第九章 皇帝との謁見

 コンの正体のことで少し揉めてからまた数週間。三人はまたすっかりと打ち解けて、皇帝との謁見の日を迎えた。
 コンに連れられて都に行き、まずはピングォの館へと向かう。そこでピングォと合流し城を目指した。今回はピングォの紹介でということになっているので同伴して貰うのだが、こんなにお世話になってしまって良いのかと、ウィスタリアは少し申し訳なさを感じていた。
 それを察したのかコンがウィスタリアに耳打ちする。これでウィスタリア達がうまいこと皇帝に気に入られれば、ピングォの宮廷内での評判も上がるので、そういう打算もあるから気にするな。とのことだった。
 ウィスタリアは打算というものがあるのは知っているけれども、どうにも実感しがたい。そう思っていると、今度はルカがこう言った。
「打算というのは。
あなたも、修道院の葡萄畑の収穫を手伝ったら葡萄を少し分けて貰えると思うでしょう? そう言うことです」
「あー、なるほど」
 これでようやく打算というものが理解できた気がする。自分にも利益があるかも知れないとピングォが思っているのなら、素直にのってしまおうという気になれた。
 話していることが通じているのだろうか、少し前を歩いているピングォが口元に手をやって小さな笑い声を漏らしている。それから、コンに話し掛け、それをコンがふたりに伝える。
「上手いことやってくれ。だってさ」
 ウィスタリアはルカと顔を見合わせ、それから困ったような笑みを浮かべた。

 しばらく歩いていると、長い塀と大きな門が目に入った。塀も門も朱く塗られていて、屋根に当たる部分には黄金色と言っても差し支えの無い艶のある瓦が並んでいた。
 門番が門を開ける。するとその先には大きな通路があり、そこを抜けると石で舗装された見渡すほどの広場があった。
「なんだこの広場……」
 思わずウィスタリアがそう呟くと、コンが平らな石が規則的に埋め込まれている部分を指して言う。
「あの平らな石の上に朝、官吏や官僚が並んで伏せて皇帝に挨拶をする。そのための広場だ」
「それは、毎日?」
「毎日。ここいっぱいに人が入るんだぞ」
「ひえぇ……」
 自分たちの国でも、王様への謁見の間というのはもちろんあるし、王宮の前に人々が集まってテラスから王族が挨拶をする事はある。けれども、こんな広いところ、しかも野外の広場にいっぱいになるほどの人が毎日皇帝に挨拶をしているだなんて、その光景は想像するだに凄まじい。
 横でルカも聞いていたのか、ルカも緊張した面持ちだ。ぎこちなくなったふたりに、コンはあまり緊張するなと言うが、緊張せずにはいられない。
 広場を通り抜け、城の中へ続く階段を上る。二本据えられた階段の間には、角の生えた蛇のようなものが彫り込まれた石の板が敷かれていて、それを見たルカが目を逸らす。きっと不気味な物を見た気分なのだろう。
 階段を上った先の建物の扉をくぐるとそこは薄暗いけれども天井が高く、鮮やかな色彩で溢れていた。そしてその部屋の中央には大きな椅子があり、そこに刺繍の施された黄色い服を着た、威風堂々といった様子の男性が座っていた。
 ピングォとコンが跪く。ウィスタリアとルカも咄嗟にそれに従った。
 そうすると、ピングォが男性に言葉を投げかけている。先日会った時よりも固い声色なので、おそらくあの男性が皇帝なのだろうとウィスタリアは察する。
 しばらくピングォとコンが皇帝と話をする。
「はい、さようでございます。こちらが陛下にご紹介したい楽士でございます」
 コンの言葉に皇帝がなにかを返すと、ピングォがさっと身を引いて脇により、それとあわせてコンがふたりに言う。
「それじゃあ、演奏を頼む」
「あの、演奏をするのに立たなくてはいけないのですが、よろしいのですか?」
 不安そうにルカが訊ねると、コンはもちろん立ち上がって良いと言う。皇帝の許可を得られているのだろうから、ウィスタリアとルカは立ち上がって一礼し、演奏の準備をする。
 ルカがフィドルを構える。ウィスタリアは緊張を解こうと深呼吸をする。それから、お互い視線を送り合って演奏を開始した。
「Les mots vont de droite à gauche.
Visage ennuyé. Regarde l'écran……」
 広い空間を満たす通る声。その低音は華やかなフィドルの音と溶け合って、僅かな空間にも染み渡っていく。
 皇帝が驚いたような顔をしてから、目を閉じて椅子の背にもたれる。どうやら聴き入っているようだった。
 演奏が終わり、ふたりはまた一礼し跪く。これで皇帝に気に入られないと、賢者の石に相当するものの情報が得られない。緊張はひとしおだった。
 皇帝が口を開く。なにを言っているのだろう。不安に思っていると、すぐ側に来たコンがこう言った。
「素晴らしい演奏だった。ふたりはこの演奏を聴かせるためにはるばる来たのか? っておっしゃってる。説明しておこうか?」
「うん、頼む」
 どうやら気に入って貰えたようだ。ここまで来た理由を訊ねて貰えるのならば、なんとか理由を伝えて目的は果たせるかも知れない。
「このふたりは、仙丹の謎を追ってやって参りました。
仙丹のことは陛下もご存じかと思いますが、仙丹の話をこのふたりにも聞かせてよろしいでしょうか。
もちろん、陛下の身になにか及ぼすようなことはございません」
 それを聞いた皇帝はしばし考え込んだ様子を見せてから、口を開く。コンは頭を下げてこう言った。
「陛下の仁徳に感謝いたします」
 続いて、ピングォが皇帝と少し話をしてから立ち上がる。コンも立ち上がったので続いてウィスタリアとルカも立ち上がる。
 一礼をしているピングォにあわせてやはり一礼し、彼女の後についてその場を後にした。

 城から出てピングォを館まで送った後、ルカが不満そうにコンに言った。
「センタンでしたっけ? それについてあなたはすでに知っているようですね。
なんで早く教えていただけなかったのですか?」
 それに対して、コンは困ったように笑う。
「いやぁ、これは皇帝の許可を得ないと話せないことになっててさ。
皇帝とのそういう契約なんだ」
「そうなのですか?
悪魔すら従えるだなんて、チャイナの皇帝はおそろしいですね……」
「あやかしの俺だって、中央に取り入っておけば都合の良いことがあるんだよ。
例えば、人間の食べる食材とかな」
 食材と聞いて、ルカもウィスタリアもあっという顔をする。よく考えたら、コンは人間が食べるような食事をする必要がないのだ。それなのに、はじめて会ったあの時からなぜか食材が家にあって、それを振る舞われている。
 たまたまというのはあるだろうけれども、本当にお世話になってしまっているのだなと、ウィスタリアは改めて実感した。

 

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