第十一話

「おじゃましまーす」
 ペリエがドラコの家に遊びに来た。お互いの家をお互い訪れておしゃべりをしたり肉を焼いたりして遊ぶことをこのふたりはたまにやる。お互いの家にはお互い珍しい物がそれぞれにあって、飽きないのだ。今日は、以前紹介したマロンが作ったストームグラスをペリエに見せるということで来てもらった。
 ドラコが居間のテーブルまで先導して、ペリエに席についてもらう。
「ストームグラスって、話には聞くし写真は見たことあるんだけど、実物って見たことないんだよね」
 ペリエがそう言うと、ドラコはにっと笑って返す。
「じゃあ、ストームグラス持ってくるね」
 すぐさまに部屋へと行き、窓辺に置いている、液体の中に白い結晶が沈んでいるガラスの瓶を手に取る。これがストームグラスだ。それを持ってペリエのところへと戻り、テーブルの上に置く。
「わぁ、きれい。錬金術師ってみんなこういうの作れるの?」
 実物を見るのは本当にはじめてだったようで、ペリエが弾んだ声を出す。それに対してドラコは、少しだけ胸を張って返す。
「錬金術師学校で一番はじめに作るから、錬金術師はみんな作ったことあるんじゃないかな。そんなに難しくないし」
「そうなんだ。なんかもう、錬金術師ってこれ作って売るだけで生活できるんじゃない?」
「錬金術師全員がそれやったら、相場が崩れて逆に生活できなくなるかな」
 感心しきりといった様子のペリエにドラコはそう返すけれども、実際のところマロンはこのストームグラスを売って生活しているのを知っているし、ペリエにも話してある。
「そっか、あんまり競合しちゃうと厳しい物があるよね。その中でマロンさんは人気作家なの? すごくない?」
「まぁ、マロンのストームグラスはちょっと特別だから」
 その話の中でマロンの名前が出たからだろうか、ペリエがドラコの方を向いて訊ねる。
「そういえば、マロンさんはこの家に来ることあるの?」
「え? もちろん。一緒に作業したりするよ」
「そっか、よかった」
 なにがよかったのかドラコがいまいちわからないでいると、ペリエが笑う。それから、今まで黙っていたゼロがこう言う。
「だってペリエだけがこの家来てるってなったらマロンが絶対やきもち焼くじゃん?」
「そういうもん?」
 不思議そうな声をドラコが出すと、ペリエはくすくすと笑うだけだ。その様子から鑑みるに、きっとそこまで仲が良いのだと思われているのだとドラコは判断する。
 またストームグラスの方を向いたペリエに、ドラコはストームグラスを揺らしてみせる。すると、沈んでいた結晶の間から鮮やかな緑色の石のようなものが見えた。
「実は、マロンが作ってるストームグラスは護符入りなんだよね」
「え? あ、たしかにそれっぽい」
「SNSの評判では、効果があるかはわからないけどとにかくかわいいって言われてる。
新作の写真上げるとコメントもいっぱい来るみたいだし」
「あら、それはすごい」
 ドラコの話に、錬金術で習うストームグラスに呪術の護符モチーフを合わせるなんて珍しいと思ったのか、ペリエはずっとストームグラスの方を向いている。
 突然、ペリエが真剣な声を出した。
「これ、効果があるかわからないなんてものじゃない。本当に効果のある護符だよ」
「うん、マロンはそう言ってる」
 何が問題かわからないといった様子でドラコが返すと、ペリエは真剣な声のまま言葉を続ける。
「効果のある護符を作って売るってなると、呪術師免許が必要なんだけど、マロンさんは免許持ってるの?
まさか無免許じゃないよね?」
 ああ、そのことか。とドラコは思う。くすりと笑って、マロンの話をする。
「実はね、マロンって錬金術師免許と呪術師免許、両方持ってるの」
「えっ? そうなの?」
「三級だけどって本人は言ってるけど、すごくない?」
「三級でも両方は真面目にすごいわ」
 一般的に錬金術と呪術は違う理で動くものなので、免許を取るほどどちらかに特化した場合、もう片方を理解するのは難しいと言われている。なので、たとえ三級であったとしても、両方を持っているという人材は稀だ。
 ふと、疑問に思った様子のペリエが訊ねる。
「でも、なんで両方持ってるの?」
 その問いに、ゼロが真っ先に答える。
「マロンは彼氏作りたいって錬金術師学校に入ったらしいんだよね」
「そうなの? 錬金術師に好みのタイプが多いとか?」
「ではなく。虚無から」
「あ、ああー! 人体錬成!」
 そのやりとりを聞いて、ドラコがころころと笑う。
「そうなんだよ。理想の彼氏作るって息巻いててさ。でも、人体錬成でできる体って魂入ってないじゃん」
「魂入れるために呪術も?」
「そう」
 その話を聞いて、ペリエは呆れたようなおかしいような笑いを零す。
「もー、反魂なんて呪術師免許一級持ってても難しいのに。でも、そこまでして彼氏欲しかったんだ」
「そうらしいんだよね。結局虚無から作らないで、理想の王子様みつけたみたいだけど」
「そう、それはよかった」
 ドラコがストームグラスをゆらゆらと揺らしていると、ペリエがテーブルの上を見回しておずおずと訊ねてくる。
「ところで、つかぬことを伺いますが、最近ホムンクルスの生産の追い込み?」
 そこでドラコははたと気づいた。ペリエが来る直前まで、ホムンクルスを作る作業をしていて、その材料や道具が、寄せてあるとはいえテーブルの上に置きっぱなしなのだ。
 作りかけのホムンクルスを手に取ってドラコが言う。
「そうなんだよね。実は今度、マロンと一緒にクラフト系のイベントに出店することになって」
 ドラコの言葉に、ペリエは驚いたような声を出す。
「えっ、出店って、ホムンクルス売っていいところなの?」
 それはもっともな疑問だ。実際に、生体ホムンクルスはクラフトイベントでは販売できない。けれども。
「実は、清浄ホムンクルスができてから結構問い合わせがいったみたいで、生ものでないなら扱っていいって規約が変わったんだって」
「はー、清浄ホムンクルスの波すごいわね」
 ドラコの説明にペリエが感心しているところに、ゼロが補足を入れる。
「そもそも、クラフト系イベントは自作であればゴーレムの販売も許可されてるからね。
元々錬金術師の出展者はそこそこいる」
「ゴーレムもなの? あー、でも、そういうところで売ってるゴーレムは愛玩用よね」
「おおむねそうだね」
 ペリエはクラフト系のイベントにも疎いのだろう、ドラコとゼロの話を感心しながら聞くばかり。ふと、ペリエが疑問を口にする。
「でも、清浄ホムンクルスって他の人はどんなの作ってるの?」
「やっぱペストマスク被ってるのが多いかな」
「あー、やっぱりか」
 納得したように頷いてから、ペリエはさらに訊ねる。
「それだと、競合してドラコの売上落ちてたりしない? ぱっと見わからないでしょ」
 すると、ゼロが胸を張って答える。
「ドラコは他の錬金術師が苦手としてる知識をたくさん持ってるからな。それが大きなアドバンテージになってる」
「そうなの?」
「錬金術師は家から出たがらない」
「あー、はい。把握」
 ゼロの説明で、ドラコは本を読むだけでなく、旅行に行ったりアウトドアを楽しんだりもしているというのが頭ひとつ抜き出ている理由になっているのだと、ペリエもわかったようだ。
 それはそれとして。とドラコが笑いながら溜息をつく。
「うちのホムンクルスが売れるのはうれしいしありがたいけど、今以上に注文が来るようになったらなかなかしんどい」
「ああ、生産もそうだけど、サンゴが追いつかないよね」
「そう。サンゴを作れるペースはそれぞれ限度があるから、清浄ホムンクルスの生産者とは競合じゃなくて共存したいところかな」
 これは、ドラコの本音だ。折角新しい技術ができたのだから、お互い殴り合って潰えさせてしまうよりは、出来る範囲で協力し合って、供給を安定させる方がずっといいのだ。
 知識や技術というのは、一般の人が思っているよりも儚くて失われやすいものだ。そのことをドラコはよくわかっているし、ペリエもわかっているはずだ。清浄ホムンクルスを求める声は増えてきたけれども、正直それも、いつまで残るものかはわからないのだ。

 

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