第五章 ユカリの場合

 ある日の晩のこと。勤めている食料品会社から住んでいるアパートに帰ってきて、早速夕食を作り始めるある男性。

簡単に料理を済ませると、奥に有るワンルームの部屋に持っていって、パソコンラックの上に乗せ、 いただきます。と言って食べ始める。

会社から帰ってきたスーツ姿のまま、 自作の料理を食べる彼の名前は柏原ユカリ。毎日の仕事で忙しい時は出来合いの物で食事を済ませる事もあるが、 基本的に食費を節約する為に、朝と晩は自炊をしている。

 そんなユカリの部屋の中には、パソコンラックの他にもベッドとタンスと、 腰の高さくらいの小さな本棚が置かれていて、本棚の上には繊細なメイクが施され、 フリルとレースがたっぷりとあしらわれた服を着た、大きめの人形が置かれている。

そして、タンスとパソコンラックの上にちょこちょこと、掌よりも小さい、細かいパーツの付いた人形も飾られていた。

 大小様々な人形に囲まれて料理を食べるユカリ。社食で食べるランチよりも心持ち少ない夕食を食べ終えると、 食器をシンクに入れて水につける。

それから、パソコンラックの前に座り、パソコンを立ち上げてインターネットを開いた。

見ているのは、ここ数日始めたばかりの人形のSNS。登録をした日に立てられていた、 オフ会参加者募集のトピックスを開く。

 ユカリは、学生時代から周りに飾って有る様な、小さな人形を買い集めていたし、 数年前に本棚の上に座らせている大きな人形も購入した。

けれども最近気がついたのだ。人形の愛好家と全く交流していないと言う事に。

 元々交流の為に人形を買った訳では無いのだが、折角のお気に入りの人形について、 誰かと話したい気持ちは有った。

 大きな人形を買った時、友人から人形のイベントに行ってはどうかと勧められたが、 イベントに行きはする物の、いくらか買い物をしてはすぐに会場から出て帰ってしまうと言う事が多いので、 イベントの出展者と仲良くなると言う事も無かったのだ。

 そう言った訳で、人形のSNSに登録したユカリ。暫くSNSの様子を見て、 写真にコメントを付けつつ徐々に交流を広げていこうかと思っていたのだが、その矢先にオフ会の告知が目に飛び込んだ。

 SNSを初めて数日の自分が参加して良いかは少し不安だったが、 そのオフ会は概要を見る限り気軽に参加出来そうな物だったので、ユカリは参加条件をじっくりと読んでから、 オフ会の参加表明をした。

 

 その週の終わり頃、ユカリは中学時代からの友人、篠崎円と会う約束をしていた。

待ち合わせ場所は、電気街の駅。時刻は昼頃。

「よう、篠崎。会うのは久しぶりだな」

「結構話してるから会ってる気になってたけど、会ってなかったんだよな。

で、柏原。どっから見る?」

 そんな話をしながら、まず二人が向かう事になったのは、 ホビーショップ。ユカリが持っているような大きい人形やフィギュアを扱っている店だ。

その店に入るのは、ユカリは勿論、円も初めてでは無い。

店内を見ながら、ふと円が訊ねた。

「そう言えばさ、お前が集めてるあの小さいフィギュアみたいな人形、最近見掛けなくね?」

 その問いに、ユカリは溜息をついて答える。

「そうなんだよ。なんでもメーカーで生産が終わっちゃったみたいでさ、今はあっちこっちでプレ値付いてるよ」

 フィギュアが並べられている区画から抜け出し、ユカリ達が足を向けたのは、高級感の有る、 大きな人形が飾られた区画。

「わー、俺こう言うの慣れてないからソワソワする」

 いかにも落ち着かないと言った様子でそう言う円に、ユカリも苦笑いをしながら返す。

「実は俺も未だに慣れないんだよな。

取り敢えず、新作のドレスまだ残ってるかな」

 ユカリは棚に掛けられている可愛らしい服を手に取り、パッケージに張られたシールを確認する。

 そんなの見ただけでよくわかるな。と言いたげな円の視線を受けながら、ユカリは人形の服を一着手に取り、 レジへと持っていった。

 

 その後、円が見たいと言っていたカメラ屋も回り終わり、遅い昼食を食べる。

駅前に有るファーストフード店で、ハンバーガーやサラダ、チーズとたらこを乗せて焼いたポテトなどを食べながら、 二人は話をする。

「そう言えばまだ言ってなかったよな」

「何を?」

「俺、今度人形のオフ会に参加するって」

 ユカリの言葉を聞いて、円はポテトをフォークでかき混ぜながら、ぼんやりとした顔をする。

「オフ会って、やっぱ知り合い来るのか?」

 その言葉に、ユカリはきょとんとした顔で返す。

「知り合いも何も、オフ会って物自体に参加するの初めてだけど?」

「え?そうなん?」

 円はユカリの言葉に驚くが、すぐに学生時代からの事を思い出して納得する。

元々ユカリ自体、そこまで交友を広げていくタイプでは無いのだ。

 それを考えると、今度オフ会に参加すると言う事の方が驚きのような気はするが、ユカリが事ある毎に、 大きな人形の写真を送ってきては円に語っている事を思い出したので、 これを機会に同志が増えると良いな。等とユカリに言ったのだった。

 

 その後暫くの間、飲み物を飲みながらファーストフード店で話をして居たユカリと円。

ふと、ユカリが円にこんな事を訊ねた。

「そう言えばさ、人形の写真撮るのにカメラって有った方が良いかな?」

 ユカリは普段、人形の写真をスマートフォンで撮っている。

けれども、昔からカメラに親しみ、使いこなしている円を見ていると、 カメラを持っていた方が良いのでは無いかと言う気になってくるのだ。

それに対して、円はこう答える。

「いや、お前スマホ持ってるだろ?

最近のスマホは十分綺麗な写真が撮れるし、扱い方のわからないカメラを買ってまともに写真を撮れないよりは、 慣れてるスマホで撮ってた方が良いと思うぞ」

「そ、そうなん?」

「もし人形の写真でフォトブック作りたいって言うんだったらカメラが有った方が良いと思うし、その時は使い方教えるけど、 そんな予定ある?」

「無い」

「おう」

 そんなやりとりの後、二人はファーストフード店から出て、また電気街を回ったのだった。

 

 円と別れ、部屋へと戻ってきたユカリは、SNSを開いてどの程度参加者が集まっているのかの確認をする。

自分が参加表明をしたのが締め切りの少し前だったので、 ユカリ以降に参加者が増えていると言う事は無いだろうと思ったのだが、念のためと言った感じだ。

 締め切りは、今日の日付が変わる頃。ふと長針と短針が上を向いて重なりそうな時計を見て、トピックスの確認をして、 これ以上参加者が増えないだろうと、ユカリは思う。

 その数分後、オフ会の参加申し込み締め切りの書き込みが追加された。

 

 そして翌日の昼頃。ユカリが昼食を食べていると、スマートフォンが震え始めた。

何かと思ったら、オフ会の概要と緊急連絡先の書かれたメールが届いていた。

実の所、オフ会の参加者と落ち合う時に、もしなかなか合流出来なかった場合どうするのか。と言う不安があったので、 主催の緊急連絡先を教えて貰えて、安心する。

「しっかりした主催だな。

結構オフ会慣れしてんのかな?」

 メールの内容を確認してから、また昼食を食べるユカリ。

 オフ会は一週間後の今日、日曜日だ。

ピクニック形式だというこのオフ会に、折角だからお弁当以外にも、 みんなでつまめるようなクッキーなどのお菓子を作って行っても良いかなと、ユカリは思ったのだった。

 

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