第九話

 今日もホムンクルスの製作をする。休憩の前に作っておいた素体とペストマスクを縫い合わせつつ、綿とサンゴを仕込んでいく。詰め終わったら、ボタンで目をつけてフェルトで作った髪を被せ、簡単な服を着せて本体は出来上がりだ。
 そうしたら今度は契約書作りだ。レースのような透かし模様が入った契約書用の紙に、必要事項を書き込んでいく。それを封筒に入れ、[塩]と呼ばれるハーブを燃やして作った灰を入れ込んだ封蝋で留めていく。封蝋にも錬金術的に重要な意味を持つ[塩]を入れておくことで、ホムンクルスに仕込んだサンゴとの連携をスムーズにするのだ。
 契約書も仕上がり、ホムンクルスを専用の箱に収め、テーブルの上を片付けたドラコは、両腕を上げて伸びをする。
「おつかれ。そろそろ晩ごはん?」
 作業を見守っていたゼロがそう訊ねると、ドラコは倚子から立ち上がって台所へと行く。
「さすがにお腹空いたからね。今日は軽くそうめんチャンプルーでも作るか」
 鍋に水を入れて火をかけ、シンク下からそうめんの入った袋を取りだす。お湯が沸いたらそうめんを入れて短めに茹で、すぐに取り出す。水を切っている間に冷蔵庫からカット野菜を取りだして、ツナ缶と一緒にフライパンで炒め、その中にそうめんを入れて混ぜる。ゆで加減が難しいと言われがちなそうめんチャンプルーだけれども、ドラコの得意料理のひとつだ。
 出来上がったそうめんチャンプルーをお皿に盛り、お箸と一緒にテーブルに持っていく。食前の挨拶をして早速食べてみると、少し味が薄いような気がした。もしかしたら、作業に集中していて知らぬ間に汗をかいていたのかもしれない。
 テレビでニュースを流しながら食事をしていると、突然スマートフォンが鳴りはじめた。なにかと思ったらペリエからの着信のようだった。一旦食べる手を止めて着信を取る。
「もしもし、どうした?」
 ドラコがそう訊ねると、ペリエは勢いづいた声でこう言った。
「ねぇ、今度一緒にバーベキューしない?
お肉はこっちで用意するからさ」
「突然どうした」
 ペリエからバーベキューに誘われるのははじめてではないけれども、こうやって急に誘ってくるときは大体仕事絡みでなにかしらがあったときだ。なのでドラコが事情を訊ねると、ペリエはいささか情けない声でこう言った。
「実は、仕事で入ってた祭儀の都合でここ一ヶ月ずっとお肉食べてなくてぇ。
もういい加減肉焼きたい」
「一ヶ月って、そんなに肉断ちしないといけない儀式ある?」
 たしかに、呪術師が行う儀式は贄を屠る肉を使うタイプのものだけでなく、逆に肉を避けなくてはいけないものもあるのはドラコも知っている。けれどもそんなに長い期間断たなくてはいけない儀式の話は今までに聞いたことがないのだ。
 その疑問にペリエは答える。
「前後一週間肉断ちしないといけない儀式が今月四件も入ってて。しかも一週間おきに」
「シンプルにしんどい」
「肉焼こう……」
 ペリエは本来肉を食べるのが好きなので、我慢したあとに景気よくバーベキューしたいという気持ちはドラコにも伝わってきた。なので、快くこう答える。
「そういうことならバーベキュー付き合うよ」
「ほんと? それじゃあ、ちょっと冷える星で場所の予約取るから当日は羽織るもの持ってきてね」
 なぜわざわざ冷える場所に予約を入れるのかという疑問はあったけれども、ペリエなりの考えがあるのだろうと、そこには特に触れない。
「わかった。それじゃあ、こっちからなにか持っていく食材ある?」
「えっとね、ドラコの手作りハンバーグ食べたいかな」
「了解。それじゃあそういうことで」
 バーベキューの段取りを付けるためにしばらく話して、通話を切る。ゼロに言われてドラコは気づいたけれども、もう夜も遅い。軽くシャワーを浴び寝てようと浴室に向かった。
 そしてバーベキュー当日。車にたくさんの荷物を積んだペリエがドラコの家まで迎えに来た。
「こんなに荷物あるんか」
 驚いたようにゼロがそう言うと、ペリエはくすくすと笑って答える。
「全部バーベキューで使うわけじゃなくて、いつでもキャンプに行けるようにキャンプ用品をある程度積みっぱなしなんだよね」
「あー、なるほど」
 ペリエのものと比べるとだいぶ小振りなドラコの荷物も積んで、車に乗り込む。それからすぐに車は出発した。
 道中、ペリエは安定した速度で車を走らせている。それに安心したドラコは、改めてペリエに訊ねる。
「そういえば、今回のバーベキューは他の星でやるんだよね? 車ごといける?」
 ドラコは普段、星と星の間を移動するときは、荷物が大きいとはいえ徒歩なので、そこが気になった。そして、ドラコが車を持っていないことを思いだしたペリエは、視線を前方から外さないまま答える。
「車ごと乗れる星間フェリーの予約取ってあるんだ」
「わざわざ予約取ったの?」
 そんな手間をかけたのかとドラコが驚いているのに気づいたペリエが、くすくすと笑う。
「特急の指定席とそんなに代わらないよ」
「特急の指定席。たしかにそれならわかる」
 旅行に行くとき、ドラコがよく星間フェリーの指定席を取っているのを知っているペリエは、わかりやすくそうたとえた。ドラコもすんなり飲み込めたようだ。
 話をしながら星間フェリーに乗り込み、しばらく浮遊感を味わったあと、予約していたバーベキュー場に付く。駐車場に車を停め、受付をしてサイトへと向かう。一見普通の公園に見えるそこだけれども、焚き火台が置かれた場所には四角く石が敷き詰められていた。焚き火台の中に割った薪を入れ、ペリエが慣れた手つきで火を付ける。何度も見ているけれども、いまだにドラコには真似ができない。
 上がった炎の上に金属製の網を乗せる。
「それじゃあ、焼いていきましょう!」
 わくわくした声でペリエがそう言って、荷物の中から肉とトングを出す。ドラコもハンバーグと野菜を取りだした。
 肉とハンバーグと野菜を少しずつじっくり焼いて食べていく。
「あー、肉おいしい。肉断ちの後の肉うまい」
「これも良い肉の予感」
 おしゃべりをしながら食べるふたりを見ていたゼロが、ふと周囲を見回して言う。
「あれ? もう日が暮れてきてるけどそんな経ったか?」
 それを聞いてドラコも空を見上げる。たしかにもう日が沈みそうになっていた。
「え、もう片付けなきゃなの?」
 慌てるドラコに、ペリエは悠然と言う。
「大丈夫。この星は一日が短くて、一回のバーベキューで夜空も朝日も楽しめるところなんだよ。だからまだゆっくりできるの」
「そうなの? そんなところあったんだ」
 たしかに、星ごとに一日の長さに多少差はある。けれども、こんなに時間の流れが速い星はドラコにとってはじめてだった。
 夜が来る。肌寒くなってきたので上着を羽織る。ドラコがそうしていると、ペリエはやかんに水とコーヒー豆を入れて焚き火に入れる。そして引き続き肉を食べながらペリエがこう言った。
「前に、キャンプでゆっくり星空見たいって言ってたからさ」
 ドラコは驚いたように少し口を開けてからにっと笑う。
「あの話、覚えててくれたんだ」
「もちろんよ」
 やかんのお湯が沸き、ペリエがやかんを引き上げる。それから、少し置いて金属製の小さなカップふたつにコーヒーを注いで、片方をドラコに渡した。
「変わった淹れ方するんだな」
 コーヒーの一部始終を見ていたゼロがそう言うと、ペリエはコーヒーに口を付けて言う。
「いつもキャンプでやってるフリースタイルのコーヒーよ。案外おいしい」
 ドラコもコーヒーに口を付ける。
「ほんとだ、おいしい」
 焼いていた肉を全部紙皿の上に移して、みんな星空を見上げる。そしてぽつりと言う。
「いつもありがとう」
 ペリエは黙ってドラコの頭を撫でる。
「ところで、今日のことは他のホムンクルスと共有するの?」
 その問いに、ドラコは少し考えて答える。
「うん、この場所と肉焼きとコーヒーの情報は共有する。
でも、ペリエのことは内緒」
「そっか」
 星空を見て、ドラコは友人との大切な思い出は自分たちだけのものにしたいと思ったのだ。その気持ちは、ペリエも同じなのだろう。ゆっくりと肉を食べているふたりを見て、ゼロは賢明な判断だと思う。
 きれいな思い出を知られないように心に秘めるのは、悪いことではないのだ。

 

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