど、赤点は取ってないよ。
蓮も知ってると思うけど、ウチ女子校じゃん?」
「女子校だね」
「なんか……放課後部活終わった後にやたら女の子達に囲まれる様になっちゃって、 どうしたら良いのかわかんなくて……」
「それは私もわからない」
「デスヨネー」
なるほど、女子校の王子様ポジションになってしまったのかと蓮は納得する。
琉菜は少しきつめでボーイッシュでは有るけれど綺麗な顔をしているし、背が高い。
この条件が揃ってしまうと女子校で王子様ポジションになってしまうのも無理は無いだろう。
何となく納得している蓮に、琉菜が問いかける。
「蓮は学校で困った事とか無いの?」
「私?
学校では無いんだけど、家でちょっと……」
蓮は成績優秀で、どうやら両親は理系の大学に通わせたいらしいのだが、自分が進みたいのは調理師学校なのだ。
その事で今両親と揉めていると琉菜に話すと、流石に琉菜も苦笑いするしか無い様だ。
「進路の事はな~。
納得した進路に進みたいよね」
「そうなんだけどね。
頑張って説き伏せるしか無いかなぁ。
琉菜は大学、学科何処にするの?」
「え?
あたしは英文科って言うか、語学系かな。
色んな言葉が解る様になりたいんだ」
「そっかぁ、なんか夢があるね」
「調理師学校も夢があるじゃん」
そんな話をしながらも夕食を食べ終え、 そろそろ帰らないと怒られる様な時間になってきたので二人は会計を済ませて店を出た。