カイルロッドがコウに出会ったのは、まだ幼い頃の事だった。
街の中ではそこそこ裕福な商人の家に末っ子として生まれたカイルロッドは、 家業を継がなくてはならない兄と比べて自由に過ごす事が出来ていた。
そんなカイルロッドがある日の事、散歩に行った先で見つけてきたのがコウだったのだ。
その頃のコウはまだ比較的小さく、カイルロッドでも抱える事の出来るくらいの大きさだった。
道端に雑草なども殆ど生えていない乾燥した街に、何故コウが居たのかは解らないが、とにかくその時コウは、 お腹が空いたとずっと泣いていたのだ。
それを見て可哀想だと思ったカイルロッドが家に連れ帰ったのだが、喋る亀を見て両親は戸惑うばかり。
そんな中、祖母がこう言った。
「もしかしたらその亀さんは、神様のお使いかもしれないね。
大切にしないといけないね」
その一言で、取りあえずカイルロッドの両親は、コウに食べさせるごはんを探し始めた。
コウは青々とした草が好きらしいのだが、生憎そのような物はこの街にはあまり無い。
両親が困っていると、カイルロッドが家具を作った時に余った木片を持ってきてコウに差し出した。
「かめしゃん、あーして」
カイルロッドに言われるままに、木片を頬張るコウ。
その時にコウは、こんな堅い木でも美味しいのだと知ったのだった。
それ以来、カイルロッドとコウはいつも一緒だった。
カイルロッドが大きくなるにつれ、コウも大きくなっていく。
そして何時しか、コウはカイルロッドを乗せられる程大きくなった。
「ねぇ、カイルロッド、ボクに乗ってよ!」
「乗って良いの?
でも、僕が乗ったら重くない?」
「大丈夫!
カイルロッドがいっぱいごはんくれたから、とっても重いのでも乗せれるくらい元気になった!」
早く乗ってくれと期待するようなコウの顔を見て、カイルロッドはコウの背中に跨がる。
いつもと違う視界に、カイルロッドの中にも喜びが湧き上がってきた。
「コウすごい!
ねぇ、歩ける?歩けたら歩いてみて」
「歩けるよ。歩くよ」
家の敷地の中とは言え、カイルロッドを乗せたまま歩くコウ。
初めての体験に、カイルロッドもコウも大喜びだ。
ぐるぐると同じ所を何周もしている内に、ふとカイルロッドがこう言った。
「僕ね、大きくなったら旅商人になりたいんだ」
「なんで?
おうちのお店のお手伝いじゃダメなの?」
「うん。
いろんな所を旅して、色々な物を見て、それでおじいちゃんになったら気に入った街でゆっくり過ごすの」
「そっかぁ」
納得した様なコウの相づちの後、暫く静かになる。
何となく段々足取りが重くなっているコウに、カイルロッドが問いかけた。
「その時は、コウも一緒に来てくれる?」
その言葉に、コウは足を止め、嬉しそうにカイルロッドを見上げる。
「ボクも一緒?連れてってくれるの?」
「コウが良いなら、僕はコウと一緒が良いな」
「良いよ!
ボクもカイルロッドと一緒が良い!
一緒に行くよ!」 夢を共有したカイルロッドとコウ。
その喜びで、コウは先ほどよりも速い速度でぐるぐると回り始める。
目が回ってカイルロッドとコウがぐったりするまで、そんなに時間は掛からなかった。
カイルロッドが十歳と少しになった辺りで、その日は訪れた。
カイルロッドの兄が家業を継ぎ、カイルロッドが旅商人の一団に加わる許可が、両親と旅商人の双方から出たのだ。
両親としては、カイルロッドには家に残って貰いたかったのだが、 かわいい息子の夢を無為にする事は出来なかったのだ。
旅商人側としても、カイルロッドを自分達のグループに加えるメリットが有った。
そのメリットが何かというと、カイルロッドは家を継ぐ事が決まった兄と同等、 若しくはそれ以上に宝石や貴金属の目利きが利くのだ。
売り子としての才はこれから伸ばすとしても、 貴金属で出来た装飾品を仕入れるのにカイルロッドの様な人材は居るに超した事は無い。
それともう一つ。カイルロッドが連れていくと言い張るコウも、旅商人としては手元に置いておきたい物だった。
この様に大きな亀は珍しいし、更に喋るのだ。
客寄せにはこれ以上無い程適任だろう。
かくして、カイルロッドとコウはひとまず夢を掴む事が出来たのだった。
旅商人の持っている、駱駝が引く馬車に乗っての生活は、楽な物では無かった。
旅をするというのがこんなに厳しい物なのか。カイルロッドはそう思って落ち込む事もあったが、 旅商人の頭は厳しいけれど優しいし、何より側にはコウが居る。
街に着く度に仕入れを経験し慣れていくうちに、 きっと旅をする事自体にもその内慣れるだろうと思える様になっていった。
それから数年、既に旅をする事自体にも慣れたカイルロッドは旅の道中ではいささか頼りない物の、 街で行われる様々な交渉では、その才を発揮した。
宿賃の交渉や保存食の買い付けなどはまだまだ頭に及ばないのだが、他のメンバーよりは効率的に行えたし、 何よりも貴金属類だ。
貴金属類の交渉に関しては、もはや手練れの頭でさえもカイルロッドには敵わないだろう。
そんな訳なので、旅商人のグループに居る踊り子に、こんなおねだりをされる事がある。
「ねぇ、カイルロッド。
さっき街の中でかわいいネックレスを見つけたんだけど、明日一緒にお店に行って交渉してくれない?」
「また?
まぁ良いけど、お代はちゃんとアリーシャが払うんだよ」
「もちろん!
だから、払えるくらいまで値切ってね」
「いや、そこまで下がるかどうかは物を見ないと解んないよ……」
街中の屋台で食事をしながらそんな話をするカイルロッドと、踊り子のアリーシャ。
コウにもごはんを食べさせながら暫く過ごしている内に、陽はすっかり落ちてしまった。
暗くなった街中を、カイルロッドはコウに乗りながら、アリーシャは自分の足でゆっくりと進んでいく。
辿り着いたのは暫く過ごす、この街の宿。
アリーシャは酒場で仕事があると言って宿併設の酒場へと行ってしまったので、 カイルロッドはコウと一緒に厩へと向かった。
厩の中で、カイルロッドとコウは取り留めの無い話しをする。
「カイルロッド、旅にはもう慣れた?」
「いい加減慣れた気はするけど、街に着くと道中疲れてたんだなってのがわかるよ。
こうしてると、疲れがどーんと来るもん。
コウは疲れないの?」
「うんとね、よくわかんないんだけど、こうやってごろーんってしてると、とろーんってなってくるよ」
「そっかぁ、それじゃあきっと、コウも疲れてるんだよ」
「疲れてるのかぁ。
カイルロッドとお揃いだね」
「そうだね。お揃いだ。
じゃあ疲れた同士、そろそろ寝ようか」
そう言ってカイルロッドは掛布を被る。
その後はお互い何も言葉を出さず、吸い込まれる様に眠りに落ちたのだった。
そして翌日。アリーシャが見つけたというかわいいネックレスの値段交渉に来た訳なのだが、 カイルロッドは戸惑いを隠せない。
カイルロッドが見る限り、このネックレスはこれ以上値を落とせなさそうなのだ。
全くもって、アリーシャは無理難題を言うなと思いながら、申し訳程度に値引き交渉を始めたのだった。