ルカの何者なのかという問いに、コンはきょとんとした顔で訊ね返す。
「逆にいままでなんだと思ってた?」
「え?」
「いや、普通に考えて、他国の言葉をぺらぺら喋るような人間って、こんな山とかに住んでないだろ」
「んっ……」
もっともなことを言われてルカが口ごもる。一方のウィスタリアは、当然と言った顔でこう答える。
「おれ達の言葉を喋れる通訳の人」
「ん~、ウィスタリアは実に素直!」
想像していたとおりの言葉が返ってきたのか、コンはウィスタリアの言い分に頷いている。
けれども、これでコンが何者なのかがわかったわけではない。ウィスタリアもコンが何者なのかを教えて欲しいと言い、それに答えるようにコンが説明をした。
「俺は人間じゃなくて夢魔なんだ。お前らの感覚で言えば悪魔に近いのかも知れないけど、別になにかしようってのは無いし人間と共存する気はあるから安心して欲しい。
多分、ルカが疑問に思ったのは、俺がこの国の言葉を喋ってるのになんでお前達に意味が通じるのか、それを知りたいんだよな?」
そこまで聞いて、ルカもウィスタリアも頷く。
「俺が話している言語にかかわらず、人間に言葉の意味が通じるのは『言霊』ってやつの仕業だ。言葉の音だけでなく、込められた意味がそのまま伝わるっていう、まぁ便利なものだな」
コンが話している間中、ウィスタリアはコンが喋る言葉を聞いていた。コンが話しているのはチャイナの言葉で、けれども彼の言うとおり、しっかりと意味は理解出来た。理解出来ると言うよりも、伝わってくるのだ。
これでウィスタリアは納得したけれども、ルカは納得いかないようだった。コンを睨み付け、ウィスタリアの腕を掴む。
「悪魔の助けを借りるわけにはいきません。
ウィスタリア、ここから出て他のところに行きましょう」
それは修道士として正しい意見なのかも知れない。けれどもウィスタリアはルカを椅子に座らせ、言い聞かせる。
「悪魔の助けを借りるわけにはいかないってのはわかるんだけど、ここでコンのところから出ていって、チャイナの人とどうやりとりするんですか?
おれの身振り手振りでも通じなくなってるし、なによりおれもルカもこの国の言葉がわからない。
下手に飛び出して路頭に迷うより、コンの世話になった方が確実だ」
これでルカが納得したかどうかはわからない。けれども、考える余地はあると思ったのか大人しく椅子に座っている。
そうしている間にも、コンは台所で食事の準備を始めていた。用意している食材の量を見る限り、三人分だ。
なにも言わずに料理ができるのを待つ。それでしばらく待って、コンが器に盛った料理をテーブルに並べた。
今日のメニューは川魚の干物を戻したスープと、真っ白でふかふかした蒸しパン、それに紫タマネギを卵で固めて蓮の花の形にした物だ。小麦の甘い香りと川魚の少し苦い香り、それに紫タマネギの色彩が食欲をそそる。
「落ち着いた? じゃあ飯食おうか」
椅子に座ったコンが食事をはじめるので、ウィスタリアとルカも食前の祈りをする。
ふとルカが呟いた。
「まさか、毒がはいっていたりしませんよね」
コンは呆れたように返す。
「入れるんだったらもっと早い段階で入れてる」
それから、ルカがちらりとウィスタリアの方に目をやると、ウィスタリアはすでに紫タマネギとパンを口に頬張っていた。
「おいしい」
なんの疑念も無くそう言うウィスタリアを見てか、ルカもようやく料理に手をつける。むすっとした顔で食べていたが、次第に表情が緩んできている。なんだかんだで、コンが作る料理がおいしいのだろう。
すっかりいまままで通りの表情でパンを囓ったりスープを飲んだりしているふたりを見て、コンはにこにことしている。
ふと、コンが口を開く。
「実はさ、俺の兄ちゃんがいま、日出ずる国に行ってて」
それを聞いて、ウィスタリアとルカが顔を上げる。コンが言葉を続ける。
「人間のお嫁さんを貰うのに、日出ずる国に珍しい宝石を取りに行かなきゃいけないって言って、船に乗ったんだ」
スープを飲み込んだウィスタリアが言う。
「いまお兄さんが旅をしているから、旅人をもてなそうと思ったとか、そういうのです?」
するとコンは、心なしか潤んだ眼をして頷く。ルカが気まずそうな顔をしてからひとくちパンを囓り、飲み込んで、ぽつりと口を開く。
「まぁ、少なくとも皇帝にお目にかかるまではあなたを頼らざるを得ないですし、はい」
疑ったのを恥じているのか、頬が染まっている。その様子を見てウィスタリアは言う。
「そもそも、偉い人と仲がいいんだからそんなに疑う必要はないのでは?」
ルカの顔がますます赤くなる。誤解が解けて安心したのか、コンが笑いながらパンのおかわりを持ってきてテーブルに乗せる。
「なんか、兄ちゃんがいる時みたいでいいなあ」
その言葉でルカもようやく笑顔になって、ひとこと、すいませんでした。とコンに謝る。それから、また三人で和やかに、温かくて柔らかく、ほんのり甘いパンを食べたのだった。