第十二話

 この日ドラコは、いつも旅行の時に使っている大きなキャリーカートを持って家を出た。しかし、今回は旅行に行くわけではない。以前よりマロンと予定していたクラフトイベントに出店するため、会場へと向かっているのだ。
「しかし心配だ」
 ゼロがぽつりと呟く。何がだろうと思ってドラコがゼロの方を向くと、ゼロが言う。
「マロンが時間通りに会場入りできるかどうか……」
「それな。朝早いから大丈夫だといいけど」
 何ごとも起こらなければ、マロンもちゃんと時間を守れるたちだというのはゼロもドラコもわかっているけれども、どうしても万が一を考えてしまう。
 しかし考えていても仕方がない。自分たちも出展者入場時間内に会場に着かなくてはいけないのだ。ドラコは旅行の時より幾分軽いキャリーカート押して駅へと向かった。
 電車を乗り継いで着いたのは、普段は企業が商談会などのイベントを催している大きな会場だ。ドラコはここに頻繁に来るわけではないけれども、あらかじめゼロに、自分のブースまでの道のりを覚えさせている。
 出展者パスを入り口で提示して入場し、ゼロの先導でブースまで行くと、そこではすでにマロンが設営をはじめていた。
「マロンおはよう」
「あ、ドラコちゃんおはよう!」
 設営に夢中になっていたマロンに声を掛けると、マロンはうれしそうな声を上げ、一旦手を止めてドラコの方を見る。今日もかわいいマスクを着けている。接客をするから、いつも以上におめかしをしているのだろう。
「今日はいっしょに食べるお弁当も作ってきたから楽しみにしててね」
「まじでか。随分朝早く起きたんだな」
 マロンの言葉にドラコが驚いていると、マロンのそばに浮いているミイが言う。
「おかずは大体昨夜のうちに仕込んだから」
「いやそれにしても」
 料理が得意だとは聞いていたけれども、ここまでやってくれるとなると、どうお返しをしたものかとドラコは考えてしまう。
 ふと、ブース背面にあるパネルを見ると、マロンとドラコのブランド名のロゴが並んでいる。このロゴのデザインはどちらもマロンが製作したもので、双方ちゃんと販売物のイメージを伝えられるものになっている。錬金術師免許といい呪術師免許といいデザインといい、マロンはなんでもできるなと、ドラコは思わずうらやましさを感じてしまう。
 ロゴを見ているうちに設営の続きをはじめたマロンにドラコが訊ねる。
「何か手伝えることはある?」
 するとマロンは、机の上に置かれた布と小さめの万力ふたつをドラコに渡して言う。
「それじゃあ、布を敷いて固定してくれる?
固定は万力を使って、ブースの内側から」
「了解」
 言われた通りに会議で使うような机の上に布を敷き、万力で固定する。そうしている間に、マロンはパネルに額縁を飾り付けていた。特に絵や写真が入っているわけではないけれども、それがあるだけでだいぶ雰囲気が出た。
 額縁を飾り終わったマロンは、布を敷いた台の上に小さな木の棚を置いて、その右半分にストームグラスを並べていく。
「ドラコちゃん、残りのスペースで置ききれる?」
 そう訊ねるマロンに、ドラコもキャリーカートを開けて答える。
「そんなに数あるわけじゃないからね。いけると思う」
 キャリーカートの中からホムンクルスの入った箱を取りだし、蓋を開け、開いている部分が通路側を向くように並べていく。少し窮屈だけれど、全部置くことができた。これで設営は完了。開場を待つだけだ。
 しばらくして開場し、人が沢山入ってきた。走り回るような人はいないけれども、ドラコたちのブースには早速人だかりができた。みんなマロンのストームグラスが目当てなようで、瞬く間に半数ほどのストームグラスが売れていった。
「いやすごいな」
 ぽかんとした声でゼロがそう言うと、ミイがしれっと返す。
「他のイベントでもこんなもんだから」
「いやすごいな」
 そうしている間にもお客さんはやってくる。時々はドラコのホムンクルスを見て行く人もいるけれども、やはり目当てはストームグラスのようで、撮影されたり接客をしたりと忙しない。そうしているうちに、たくさん並べられていたストームグラスはどんどん減っていった。
 お昼時には、時々売れているとはいえみっちりと並んだホムンクルスとは対照的に、ストームグラスはすかすかになっている。一応、見栄えが悪くならないように時々マロンが並べ替えている。
「いやー、マロンはすごいね。私も、お店やネットショップなら結構売れるけど、ご覧の通りだ」
 ドラコが笑ってそう言うと、マロンは口を尖らせてこう返す。
「ドラコちゃん、宣伝怠ったでしょ」
 図星だ。たしかに、ホムンクルスを売りはじめの頃は一生懸命宣伝したものだったけれども、ある程度軌道に乗ってからは、新作が出たときにお店が宣伝してくれたり、SNSに少し載せるだけで売れているので、今回も大丈夫だろうと慢心していたのだ。
「次からは宣伝がんばりますぅ……」
 しょぼくれた声を出すドラコに、マロンはくすくすと笑って、荷物の中から布でくるまれた箱を取り出す。
「まぁ、今回はしょうがないか。ドラコちゃんも慣れてないし。
それより、そろそろお弁当食べない?」
「食べる食べる! ありがてぇ」
 布を外すと、中から出て来たのは少し大きめのお弁当箱と、その上に乗った小振りなお弁当箱、それに割り箸だ。マロンは大きい方のお弁当箱と割り箸をドラコに渡す。それから、ふたりとも食前の挨拶をしてお弁当箱の蓋を開けた。
 中に入っていたのは、黄色い菊の花と紫蘇の花が混ぜ込まれたごはんと、いんげんと花型に切られたにんじんの煮物、のりの巻かれた唐揚げなど、華やかながらにボリュームのあるものだった。
「ヒィン……おいしい……」
 ドラコが思わずそう言うと、マロンはにっこりと笑う。
「気に入ってくれてよかった」
 わいわい話しながらお弁当を食べるふたりを見て、ゼロがミイに訊く。
「マロンは王子様にこういうの作ってるの?」
「作ってる。おいしいって言われてるよ」
「そうなのか。安定の技術」
 お弁当を食べ終わり、人波が落ち着いてきた頃にドラコがぼんやりと通路を見ていると、見覚えのある人影が手を振って近づいてきた。
「遊びに来たよー」
「あ、ケイト、来てくれたんだ」
 倚子から立ち上がってケイトを迎える。ケイトは今日もいつも通りに飾りっ気のない格好だ。ふと、マロンがドラコの服をつまんで訊ねる。
「ドラコちゃん、どういう知り合い?」
 そういえば、マロンにはまだケイトのことを紹介したことがなかったのをドラコは思い出す。なので、ケイトの方を指して紹介する。
「弟のケイト。まさか来てくれるとは思ってなくて」
 ケイトも軽く頭を下げてマロンに挨拶をする。
「どうも、いつも姉ちゃんがお世話になってます」
 それを見て、マロンは尖らせていた口ににっこりと笑みを浮かべる。それから、マロンも軽く名乗って少しの間話をした。今回ケイトが来た理由は、ドラコに会いたかったというのもあったけれども、ストームグラスを見たかったというのもあるらしい。それを聞いて、マロンは驚いた声を出す。
「あっ、ありがとうございます」
「こちらこそどうも。きれいですね、どれも」
 それから、ケイトはもう一度ドラコに声を掛けてブースの前から去って行った。
 ケイトが去った後、マロンが周りを見渡してドラコに声を掛ける。
「そういえば、今日はペリエさんは来ないの?」
 その問いに、ドラコはこう答える。
「イベントの日程と仕事の予定がまるかぶりしたらしくてこられないって言ってた」
「そっか」
 納得した様子のマロンに、ドラコはにっと笑って続ける。
「ペリエに来て欲しかったの?」
「うーん、なんとなく気になっただけ」
 それから、今度はドラコがマロンに訊ねる。
「そういえば、マロンの王子様は来てくれたの?」
 その問いに、マロンは唇に指を当てて返す。
「来てくれたよ」
「あれ、いつの間に」
 ドラコは来てくれたお客さんのことを思い返すけれども、そういった素振りの人がいた記憶がない。いつの間に来たのだろうと不思議に思った。でもそれはそれとして。
「王子様に会ったら、私も挨拶しないとね」
「うふふ、そうだね」
 マロンの王子様はどんな人なのか、ドラコは改めて気になった。

 

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