第十三話

 しばらくサンゴの育成をしなくてはいけないのでホムンクルス作りを休んでいたある日のこと、スマートフォンに着信があった。誰からかと思うと、例によってペリエからだ。
 やっぱり昼間のこの時間に着信があるのは珍しいので、少し心配しながら着信に出る。
「もしもし、どうしたの?」
 ドラコがそう訊ねると、ペリエは明るい声でこう言った。
「実はね、おいしそうなスイーツビュッフェをみつけたの。期間限定なんだけど、よかったら一緒にどうって思って」
「スイーツビュッフェかぁ」
 そういえば、ドラコは今までにスイーツビュッフェには行ったことがない。それなら行ってみてもいいかなと思っていると、ゼロがペリエにこう訊ねた。
「スイーツビュッフェなんて話持ってくるの珍しいけど、なんでまた急に?」
 するとペリエは、少し拗ねた声で返す。
「実は、最近クレーマー気質のお客さんが続いててさ、たらふくスイーツ食べたいって思ったの」
「肉じゃだめなんか?」
「甘い物食べると幸せになるって聞いたから」
 そういうことだったのかとゼロとドラコは納得する。ドラコは少し笑いながら言う。
「じゃあ一緒に行こうか。私もスイーツビュッフェって行ったことないから気になるし」
「あらそう? じゃあこっちで予約入れるけどいつ頃空いてる?」
「今月来月はずっと空いてるから、ペリエの都合に合わせていいよ」
 予約が取れる日の確認をペリエに任せ、そのまま予約を入れて貰う。それから、どんなメニューがあるのかという話と、アクセスの情報を聞いて、その日は通話を切った。
 スイーツビュッフェの予約当日。ドラコはペリエと繁華街の駅前で待ち合わせをしていた。今日はいつものようなベストとキュロットではなく、緑と白と紺色の細かいストライプ柄のワンピースを着て、濃い色のストッキングを履いている。マスクはいつも通りの白い汎用型のものだ。
「いつもの旅行の経験が役立ったな」
 ゼロがそう言うと、ドラコはスカートをつまんで返す。
「まぁね、ホテルのラウンジってなるとそれなりにドレスコードあるしね。旅行で慣れてなかったら厳しいところだった」
 それから、スカートは少し落ち着かないけれど。と笑う。
 待ち合わせ場所で周囲を見回す。今日は珍しくペリエの方が遅れている。ドラコ自身も待ち合わせの十分前に着いているし、待ち合わせ時間までもう数分あるので、遅れているといってもペリエが遅刻しているわけではないのだろうけれども。
 周囲を見回しているうちに、手を振って近づいてくる男性の姿が目に入った。
「おまたせ。ちょっと身支度に時間かかっちゃった」
「うん。見るからにそうだね」
 そう声を掛けてきたのはペリエだ。ペリエの言うとおり、今日はかっちりとしたベストとスラックス、それに一般的なワイシャツとネクタイ、唐草模様のマスクに、珍しく白い手袋を着けている。
「やっぱドレスコード気にした?」
 ドラコがそう訊ねると、ペリエは当然と言った声で返す。
「それはね? 学会の時に着ていく服があってとても助かった」
「仕事でもあんまりそう言う服着ないもんね」
「そうなのよ。ほんとあぶなかった」
 そんなやりとりをしてから、ペリエが改めてドラコの方を向いてこう言う。
「ドラコもかわいいワンピースじゃない。そういうの持ってたんだ」
「まぁ、旅行の時に着るしね」
 ついその場で話し込んでいるふたりに、ゼロが声を掛ける。
「とりあえずホテル向かおうか。案内するよ」
 ドラコとペリエは先導するゼロについて、人で溢れる道を歩いて行った。
 ホテルに着くと、スイーツビュッフェに入るのだろうという客が列を成していた。ドラコはすぐに並ぶかとも思ったけれども、ホールの中をよく見回してみると、お菓子や化粧品を売っている店が目に入った。どうやらペリエもそれに気づいたようで、ドラコに言う。
「予約してて席はあるだろうから、しばらくお店見てようか」
 ドラコもお菓子のお店の方を向いて返す。
「そうだね。それにペリエはこういうホテルってあんまり来ないだろうから気になるだろうし」
「うふふ、お気遣いありがとう」
 ふたりはしばらくお菓子のお店に並んでいる焼き菓子やチョコレートを眺めたり、化粧品のお店に並べられた香水の香りを聞いたりなどして時間を潰す。そうしていると、ゼロが声を掛けてきた。
「列が動き出した。そろそろ後ろに着くか?」
「あ、そうだね」
 列がはけるのは思いの外早く、最後尾に付いたドラコたちも速やかに受付まで辿り着いた。受付でペリエが名前と予約の確認をすると、そのまま席へと通される。席について簡単な説明を受けてから、お菓子を取りに行こうとなった。
「それじゃあ、先に行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
 先にお菓子を取りに行ったのはドラコだ。ゼロを連れて、お皿を持って列に並ぶ。そして時折、ゼロの方に意識をやる。情報の共有ができてるかの確認だ。
 列はなかなかスムーズには進まないけれども、それが逆に、ゆっくりとお菓子を選ぶ余裕になった。お皿いっぱいに砂糖漬けや乾燥させたものや生のものなど、色とりどりのお花を乗せたケーキやゼリーを取っていく。お皿の上がいっぱいになったら、ドリンクを取って席へと戻る。
「ただいま」
「おかえり。それじゃあ私も行ってくるね」
 今度はペリエがお菓子を取りに行き、それを待っている間、ドラコはケーキやゼリーの乗ったお皿の写真を撮っている。
「ゼロちゃんも一緒に写ってよ」
「あいあいさー」
 声を掛けられたゼロが、お菓子の乗ったお皿の側に寄る。いくらかドラコの指示を受けて、位置調整をする。ゼロの写真は記念というのはもちろんあるけれども、ドラコが売っているホムンクルスの宣伝用にも使う。なので、こういった機会にはマメに撮っている。
 そうしている内にペリエも席に戻ってきた。
「おまたせ。それじゃあ食べようか」
「あ、待って。写真撮ろう」
「ん? いつもの? いいよ撮って」
 食べ始める前に、ドラコとペリエでお皿の上にピースサインを作って写真を撮る。それから、食前の挨拶をして食べ始めた。
 たっぷりと時間を使ってスイーツを堪能した後、ふたりはホテルを出てデパートへと向かった。なかなか見に行く機会がないので、折角だからこのまま勢いで行こうという話になったのだ。デパートに入り、真っ先に向かったのは化粧品売り場だ。
「そろそろマニキュア減ってきたから、新しいの欲しいんだよね」
「結構頻繁に塗り直すの?」
「うん。家事とかやってると剥げたりするし」
 そう言ってペリエは、マニキュアのサンプルを爪に当てて選んでいる。かわいいマニキュアがたくさんあるなとドラコが並んだ瓶をまじまじと見ていると、ペリエが店員を呼んでマニキュアをひとつ購入した。透明感のある緑に金色のパールが入ったものだ。それを見て、ドラコが羨ましそうな声を出す。
「いいなぁ、私も何か買いたい」
「ん? ドラコもマニキュア欲しい?」
「マニキュアというか、私は口紅欲しいな」
 すると、ペリエがにっと笑ってドラコに言う。
「思い切って買っていっちゃいなよ」
 ドラコは困惑した声で返す。
「でも、どんなのが良いかわからなくて」
 その言葉に、ペリエはサンプルの口紅を二本選んでドラコに見せる。
「いつも落ち着いた色の服が多いから、浅黄色かベージュ系が良いんじゃない?」
「あー、なるほど」
 たしかにペリエの言うとおり、ドラコはあまり鮮やかな色の服は着ない。それなら若干彩度や明度を落とした色が良いような気がした。ペリエが手に持っていたサンプル二本を改めて見て、ベージュの方を棚に戻す。それから、浅黄色のサンプルを繰り出した。
「このリップ、ホログラムラメも入ってるから、いろんな服に合わせやすいと思う」
「うーん、そっかぁ……」
 そう勧められて、ドラコは店員に声を掛けて口紅を試させてもらう。店員はメイクブラシとリップクリームを持ってきて、ドラコをメイク台の前に座らせる。それから、紅筆でドラコの唇にリップクリームを塗って整え、ペリエがお勧めした浅黄色の口紅を塗る。
「いかがですか、お客様」
 そう言われて鏡を見て、なかなか良いのではないかとドラコは思う。勧めたペリエにはどう見えるだろう。そう思ってドラコがペリエの方を向くと、ペリエは優しく微笑んでドラコに言う。
「今日の服によく合っててかわいい」
「んっ……へへへ、そっか」
 少し照れくさく思いながら、ドラコはその口紅を購入した。

 

 next?