第八話

 この日ドラコは朝から外に出ていた。そして昼頃に帰って来るなり、部屋着に着替えもせず自室のベッドに倒れ込んだ。
 外出中もゼロはずっと側にいたけれども、いざ体調を崩しているドラコが倒れてしまったら、助けを呼ぶことしかできない。だから、無事に家まで辿り着けるかどうか不安だった。
 結局無事に家まで辿り着けたのだけれども、ドラコは本当にしんどそうだ。ゼロは少し俯いてからドラコに言う。
「だるいのはわかるけど、とりあえずごはん食べな。体が持たないよ」
 するとドラコは、ベッドの上で身をかがめてこう返す。
「お腹は空いてるけど、作る気力がない……」
 ドラコがこのようになるのは、以前から何度もある。なので、とりあえず助けを呼ぼうとゼロはドラコの鞄からスマートフォンを引っ張り出してペリエに連絡を取ろうとする。
 数回の呼び出し音のあと、ペリエが通話に出る。
「こんな時間に珍しい。なにかあったの?」
 少し驚いた声をするペリエに、ゼロは事情を説明する。
「実は、ドラコが月のものでまいってしまってごはん作れないっていうんだよね。
それでちょっと助けていただきたく」
「今月そんなにきつい感じ?」
「おふとんの上でうずくまってますね……」
 ゼロの話を聞いたペリエは、ゼロにスマートフォンをドラコのそばに運んでもらい、ドラコに話し掛ける。
「ドラコ大丈夫?
これからそっちにごはんの用意しに行くけど、なにか食べたいものはある?」
 その質問に、ドラコがか細い声で答える。
「……私が作ったハンバーグ……」
「それは私じゃ作れないわねぇ」
 ペリエはそうは言ったけれども、念のために確認を取る。
「ドラコのハンバーグ、作り置きある?」
「何個か冷凍しておいてある」
 ドラコの返事に、ペリエはふむ。と一息入れてからこう続ける。
「わかった。じゃあそれ使ってごはんの用意するね。一時間くらいで行くから待ってて」
「了解。ありがと……」
 通話を切り、ドラコはまたベッドの上で丸くなる。これは想像以上に痛んでいるのだなと察したゼロは、薬箱の中から鎮痛剤を出してきてドラコに渡す。
「とりあえずこれ飲みな。ここまで痛くなってから飲んで効くかはわかんないけど」
「おう、サンクス……」
 鎮痛剤を二錠取りだし、ゼロが鞄から出してきてくれた水で飲み込む。効いてくるまでに時間はかかるはずだけれども、薬を飲んだことで安心したのか、気持ちは楽になった。
 ベッドの上で、ペリエのことを待つ。一時間というと長い時間のようにも思ったけれども、実際は痛みと薬の効果でうとうとしてしまい、時間はあっという間に過ぎていった。
 家のチャイムが鳴る。
「ゼロちゃん、出てくれる?」
「あいあいさー」
 玄関まで行ったゼロは、一応のぞき窓から外を見て、来たのがペリエであることを確認してから鍵を開ける。それから、気持ち大きめの声で話し掛けた。
「鍵開けたからドア開けてくれ」
 それに答えるように、外から買い物袋を下げたペリエが静かにドアを開ける。
「おじゃまします。ドラコの様子はどう?」
「薬飲んでちょっとうとうとしてる」
「そっか。早く痛み引くといいんだけど」
 玄関で靴を脱いだペリエは中へと進んでいき、一応声を掛けてからドラコの部屋に入る。
「ドラコ、大丈夫?」
「んん……さっきよりはましかも……」
 いつもよりも元気がない声を出すドラコの側に寄り、ペリエがそっと手を取る。
「ちょっと震えてるね。今月そんなにしんどい?」
 その問いに、ドラコはこう答える。
「今朝はだいぶ軽くて動けたから、サンゴ用の採血をするのに病院行ってきたんだよね。
そしたら、帰ってくる途中でくらくらするし痛くなってくるし……」
 経緯を聞いてペリエは溜息をつく。
「あのね、月のものが来てる時にそんないっぱい血を抜く採血なんてしないの。
病院に言って予約日変えてもらえばよかったじゃない」
「いやしかし、サンゴの在庫が心許なくて」
「気持ちはわかるけど」
 仕事のこととなると無理をしがちなのは、前からなのがわかっていたけれども、ペリエとしてはあまりドラコに無理をして欲しくない。心配だけれども、それなら今は食事を用意した方がいいと、ドラコの頭を撫でてから台所へと向かった。
 ペリエはもう、この家の台所に立つのは慣れたもので、冷凍庫の中から保存袋に入った小さなハンバーグをふたつ取り出し、お皿の上に乗せてレンジにかける。その間に、シンク下からドラコが普段朝食の時に使っているメスティンを取りだし、その中に無洗米一合と水を入れて蓋をする。給水させている時間は余り取れないけれども、ハンバーグを温めている間だけでも置いておきたい。続けて引き出しの中からポケットストーブと固形燃料を取りだしてセットする。そこまでやったところで、レンジが鳴った。
 レンジから温まったハンバーグを取り出す。それをメスティンの所まで持って行き、蓋を開けて中に入れる。それからまた蓋をして、固形燃料に火を付けたポケットストーブの上に乗せる。これであとは固形燃料が燃え尽きるまで待てば、自動的にごはんが炊き上がる。
 メスティンを火にかけている間、冷蔵庫からトマトケチャップとレモン果汁を取りだし、ココットに入れて混ぜ合わせる。これは体がしんどいとき、酸っぱいものを食べるとすこし楽になる気がするので、風邪をひいたときや、キャンプのために長時間歩いたあとなどにペリエがよく作るソースだ。
 ソースを作り終わり、ペリエは一旦台所から離れてドラコのところへ戻り訊ねる。
「あとは炊けるの待つだけなんだけど、テーブルまで行ける? しんどかったらここまで持ってくるけど」
 するとドラコは、のそりと起き上がってベッドから降りる。
「大丈夫、行けそう。薬効いてきたみたい」
「そっか、よかった」
 いくらか痛みが引いたと聞き、ペリエは安心する。それでも一応、ドラコが途中で倒れないように付き添いながら、台所の近くの居間にあるテーブルまで行く。
 ドラコがテーブルに着いたのを確認し、念のためゼロに様子を見るように言ってから、ペリエはまた台所へ行く。あまり周りに燃え移ることのない固形燃料とはいえ、あまり火のそばを離れているのはよくないと思っているのだ。
 固形燃料が燃え尽きたのを確認し、ミトンを着けてメスティンの蓋を開ける。ごはんはちゃんと炊けているようだった。
 本当は蒸らした方がおいしいのだけれども、今は一刻も早くドラコに食べさせたい。少しでも体力を回復してもらいたいのだ。
 テーブルに着いているドラコの元に、ペリエがメスティンと鍋敷き、それにお箸を持ってくる。それを確認したゼロも台所に行き、すぐさまにトマトケチャップとレモンのソースを持って来た。
「どうぞ、召し上がれ」
「わー、ありがとう。おいしそう」
「実質半分くらいはドラコが作ってるけどね?」
 ドラコは早速、食前の挨拶をしてお箸を手に持つ。それから、思い出したようにペリエに訊ねる。
「そういえば、ペリエはごはんどうするの?」
 ペリエは持って来た買い物袋からパンを出して笑う。
「私はパン買ってきたから、これ食べる」
「そっか」
 ペリエも食前の挨拶をしたところで、ドラコがソースを掛けたハンバーグをひとつお箸でつまんでまた訊ねる。
「ペリエもハンバーグ一個食べる?」
「あらいいの? それじゃあありがたくいただこうかな」
 とはいえ、お箸をもらってきてなかったなとペリエが思っていると、ドラコがハンバーグを差し出してこう言った。
「それじゃあ、あーんして」
 一瞬、ペリエの口元が戸惑ったけれども、素直に口を開けてハンバーグを頬張る。
「あ、おいしい。ベジタブルミックス入れてるのいい感じじゃん」
「でしょ? ケイトはベジタブルミックスいらないって言うけど」
 ペリエとしては、ハンバーグといえば入れてもタマネギくらいだと思っていたので、ベジタブルミックスが合うというのは意外だった。
「これの作り方教えて欲しいかも」
「作り方? 鶏挽肉にベジタブルミックスとお豆腐入れて焼くだけだよ」
「あ、以外と手軽かも」
 これはおうちごはん用にいいなとペリエが思ってると、耳元でゼロが囁いた。
「ドラコにあーんされたの、他の人には言わんようにな……」
 それはわかっている。それに、気恥ずかしくて他の人に話すのは難しく感じた。

 

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