「柏原~!
聞いてくれ、俺遂に念願叶ったんだよ!」
喫茶店で強盗騒ぎに巻き込まれた翌日、円は学校でユカリにそう言いながらしがみつく。
「念願って何だよ。
もしかしてマジカルロータスに会えたとか?」
でもまさかそんな事は無いよな~。等と笑っているユカリに、円がその通りだと言うと、ユカリの表情が固まった。
「お前、無事か?」
「無事」
「怪我は無いか?」
「無い」
「そうか、それは良かった」
そう言って一旦円から体を離すユカリ。
一方の円は興奮冷めやらぬと言った様子でユカリに語り続ける。
如何にマジカルロータスが優美であったかを。
興奮気味に語り続ける円をユカリが落ち着かせる様に肩を叩き、こう訊ねた。
「やっぱ事件に巻き込まれたのか?」
「え?ああ、ちょっと休憩に入った喫茶店に強盗が少々」
「マジカルロータス様々だなほんと」
本来なら強盗に遭った事がトラウマになってもおかしくないのに、 円にとってそんな事はマジカルロータスに会えたという事実の前では芥子粒の様な事の様子。
全くトラウマになっていない所かむしろ記念日になってしまっている円に、ユカリがこんな事を言う。
「そう言えば、マジカルロータスの素顔が見たいって言ってたけど、見れたん?」
その言葉に円ははっとする。
会えた嬉しさでいっぱいいっぱいになってしまい、顔を見せて欲しいと頼む所まで行かなかったのだ。
「ああ~、どうしよう、見せて貰いそびれた。
引退するまでにまた会えるかな?」
「お前また事件に巻き込まれる気?」
思わずそうツッコむが、ユカリが不思議そうな顔をしてこう訊ねてきた。
「引退って、マジカルロータスが魔法少女引退するって事か?」
改めてそう訊ねられて、本人の口から引退という言葉を聞いた時の寂しさがこみ上げてくる円。
思わず潤む目を押さえながら、答える。
「なんか、今高校生らしいんだけど、高校卒業と一緒に魔法少女引退するって言ってたんだよ。
どうしよう、マジカルロータスちゃん今何年生なんだろう……」
あまりにも落ち込む円の事を見かねたのか、ユカリが慰めの言葉をかける。
「何年生かは知らないけど、少なくともあと一年近くは期間有るだろ。
俺達と同じ学年だったら三年有るし、そんな落ち込むなよ」
「光陰矢のごとしって言葉があるんだお……」
なかなか浮上しない円を見て、ユカリはやれやれと言った顔をするのだった。
そんな訳で、落ち込んだ気持ちのまま円は午前中の授業を受け、やってきた昼休み。
ユカリと二人でお弁当を食べていると、円の携帯電話が震え始めた。
何かと思ったら、ゆきやなぎからのメールだ。
内容を確認すると今度の日曜日に有るコスプレイベントに、久しぶりに行くから一緒にどうかと言うお誘いだった。
「ユカリ」
「なに?」
「ゆきやなぎさんからイベントのお誘い来た」
「写真オナシャス」
「自助努力しろよ」
「ヒント、俺チキン」
「しょうがないな……」
ユカリが自力で写真を撮りに行こうとしない事にやや呆れながらも、これももういつもの事。
それはそれとして、円は昨日買ったデジタル一眼レフカメラを早速試そうと、 今度はどんな衣装で来るのか空想を膨らませるのだった。
そしてイベント当日。
円はゆきやなぎと冬桜の二人と会場近くの駅で待ち合わせていた。
本当ならコスプレをする二人が先に会場入りして着替えておいて、 後から円が来る方が時間の無駄にならなくて良いのでは無いかと冬桜は言っていたのだが、 今回は初めて一眼レフを使うと言う事で、セッティングの為に円も早めに会場入りした。
円はまだあの二人が何のコスプレをするのかを知らない。
新作衣装かな等色々思いを巡らせつつ、一眼レフの設定をする。
「う~……ストロボ上手く使えるかな……
学校で練習はしたけど、うぎぎ……」
そんなこんなで四苦八苦している間にも、ゆきやなぎが更衣室から出てきた様で声を掛けられた。
「お待たせしました。
あ、一眼レフ買ったんですね」
「そうなんですよ。
やっぱカメラをいじるのが好きで……」
そう言って声の方を向くと、そこに立っていたのはマジカルロータスの格好をしたゆきやなぎだった。
思わず先日出会った本物のマジカルロータスが頭を過ぎる。
別に男であるゆきやなぎがマジカルロータスのコスプレをしている事に不満が有る訳では無い。
むしろ、男でもここまで綺麗な人にコスプレされるのなら嬉しい位だ。
けれども、
「ああ……やっぱり綺麗ですね」
「んふふ。褒めても何も出ませんよ」
マスケラの奥の笑顔は、やはり違う人の物なのだと言うのを実感してしまった。
円とゆきやなぎが談笑している事暫く。
遅れて冬桜が更衣室から出てきた。
この二人は本物のマジカルロータスとは似て非なる物だと実感はしたが、 それでもこの二人の作った衣装も、本人達も綺麗なので円の撮影にも思わず熱が入る。
円が持参した一眼レフ以外にも、撮られている二人が持って来たコンパクトデジタルカメラでも撮影をする。
「円さんはコンデジの扱いも慣れてて綺麗な写真を撮ってくれるから」
と二人は円の腕を評する。
その言葉は、今までカメラの腕を磨き続けてきた円にとって嬉しい物だった。
これまで何度もイベントに参加してコスプレイヤーの写真を撮ってきた円だが、 一眼レフでは無くコンデジで撮っていると言うだけで冷たくあしらわれる事も有ったから。
いつの事だったか、 ゆきやなぎと二人で話している時にこう訊ねた事がある。コンデジで撮られるのは嫌では無いのかと。
するとゆきやなぎは笑って答えた。
「だって、どんなに良いカメラを使ってても、使いこなせてなかったら良い写真は撮れないでしょ?
僕は円さんが撮ってくれた写真、好きだよ?」
同じ事を冬桜にも訊ねたのだが、冬桜の言い分はこうだった。
「カメラをステータスだと思ってる人の言う事なんて気にしなくて良いの。
コンデジだけど円さんは良い写真を撮れる。
これはあなたの技術が確かって言う事じゃないのかな」
そんな事を言っていた二人だから、今回は初めての一眼レフで慣れないかもと前置きをした訳なのだが、 自分達の写真を撮って腕を上げられるなら、出来る範囲で協力すると言ってくれた。
円にはただただ、感謝の気持ちしか無い。
イベント終了まで試行錯誤を繰り返し撮影をした後、二人にお礼を言って円は帰路についた。
家に帰り、夕食後改めて本日撮った写真を見てみると、やはり慣れないカメラを使っていると言うぎこちなさが有った。
それでも改善点をメモに書き上げ、ぎこちない写真を次回はより良く出来るようにと試行錯誤をする。
ふと、円はぼんやりと思った。
自分の憧れは魔法少女マジカルロータスでは有るけれど、本当に、 些細な事で人を助ける事はやろうと思えば魔法少女でなくとも出来るのではないだろうか。
現に自分は、魔法少女の姿をした、何のことは無い一般人であるあの二人に、少しではあるけれど救われた。
だから、マジカルロータスが普通の女の子に戻っても、きっと何処かで誰かを助けるのだろう。
そう思ったら、マジカルロータスが魔法少女を引退してしまう事を受け入れられる様な気がした円だった。