第十章 会津の仕立て屋さん

 五色沼を散策した翌日、ペンションをチェックアウトする時に、店主から泊まってくれたお礼にと、 一人一枚ずつクッキーを貰った。

「最近めっきり観光客が減ってしまいましてね、今回はありがとうございました。

また機会が有ったら、いらして下さい」

 そう言って僕達を見送った店主は、少し寂しそうだった。

 

 さて、今日はメディチネル様が着物の仕立てを注文したいとの事で、 会津の町中に行くことになっている。あまり遅くならないうちに、 今晩泊まる茨城のホテルに着くようにしたいのだけれど、着物の注文だけなら、そんなに時間はかからないだろう。

 五色沼から会津のの町に向かって車を走らせる。オーディオをかけて、 それを聞きながら天使様達は先程貰ったクッキーを食べたようだ。

「んふふ、クッキー美味しい。

五色沼、綺麗なところだったね。また行きたいな」

「そうだな。あのペンションの料理も美味しかったし」

 満足して貰えたようで良かった。それにしても、また行くとして、 その時も僕が同伴する事になるのだろうか。天使様達と旅行をするのが嫌なわけでは無いけれど、 あまり妻に寂しい思いはさせたくないし、何より、在宅の物とは言え仕事がある。あまり頻繁に付いて行くことになると、 それはそれで困ってしまうのだ。

 まぁ、天使様達も仕事で忙しいだろうし、頻繁に旅行に行くわけでも無いだろうけれど。

 

 暫く車を走らせ、会津の町中に入った。目的の着物屋さんまでのルートは、 原宿の古着屋さんで教えて貰った住所で検索して、 既にカーナビに設定してある。その着物屋さんに駐車場があるかどうかはわからないけれど、 無かったら少し、店の前に停まらせて貰って、駐車場の場所を訊こう。

 明るい陽に照らされた町中は、背の低い建物が並んでいて、 人が住んでいるというのを実感する。けれども、東京で慣れてしまっているせいか、 人通りは少なく感じた。そもそも東京に人が多すぎるだけかも知れないけれど、少し寂しいね。

 カーナビの案内に従って走ること暫く、 なんとなく出入り口が西洋風な作りになっているビルに辿り着いた。カーナビが案内を終了したので、 ここがそのお店なのだろう。案内をよく見ると、このビルの脇に駐車場が有る様なので、そこに車を停めさせて貰う。

 車から降り、天使様達を釣れて店内に入ると、棚には柄が見えるように広げられた反物が並び、 部屋の中央にはテーブルが置かれ、店員がきびきびとした動作で、いらっしゃいませ。と僕達を迎えた。

 早速、ここに来た用件を店員に話す。

「こちらでは会津木綿の着物を仕立てて貰えると聞いてきたのですが、どんな反物があるのでしょうか」

 すると店員はにこにことして、色々な物が有りますよと、そう言った。しかし、色々有ると言われても、 今回着物を作るのは僕では無くメディチネル様だ.一体どう言った物が好みなのだろうか。そう思っていると、 メディチネル様が店員と話し、どんな感じの色合いが良いか、そう言ったリクエストをしていた。

「えっと、黄色系で、縞々が細いのが良いんですけど、有りますか?」

 その問いに、店員は反物を何本か取り出して、テーブルの上に広げてみせる。

「それですと、こちらになりますかねぇ。

この黄色と緑のも素敵ですけれど、お客様なら、こちらの黄色と赤の縞々が映えますかね」

「そうですか? うーん、迷っちゃうなぁ」

「ふふふ、ゆっくり選んで下さいませ」

 メディチネル様がテーブルの側に有る鏡の前で何度も反物を身体に当てている間、 プリンセペル様は棚に置かれた籠の中に入っている、色とりどりの紐を手に取って見ている。

「ジョルジュ、この紐はなんなんだ? 随分と色々有るが」

「その紐は帯締めと言って、帯の上から着ける紐なんですよ」

「そうなのか?」

 いまいちよくわからないと言った顔をしているけれども、 正直なところ僕もよくわからないのでそれ以上の説明のしようが無い。そうこうしている間に、 メディチネル様はどの反物で着物を作るか決めたらしく、店員が採寸をしている。

 ふと、メディチネル様が僕に声を掛けてきた。

「ところで、仕立て上がった着物は一旦ジョルジュ君の家で引き取って貰える?

海外発送ってなるとお店の人も大変だろうし」

「そうですね。僕の家に送って戴ければ、なにかの折にお渡し出来るでしょうし」

 店員が居る手前、海外発送とは言っているけれども、実際の所は、直接メディチネル様の所へ送ろうと思ったら、 海外所か送り先は天界になってしまう。まさか宅配業者が天界まで荷物を届けられるとは思えないので、 僕の家に送って貰うほかはない。

 採寸が終わり、折角だからと襦袢と帯も買うことにしたようで、今度は襦袢の反物を選んでいる。

 その間に、僕が店員から受け取った注文票の住所欄に自宅住所を書き込んでいるのだけれども、 この分だとまだ暫く時間が掛かるかな。

 

 着物と襦袢の反物を選び、帯も選び。その他細々とした小物も選んでいるうちにお昼時を過ぎてしまった。

「さて、お昼はどうなさいますか?」

 車に乗り込みそう訊ねると、プリンセペル様がサービスエリアの食堂で食べると言い出した。確かに、 サービスエリアの食堂なら、 なんとなくその土地の物を売り出しているようなイメージは有る。メディチネル様にも了承を取って、 早速高速道路に乗るためにアクセルを踏んだ。

 

 高速道路に乗って、途中サービスエリアで各々とんかつや丼物を食べ、 今晩泊まる宿へと向かう。昼食はあまり名産品という感じはしなかったのだけれど、 お二人とも美味しいと言っていたので特に問題は無いだろう。

 ふと、プリンセペル様が訊ねてきた。

「ところで、明日の予定はどうなっているんだ?」

「そうですね、明日は早めに出て魚市場にでも行こうかと思うのですが。

市場の食堂が開くのはお昼頃ですが、その他のお店でも店先で牡蠣を剥いて食べさせてくれたりするそうですよ」

「牡蠣? こんな時期に牡蠣なんて採れるのか?」

「この辺りは夏場が旬の岩牡蠣というのが良く採れて、大ぶりで美味しいそうです」

「そうなのか。それは楽しみだな」

 背後から聞こえてくる声を聞く限り、 プリンセペル様はこのプランで満足なようだ。一方のメディチネル様も、僕に問いかけてくる。

「その魚市場見た後、そのまま東京行っちゃうの?」

「いえ、魚市場から海浜公園までそんなに離れていないので、宜しければもう一度、 ネモフィラの丘をご覧になってはいかがでしょうか」

「なるほど。確かにあれはもう一回見たいなぁ」

 もう一度海浜公園に行くと言うプランにも、異議は無いようだ。

 ホテルまであと少し。明日への期待は、また部屋で落ち着いてから聞いても良いかな。

 

 ホテルにチェックインし、案内されたのは広めの和洋室。ベッドは二つしか無いけれど、 僕の分は和室部分に敷く布団が押し入れの中に入っているそうなので、 問題は無い。出来れば海が望める特別室を取りたかったのだけれど、 この時期は海浜公園に行く客ですぐに予約が埋まってしまうらしく、この部屋になった。

 昼食が遅かったので、夕食も少し遅めに食べようと、 まずはシャワーを浴びてさっぱりする事にした。このホテルには大浴場があるけれど、 性別が無いと言う天使様達が大浴場に行くと騒ぎになりそうだし、 お二人が大浴場に行けないのに僕だけ広い湯船に浸かるのも申し訳ないので、部屋に付いているバスルームで済ませる。

 シャワーの順番を待つ間、 部屋にあったコーヒーミルで豆を挽いてコーヒーを淹れる。今日はそんなに歩き回ってはいないのに、 何故だか妙に疲れている感じがする。もしかしたら、昨日、 一昨日と歩き回った疲れがまだ取れていないのかも知れない。それを考えると、 僕もいつまでも若いというわけにはいかないのだなと、そう思った。

 

†next?†