第三章 キューティー・ソフトクリーム

 チカちゃんと一緒に揚げ物パーティーをしたあの日以来、私たちの間柄はより一層親密になった気がした。そう思ってるのは私だけなのかもしれないけれど、チカちゃんもそう思っていてくれたら嬉しい。
 毎週のレギュラー番組の収録後、いつものようにピクルスを交換こして食べて、楽屋に戻る。鏡台の前に座ってぼんやりする私に、マネージャーがこう言った。
「理奈ちゃん、もしかして、チカちゃんに何か言わなきゃいけないことがあったりしない?」
「えっ?」
 なぜ突然そんなことを言うのだろう。それは疑問だったけれども、マネージャーは私との付き合いもだいぶ長い。私が抱えている悩みなんかもお見通しなんだろう。
 マネージャーが優しい声で続ける。
「今日はこのあと用事があるってチカちゃんのマネージャーさんが言ってたけど、ちょっとくらいなら時間もらえるんじゃない?
行っておいでよ」
 そう背中を押されて、私はようやく決心が付いた。
「わかった、行ってくる。ありがとね」
 マネージャーにお礼を言って楽屋を出る。それから、数部屋離れたチカちゃんの楽屋のドアをノックする。
「はい、何かご用ですか?」
 出てきたのはチカちゃんのマネージャーだ。私はチカちゃんにどうしても訊きたいことがあるから、ちょっとだけ時間をもらえないかとマネージャーに言う。するとマネージャーは、訝しがりながらも楽屋の中に入れてくれた。
 中に入ると、既に私服に着替えたチカちゃんがにっこり笑って迎えてくれた。
「どうしたの理奈ちゃん。何が訊きたいの?」
「あのね、チカちゃんのこと、その」
 言葉を詰まらせながらなんとか伝えようとする。いつもと様子が違うと思っているのか、チカちゃんはきょとんとしながら聞いている。
「チカちゃんのこと、お友達って言っていい?」
 すると、チカちゃんはぱっと笑顔になってこう答えた。
「もちろんだよ。私も、もうずっと理奈ちゃんのことはお友達だと思ってたよ」
 それを聞いて飛び跳ねそうなくらい嬉しくなったけれど、チカちゃんのマネージャーの前で不審な動きはできない。とりあえず、私が訊きたかったのはそのことだけだ。あまり居座ってしまっても、このあとのチカちゃんのスケジュールに影響が出てしまうだろう。だから私は、また遊ぼうね。と言い残して楽屋を出た。

 それからしばらくして、休日にチカちゃんと遊びに出かける約束をした。今日がその当日なのだけれども、私が待ち合わせ場所に着くと、チカちゃんはもうそこにいて手を振って迎えてくれた。
 一緒に人ごみのすごい道を歩きながら、ふとチカちゃんに言う。
「ねぇ、はぐれちゃうと大変だから、手繋いで歩かない?」
 誰かと手を繋いで歩くなんて、もうずっと長いことしていない。はぐれたらなんていうのは口実で、私はただチカちゃんと手を繋いで友達気分を高めたかっただけなのだけれども。
「そうだね。人がばらけるとこまで手繋いで行こうか」
 チカちゃんはにっこり笑って私の手をぎゅっと握る。ふにふにしててちょっとひんやりしてて、気持ちが良い。握った手をちょっと揺らしているチカちゃんを見て、天使かな? と思った。

 今日のお目当ては、かわいいトッピングができるソフトクリームのお店だ。ふたりでそのお店にいって、店頭でソフトクリームの写真を撮ってる女の子達を見て、期待が高まる。あんなに美味しそうでかわいいトッピングができるなんて、絶対美味しいに違いない。そう思っていたら、ソフトクリームの写真を撮った女の子が、それをひとくちも食べずにごみ箱に捨てた。
「は?」
「えっ?」
 その様子を見て、私もチカちゃんも思わず声を出す。食べ物を食べもせずに捨てるなんて、考えられなかったからだ。
 あの女の子に苛立ちを覚えながらも、私たちもソフトクリームを買う。たっぷりクッキーやチョコレートをトッピングする。とてもかわいい。ソフトクリームが手元に来た時点で、私はもう機嫌が直っていた。写真を撮って、あとで味の感想をSNSに載せるのだ。
 ……と思ったのだけれども。ソフトクリームをひとくち、ふたくちと食べて、チカちゃんの表情が暗くなっていく。私も顔をしかめて吐き捨てるように言う。
「まっずい」
「なんだろう、甘すぎるしべたべたしてるし、なんだろうこれ……」
 こんな味じゃあ全部食べずに捨ててしまうのもわかる気はしたけれども、私は口を付けた食べ物は食べきる主義だ。怒り心頭になりながらソフトクリームに齧り付く。
 ふとチカちゃんの方を見ると、青い顔をしながらぺろぺろと舐めている。
「チカちゃん、無理に食べなくて良いんだよ」
「うん、でも、このアイスに罪は無いし……」
 そう、チカちゃんの言うとおり、このアイス自体には罪は無い。悪いのはこんな不味い物に仕立てたやつだ。
 ちっとも美味しくないアイスをなんとか食べきって、私とチカちゃんはその店から早足で離れた。

 あのソフトクリームのせいですっかり機嫌が悪くなってしまっているのが、自分でもわかる。でも、できればチカちゃんと一緒にいるときは機嫌良くいたい。おろおろした様子の見せるチカちゃんに、ああ、心配かけてしまっているなと思う。だから、私はにっと笑ってこう言った。
「そういえば、このへんに私がよく行くアパレルショップがあるんだけど、行ってみる?」
 それを聞いて、チカちゃんの顔が明るくなる。
「理奈ちゃんのお勧め? 絶対かわいいお店だよね! 行ってみたい!」
 チカちゃんの笑顔をみてるとさっきのソフトクリームのことが頭から一発で消えてしまう。やっぱりこの子は天使……と思いながら、街中を歩いていった。

 しばらく路地を歩いて、辿り着いたのは半地下にガラス戸の入り口があるアパレルショップ。そこのドアを開けて、中に入る。
「いらっしゃいませ。
あ、理奈さんお久しぶりですー」
 私が店内に入ると、店長さんが手を振ってレジカウンター越しに迎えてくれた。チカちゃんもお店に入ったのを確認して、店長さんに挨拶をして、店内を見て回る。チカちゃんはハンガーにぶら下がっている服を見て、嬉しそうな顔をしていた。
 ふと、チカちゃんが不思議そうな顔をして私に声を掛けて切る。
「ねぇ理奈ちゃん、このお店の服、もしかしてすごくサイズの幅広くない?」
「え? そうなの?」
 その事には今まで気づかなかった。確かに大きめの服もあるなとは思っていたけれど、メンズの物か、そうでなければゆったりめのユニセックスの物かと思っていたのだ。
 ふっと店長さんの方を見る。すると、話が聞こえていたのだろう、店長さんがにこにこ笑ってこう言った。
「実はうち、結構大きいものサイズ扱ってるんですよ。大きいものサイズ用に専用でデザインや型紙起こしてます」
「そうだったんだ」
 それならばと、大きめにできている服を私も見て行く。チカちゃんが着られるサイズの物はあるだろうか。そう思っていると、チカちゃんが一枚のボーイッシュなパーカーを手に取って私に見せた。
「これかっこいいんだけど、私も着られると思う?」
「ん? うーん、どうだろう」
 ぱっと見た目でサイズはわからない。困惑して店長さんの方を見ると、店長さんが静かに寄ってきて、服とチカちゃんを交互に見る。
「多分、腕回りちょっと余裕有る感じで着られますよ。ご試着なさいますか?」
 それを聞いて、チカちゃんはちょっとおどおどしながらフィッティングルームに入る。あのパーカーは絶対チカちゃんに似合うと思うけど、店長さんの言うとおり、本当に着られるのだろうか。期待と不安が入り交じる中しばらく待ってると、嬉しそうな声が聞こえてフィッティングルームのカーテンが開いた。
「私でも着られた!」
 そう言って嬉しそうに笑うチカちゃんを見て思わず胸を押さえる。いつもはふわふわ可愛い系の服を着てるチカちゃんが、ボーイッシュなパーカーを着てかわいいにかっこいいが加味されもうどうしたらいいのかわからない。
「まってまってまってしんどい。これはかわいすぎるこれはいけない。かわいいにかっこいいなんてもはや天使では? こんなにかわいくしてしまう店長さんも神だし拝んどこ……」
 私が思わず正気を失いかけてそう言っていると、店長さんがにっこり笑ってこう言った。
「理奈さんもオタク仕草が板に付いてきましたね!」

 

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