ここはとあるレンタルギャラリー。普段から絵画教室や彫金教室、それに創作人形教室の展示をしている所だ。
勿論、それぞれの教室以外でも、個人作家の個展も開くが、今会期中は人形教室の展示会をしていた。
教室展の最終日、各々の人形を大切に緩衝材で包み、箱詰めしていく。
この教室で作っている人形は、皆石膏粘土で出来ているので、しっかりと梱包したうえで運ばないと、 破損の原因になってしまうのだ。
石膏人形の入った箱を宅配業者に全て預け、レンタルギャラリーを出る三人組の女性。
彼女たちは、今回展示会を開いていた人形教室の生徒だ。
「お疲れー。
ギャラリーの最後の事務は先生がやってくれるみたいだし、どっかで晩ご飯食べない?」
そう連れ二人に声を掛けるのは、柴崎木更。
木更の言葉に、他の二人も同意する。
「そうね。結構長い時間在廊してたからお腹空いちゃった」
鞄の中から小さいペットボトルを取りだし、口を付けながら言うのは、木更の双子の妹、理恵。
残りの一人、初台尚美も、お腹を押さえながら言う。
「なんかこう、がっつりした物食べたいわね。
国鉄の駅の近くにオムライス屋さんなかったっけ?あそこどう?」
尚美のお腹から音が出ると、つられて木更と理恵のお腹もくるくると動く。
このギャラリーからオムライス屋はだいぶ離れては居るが、どちらにしろ国鉄に乗らないと、 木更と理恵は家に帰れない。三人は、それから二十分ほど掛けて、オムライス屋へと向かった。
オムライス屋で注文をし、個展の話や創作人形の話、それに三人が集めている既成の人形の話をする。
学校やバイトや人形教室で忙しいけれど、人形仲間のオフ会なんかにも参加したいと言ったのは、尚美だったか。
尚美を含んだ三人は、人形好きが集まるSNSに登録しているのだが、今までオフ会に参加した事が無いのだ。
オフ会の参加者募集とか無いかな~。と言う尚美に、木更が苦笑いをして、案外オフ会の募集はかかってるけど、 ちょっと。などと言う。
それを聞いて、尚美は不思議そうな顔をする。
「募集かかってるって、何か問題でもあったの?」
その問いに、溜息をついて答えるのは理恵。
「実は、私も木更も何度かオフ会に誘われた事があるんだけど、なんか、疎外感感じちゃったんだよね」
「疎外感?」
何故疎外感を感じるのだろうか。不思議に思った尚美が、何か有ったのか?と訊ねると、 木更が死んだ魚の眼をして言う。
「私達、SNSに創作人形の写真載せてるんだけど、オフ会に誘われる時、 いっつも『創作人形持って来て下さい』って言われるの。
それで、割れ物だからオフ会に持っていくのは不安だから、他の着せ替え人形でも良いですか?って返事を返すと、 その後音信無くなったり、酷いと『そんなの別に見たくないです』とか返ってきたりしたんだよね。
それで、オフ会ってなかなか参加し辛くて」
その話に、三人が神妙な顔をしている所に、オムライスの付け合わせのスープが運ばれてくる。
「ドール界の闇を垣間見た」
スープを一口飲んで尚美がそう呟くと、思い出したように理恵がこう言った。
「そう言えば、どんなお人形でも持ち込みOKって言うオフ会の募集がかかってた気がする」
それから、手持ちのスマートフォンでSNSにアクセスし、オフ会の募集トピックスを開く。
そのSNSは、理恵も木更も尚美も登録しているSNSだ。
「そうそう、このオフ会。
まだ参加表明してる人少ないけど、このオフ会だったら気軽に参加出来そうじゃない?」
テーブルの上にスマートフォンを置き、理恵は木更と尚美にも、オフ会の参加要項を見せる。
「へぇ、どんなお人形を持ち寄ってもOKな人が集まるのね。
これなら私も参加しやすいかも」
そう期待を高める木更とは対照的に、尚美はなにやらしょんぼりとした顔をしている。
どうしたのだろうと、理恵と木更が尚美の顔色を見ていると、尚美が溜息をつく。
「確かに、参加しやすそうなオフ会だけど、この日、法事に行かなきゃいけないから、今回は参加出来ないなぁ」
「法事かぁ。それは仕方ないね」
その後、理恵と木更はその場でオフ会の参加表明をし、もし今回のオフ会の雰囲気が良いようだったら、 主催にもう一度オフ会の企画を立てて貰える様お願いしてみるね。と、尚美を宥めたのだった。
理恵と木更が家に帰り、二人に割り当てられている部屋のドアを開くと、部屋の中に二段ベッドと、 上に沢山の着せ替え人形と四体ほどの創作人形が乗ったタンスが有る。
創作人形は、教室で習いながら作っている物だ。
それらを眺めながら、二人は、早速オフ会にどの人形を持っていくか。そんな話を始めた。
「やっぱり、作った子は連れて行くの難しいわよね?」
理恵がそう言うと、木更は迷わずに掌よりも少し大きい着せ替え人形を何体か棚から選び出し、答える。
「石膏粘土だと、あんまり持ち歩くのは不安だなぁ。
今回のオフ会はどんなお人形でも良いってなってるし、この子達も大丈夫じゃ無いかな」
木更の手には、同じ顔だけれども瞳の色や唇の色、髪の色や髪型の違う人形が数体握られている。
その様子を見て、理恵も木更が選んだ着せ替え人形の、顔違いを数体手に取る。
着せ替え人形を手に取った理恵は、楽しそうに理恵に言う。
「オフ会、楽しみね。
この子達連れていって良いなんてオフ会、初めてかも」
「そうだね。
……なんか改めてオフ会ってなると、オフ会用にこの子達のお洋服作らなきゃって気がしてくるね」
「そうよね。オフ会デビューだもんね。
よしっ!じゃあこの子達のお洋服、作る?」
そんな話の流れで二人は、オフ会に連れている分の着せ替え人形の服を作る事になった。
次の日の晩から、理恵と木更はミシンを譲り合いながら、人形の服を縫い始めた。
柄違いでお揃いの形の服にするので、型紙は一種類で良いのだが、やはり複数作るとなるとなかなかに骨が折れる。
それでも、二人にとってこの作業は楽しい物で。
ふと、ミシンを踏んでいた理恵が訊ねた。
「ねぇ、自分で作ったお人形、写真だけでも持っていく?」
その問いに、木更は頬を掻いて暫し悩む。
何となくではあるが、創作人形の写真を持っていったら、何故創作人形を持ってこなかったのかと言われる気がしたのだ。
しかし、あらかじめ創作人形を持っていく事を強要されている訳では無く、 着せ替え人形も受け入れてくれた上で創作人形に興味を持ってくれるのなら、それでいい気もする。
だから、木更はこう答えた。
「そうだね。写真だけだったら持っていって良いんじゃ無いかな。
もし実物を見たいって言われたら、その内また展示会やりますから~。って言っておけば良い気がする」
「そうね、それもそうだわ」
木更の言葉に納得した様子の理恵は、人形の服を縫う作業を続ける。
一方の木更は、自分が言った言葉で自分も納得出来たようで、ミシンの交代時間まで自作の人形を撮った写真を、 フォトアルバムに纏め始めた。
創作人形の写真を纏め終わった木更は、 パソコンでオフ会のトピックスを見ていた。他の参加者がどの様な人形を持ってくるかが気になったのだ。
参加者それぞれのプロフィールページを開き、人形の系統を見る。
確認出来たのは、頭が大きく華奢な体の着せ替え人形、大きく綺麗なメイクを施された人形、 それに細い身体に円盤形の頭を乗せたカエルの人形。
想像以上に人形の系統がバラバラなので、これならもう、どんな人形を持っていっても大丈夫だろうと、安心した。