中学を卒業し、同じ高校に入った円とユカリ。二人は同じクラスに振り分けられ、 今日も休み時間にはくだらない話をしていた。
「篠崎~、こないだイベント行ってきたんだろ?例の二人の写真無い?」
「またかよ。
お前そんなに気になるんだったら自力でイベント行って写真撮らせて貰えば良いのに」
「俺はチキンなのでいたしかたなし」
中学時代に円が撮った、マジカルロータスのコスプレをしていたゆきやなぎと冬桜の写真を見せて以来、 ユカリから写真が有ったら見せてくれとせがまれる様になった。
始めはマジカルロータスのコスプレに興味があるのかと思っていたのだが、どうやら違う様子。
円としてもゆきやなぎと冬桜とはそこそこ親しくなっているので、 稀にイベント会場で会った時などは写真を撮らせて貰っている。
あの二人は、普段はコスプレイベントでは無く同人誌即売会に出ている様なのだが、 即売会でマジカルロータスのコスプレをする事は無いらしいので、即売会には行っていない。
確かに、マジカルロータスのコスプレをした……いや、どんなコスプレでもそうなのだが、 ゆきやなぎは男とは思えない程美人で、冬桜も可愛らしい顔つきだ。ユカリが写真をせがむ気持ちはわからないでも無い。
先日のイベントではゆきやなぎと冬桜がマジカルロータスのコスプレをすると聞いて飛んでいったのだが、 それを聞いたユカリが黙っていなかった。
「ほんと、デジカメじゃなかったら手に負えない程写真撮らせて貰ったよ。
はい、これ今回刷ってきた分」
そう言って円が写真を差し出すと、ユカリは顔を緩ませて食い入る様に見つめる。
「はぁ……かわいい……
篠崎、焼き増し頼める?」
「焼き増し?
ああ、写真のデータはうちのパソコンに入ってるから、その写真やるよ」
「マジで?ありがとな」
円から貰った写真を、ユカリは早速鞄の中から取りだした小さなフォトアルバムに入れていく。
その様を見て円は、もしかしたらこいつの方が気持ち悪いオタクなんじゃないだろうかと思ったのだった。
それから暫くして、高校の入学記念に両親がデジタル一眼レフカメラを買っていいと言うので、 円はカメラの品揃えが豊富な店が有る東京を訪れていた。
……マジカルロータスちゃんに会えるかな……
そんな淡い期待を毎度のことの様に胸に抱き、街中を歩く。
ふと、人気の無い路地に入り、少し休憩しようと喫茶店のドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
そう言って出迎えたのは、円より少し背の高い、少しきつめな瞳が印象的な女性店員。
ゆきやなぎさんに負けず綺麗な人だな。と思いながら店内を見渡すと、居るのは円と、その店員と、マスターだけ。
ゆったりとした空間で、円はちらちらと店員を見ながらコーヒーを頼み、出来上がるのを待つ。
すっかり大人の休日気分になった円。
出来ればあの綺麗な店員さんと話したいなと思った矢先、店のドアが開いた。
「いらっしゃいま……?」
店員がドアの前で出迎えるなり、入って来た男に羽交い締めにされ、ナイフを突きつけられる。
強盗だ。そう思い反射的に携帯電話を出そうとする円とマスターに、男は警察を呼ばずに金を出せと言う。
顔を真っ青にしたマスターが大人しくレジスターを開け、金を出そうとしたその時。
店員の顔つきが変わった。
恐怖で引きつっている訳では無い。怯えた顔をしていた店員が、急に冷静な顔つきになった。
店員は何も言わず、ナイフを持っている男の手をひねり上げ、床に転がす。
「マスター、何か縛る物を。
あとお客さん、警察を呼んで下さい」
「あっ、はい」
強盗事件ならマジカルロータスが駆けつけてくれるかもしれないと少し期待したが、今それを考えるのは不謹慎だと、 円は素直に一一〇番する。
円が警察に電話をしていると、再三店のドアが開く音がした。
「魔法少女マジカルロータス参……あっ」
マジカルロータスが駆けつけてきてくれた!
そう円が胸をときめかせる一方で、マジカルロータスは申し訳なさそうに店員に話しかけている。
「すいません、駆けつけるのが遅かったようですね」
「いや、心配してくれただけでも有り難いですよ。
それじゃあ、マジカルロータスさん、こいつを縛り上げていてくれませんか?」
「は、はい」
マジカルロータスは光るリボンを振りかざし、強盗犯に巻き付ける。
それから暫くして、警察官が店へとやってきて犯人は御用となった。
犯人と警察官が見えなくなった所で、円はマジカルロータスに話しかける。
「あの、マジカルロータスさん、お願いがあるんですけど……」
「なんでしょう?」
「あの、良かったら写真を撮らせていただきたいんですけど……」
その言葉に、マジカルロータスはマスケラの下から微笑みを浮かべて答える。
「はい、構いませんよ」
許可を得た所で、こう言った万が一の時の為に持ち歩いていたデジタルカメラを使い写真を撮る。
緊張で手が震えるかと心配したが、思いの外震えが来ることは無く、 カメラの液晶で確認する限りでは手ぶれはしていない様だ。
ふと、マジカルロータスがマスターと話している店員の方に目をやった。
「琉菜ちゃん凄いね。
まさか強盗犯を締め上げちゃうとは思わなかったなぁ」
「いやぁ、その、はは……」
何故か気まずそうに笑う店員。
ふと、店員とマジカルロータスの目が合った。
「あ、マジカルロータスさん久しぶりです。
中学の時助けてくれて有り難うございました。
あの時はお礼も言えなくて……」
「いえいえ、良いんですよ。
それでは、強盗犯も捕まった事ですし、私はそろそろお暇しますね」
マジカルロータスが店から出ようとしたその時、円が声を掛けた。
「あのっ!」
「はい、なんでしょう?」
「あの、俺、中学の時からマジカルロータスさんのファンで、その……
これからも応援してます!」
その言葉に、マジカルロータスはくすりと笑って返す。
「有り難うございます。
高校を卒業して魔法少女を引退するまで頑張りますね」
引退。その言葉を聞いて円は戸惑いを隠せない。
確かに、今まで幾多の魔法少女を目にしてきたが、『少女』と呼べない年齢の魔法少女は居なかった。
そうか、魔法少女は高校卒業までが期限なのかと、円は少しだけ寂しさを感じた。
マジカルロータスに会えた嬉しさと、ほんの少しの寂しさを抱えて、円はカメラ屋へと向かう。
今一眼レフカメラを買って、そのカメラでマジカルロータスを写真に収めることが出来るのか。
それは疑問だったけれど、ゆきやなぎと冬桜のことが頭を過ぎった。
そうだ、自分だけの思い出として取っておくなら、今持っているデジタルカメラで撮った写真だけでも十分だ。
今後は、本人では無いのが解っているけれど、ゆきやなぎと冬桜に頼んで夢を見させてもらおう。そう思った。
思いを固めた所で、円はどんなカメラが良いのか、自分に合っているのかを考え、 カメラ屋の店員のアドバイスを受けたのだった。