第十九話

 ドラコととペリエが結婚しようと決めてからまた数ヶ月、その間、ふたりはそれぞれの仕事をこなしながら結婚への準備を進めていた。結婚式当日に使うジュエリーを注文したり、新しい家を探したり、そしてもちろん、家族や友人達へ連絡を入れるのもやった。
 結婚するという連絡を入れてすぐに、ドラコの家族はケイト含めて全員祝ってくれた。突然のことで驚きはしたようだけれども、どうやらケイトが両親にペリエのことを話してくれたようだった。そしてゼロが懸念していたマロンだけれども、ゼロの懸念が嘘のようにすんなりとふたりのことを祝福してくれた。
 マロンが素直にお祝いしてくれたという話を聞いてゼロだけでなくペリエも少し驚いたけれども、反対されるよりは良いと思ったようだ。
 各所に連絡を入れた後に役所へ行って入籍もして、結婚式の準備をする段階に入った。
「式の時、ドラコはどんなローブ着たい?」
「私? そうだなぁ、いつもペリエが着けてるマスクみたいな緑色で、ゴールドワークが入ってるやつ」
 挙式の時に新郎新婦が着るローブはお互いお揃いのものというのが一般的だ。どちらか片方だけ目立たせると言うことはしない。なので、ドラコの要望通りのローブを作るとなるとかなりかかりそうだ。そのことに気づいたペリエがぽつりと呟く。
「あら、それはまあまあかかるね……」
 これから家も買うのに、結婚式にあまりお金をかけるのが不安なのだろう。そんなペリエに、ドラコはにっと笑ってみせる。
「わざわざオーダーで作らなくていいよ。レンタルでそれっぽいのがあればさ」
「レンタルで良いの? やっぱり記念で取っておきたくない?」
「手入れと保管が」
「それな」
 結局、式の時のローブは会場のレンタル品を借りることになった。レンタルするのであればと、ふたりは結婚情報雑誌を買って来て、レンタル業者を探す。すると、ローブのレンタルもやっているウエディングプランナーの情報が目に入った。
「まとめてお任せできると楽だよね」
 何件かあるウエディングプランナーの情報を確認しながらドラコが言うと、ペリエも雑誌を覗き込んで言う。
「そうね。まとめちゃった方が多少割高でも安心かも。とりあえず何件か回ってみようか」
「そうだね」
 それから、ドラコはペリエの方を見てにっと笑う。
「楽しみ」
「……うふふ、そうね」
 うれしそうにするドラコを見てなのか、ペリエの耳が微かに赤くなった。
 それからまたしばらく、ふたりは何件かウエディングプランナーの所へ行って、レンタルのローブを見たりプランの相談をしたりした。けれども今のところ、全てのところで断られていた。
「ねぇ、今日行くところはやってくれるかな?」
「どうだろう。まぁ、訊いてみないとね」
 今までに回ったウエディングプランナーの事務所でも、ドラコが希望するようなローブを扱っているところは何件もあった。けれども、それ以外に障害となっていることがひとつだけあるのだ。
 ウエディングプランナーの事務所に着き、早速ローブを見させてもらう。ここにもドラコが希望するような、緑色にゴールドワークが施されたものがある。それを確認してから、今度は式のプランの相談だ。金額としてはローブと会場のレンタル代、それに列席者に出される料理代などが含まれたパック料金になっている。これ以外に何か希望の演出が欲しければ、オプション代を適時加算するという方式だ。
「どのような式がご希望でしょうか?」
 口元に笑みを浮かべてそう訊ねてくるプランナーに、ペリエがにっこりと笑って言う。
「実は、誓いの儀の時に、神様ではなくお互いに誓いを立てたいんです」
「えっ? それは……」
 プランナーが驚いた声を出し、笑みを消す。そう。いままで断られてきた理由というのは、誓いの儀の時に神様に誓いを立てないと遠回しに言っているこの要望だ。
 通常、結婚式の時に、夫婦になるふたりは神様に誓いを立てる。そうすることが神様への礼儀だと言われているからだ。
 けれども、ドラコは神様には誓いたくなかった。これからの生活に神様が干渉して、またなにかを奪われるということがあるかもしれないのが嫌なのだ。なんせドラコは、神様を信頼していないのだから。
 難色を示すプランナーに、ペリエは言葉を続ける。
「神様にご挨拶して、感謝を捧げるべきだというのはわかります。けれども、私達夫婦は過剰に神様に幸福を求めたくないのです。
だって、強欲に幸せを神様にねだるのは、失礼なことではないですか?」
「まぁ、たしかにそう言われれば……でも」
 プランナーはなおも納得できないようだ。けれどもペリエはどんどん畳みかけていく。
「神様への感謝は、誓いとは別に捧げたいんです。あの、私、呪術師をやっておりまして、結婚式の後に、誓いとは別に出会いを含めた今までの感謝を神様に伝える儀式を計画しているんです」
 ペリエの言っていることは、表面上は事実だ。神様に誓いを立てない以上、何らかの方法で神様への信仰を示す必要がある。そこでペリエが提案したのが、呪術師という職を利用した、感謝の儀式なのだ。
 感謝の儀式にドラコは出るつもりはないし、ペリエも出なくていいと言っている。ただ、それをしなければ周りが納得しないというだけの話なのだ。
「わかりました。その儀式を組み込んでプランを立てましょう」
 プランナーが溜息をついてからそう言う。ようやくドラコとペリエの希望が通った。
 そのあとは特に派手な演出をしたいという希望もないので、感謝の儀の追加料金分だけで式を挙げられることになった。もっとも、前例のない形式なので見積もりが必要だし、他のオプションを全て付けたものよりも高額になるかもしれないとは言われたけれども。
 帰り道でドラコがぽつりと呟く。
「……ありがとう」
 ペリエは黙ってドラコの頭を撫でた。
 そして挙式当日。式が始まって緑と金色のローブに身を包んだふたりが入場する。列席者に挨拶をして、まずやらなくてはいけないのは誓いの儀だ。通常であれば、誓いの証である耳飾りを神様に掲げてから、お互い交換する。けれどもドラコとペリエは、お互いに耳飾りを掲げ合ってから、相手の片耳へと付けた。
 式場にざわめきが起こる。それを聞いてドラコは、本当に自分たちを認めてもらえるのかと不安になった。ドラコのそんな気持ちを誰も知らないまま誓いの儀は終わる。
 誓いの儀の後は、列席者に料理が振る舞われる。今日用意されたのは、ドラコとペリエの要望で、花がたくさん盛り込まれたサラダやスープ、それにビーフシチューだ。
 列席者が食事をしている間に、ドラコとペリエは一緒に挨拶をして回る。その時ペリエの友人や知り合いに、なぜ神様に誓わなかったのかと訊ねられたけれども、そこはペリエが上手いこと切り返してくれた。
 ペリエの家族と友人一同を回り終わった後は、ドラコの家族と友人一同だ。さすがにドラコの家族は事情を知っているので、神様に誓いを立てなかったことに関してはなにも言わなかった。
「姉者、おめでとう」
 そう言っているケイトは、結婚式に相応しくフォーマルな服装をしている。こんなケイトを見たのははじめてかもしれないと思いながらドラコは笑う。
「ありがとう。でも、突然のことでびっくりしたやろ」
「そりゃびっくりしたよ。姉ちゃんにこんな相手ができるなんて思ってなかったし、それに、なんか複雑だけど」
「だけど?」
「僕もなんかうれしい」
 ケイトのそのうれしそうな声色は、子供の頃から変わらないように感じた。
 家族の次は友人だ。順番に軽く挨拶をしていって、最後にマロンに話し掛ける。
「マロンも、急なことでびっくりしたでしょ」
「うん、すごくびっくりした。ドラコちゃんが結婚するなんて、思ってなかったから」
 マロンのソフトな対応に、ドラコの隣にいるペリエが内心ほっとしていると、ドラコがマロンにこう言った。
「マロンも、早く王子様つかまえな」
 するとマロンはくすくすと笑う。
「王子様にはフラれちゃった」
「そうなの?」
「うん。他の人と結婚するって」
 マロンの話を少し残念に思いながら、列席者を回り終わる。それから料理を食べ終わると、式はしめやかに終わった。
 式が終わった後、ドラコは控え室に閉じこもっていた。今、外でペリエが儀式をしているのだ。そうしてようやく、外からたくさんの祝いの声が聞こえる。神様から離れて幸せになることはできないのかと思っていると、ゼロはそんなものだと言う。でもきっと、これからも今までも、幸せに違いないのだ。

 

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