第二章 フライヤー・パーティー

 チカちゃんとすっかり仲良くなって、でも、友達になって欲しいと言い出せないままだいぶ経った。最近はいつもの番組の収録後、楽屋で完全に仕事の後始末をした後、お互い時間が空いているようだったら一緒に食事に出かけるようなことも増えてきた。
 撮影終了直後にお互いのピクルスをつまんでいる短い時間も楽しいけれども、スタジオを出たあとに、マネージャーもいない状態で、ふたりだけでお店を選んで食事をする時間もとても楽しかった。
 これだけ何度も一緒に食事をしているし、そろそろ友達と言ってもいいかな……いや、やっぱりそれはさすがに私の思い上がりかな……そんなことを会う度に考える。
 そんなある日のこと、私とチカちゃんのふたりで美味しいと評判のビストロで食事をしているときに、いつも作っている料理の話になった。
「理奈ちゃん、結構食べ物に気を遣ってるよね。普段どんなごはん作って食べてるの?」
「確かに気は使ってるけど、簡単な物って言うか、あんまり手の込んだものは作らないなぁ。作るのがしんどくなってカロリーコントロールできなくなる方が困っちゃうから」
「そっかぁ。確かに作るのしんどくなっちゃうとしんどいよね」
 私が普段作ってる料理は、とりあえず野菜を炒めたりレンジでチンしたものだったり、たまにお肉をがっつり食べたいときは、鶏胸肉の皮と脂を削いだものをハーブ塩を振って焼いただけとか、そんなものだ。それを話すと、チカちゃんはそれが意外だったようで、驚いた顔をしている。
「やっぱり、お肉がっつり食べたい時ってあるんだ」
「まぁね。でも、最近牛肉とか豚肉の脂身はいっぱい食べるのしんどくなってきた」
「それもわかる……」
 それから、チカちゃん続けてこう訊ねてきた。
「そういえば、ごはんとかパンは家で食べてる? やっぱり糖質制限とかしてる?」
「ごはんとかパン?
うーん、パンは時々食べるだけだけど、ごはんはちょっと気をつけてるね」
「そっかぁ」
「油断すると食べ過ぎちゃう」
「あ、理奈ちゃんでもそうなんだ」
 チカちゃんがにっこり笑ってくすくすと笑う。テレビや雑誌のインタビューやトークで、私は随分とストイックな食生活をしているというイメージを持たれているようで、まあ実際多少はそういう部分はあるけれども、食べる事が好きだというのはよく意外がられる。
 お米美味しいから。と言って笑ってから、私はチカちゃんに前から気になっていた事を訊ねる。
「そういえば、チカちゃんって結構揚げ物するの? チカちゃんのピクルス、たまに揚げ物入ってるけど」
 すると、チカちゃんは照れながらこう答える。
「実は、揚げ物が好きでよくやるんだよね」
「やっぱり! でも、揚げ物した後って片付け大変じゃない?」
「実は、簡単に揚げ物できるように小さいフライヤー持ってて」
「そうなんだ、すごい!」
 いくら小さいとはいえ、揚げ物専用にフライヤーを持ってるのはすごい。私が思わず感動していると、チカちゃんがこう言った。
「もしよかったらなんだけど、今度私の家に来て揚げ物パーティーしない?」
 その申し出に私はすぐさまに食いつく。
「もちろん行く! フライヤー見せてよ!」
「じゃあ、今度マネージャーさんにお休み調節してもらおうか」
「うん、そうしよ!」
 フライヤーを見るのも、揚げ物パーティーをするのも楽しみだけれども、それ以上に、チカちゃんの家に誘われたというのが嬉しかった。
 これならば、チカちゃんのことを友達と言ってもいいのでは? でも、すぐにその事を訊く勇気は無くて、おうちに行ったときに訊いてみようと、なんとなく先延ばししてしまった。

 それから一ヶ月ほどして、お互いマネージャーに休日を確認して、なんとか重なった日に、チカちゃんのお宅にお邪魔していた。チカちゃんは意外にも私のアパートから数駅しか離れていないところに住んでいた。
 駅の改札で待ち合わせて、ふたりで近所のスーパーに揚げ物パーティーで食べたい食材を選んで買って、もうその時点で私はしあわせいっぱいだったのだけれども、チカちゃんのお宅に上がった時点で幸福度が振り切れて倒れそうだった。
 本当にこのままチカちゃんと揚げ物パーティーをやったら、私はしあわせすぎて死んで生きて帰れないのでは? そう思ったけれども、まだ死ぬ気はさらさらないし、チカちゃんに迷惑をかけるわけにもいかない。
「理奈ちゃん大丈夫? 具合が悪そうだけど」
「えっ? ううん、大丈夫。ちょっとテンション上がり過ぎちゃったみたい」
「そうなの? これから野菜と衣の準備するから、理奈ちゃんはお部屋で休んでね。
ちょっと落ち着いてからの方がきっとおいしいよ」
 私の意味不明の供述にも、チカちゃんは優しく返してくれる。本当は野菜の準備くらい私も手伝いたかったけれども、本当に胸の動悸がヤバいので、お言葉に甘えて少し休んだ方が良さそうだ。
 キッチンから野菜を切る音が聞こえる。既に聞いているプランでは、野菜はひとくちサイズに切って、レンジで火を通してから串に刺して、衣を付けてフライヤーで揚げるという感じになるようだ。確かにそれなら生焼けと言う事もなく安心だろう。やはりチカちゃんはやり手だ。私は生のまま衣を付けて揚げるつもりでいた。
 ぼんやりとなにも映っていないテレビを眺めているうちに、電子レンジが音を立てた。
「理奈ちゃん、身体が大丈夫なようだったらレンジの中の出してそっちに持って行ってくれる?」
 台所から聞こえてきた声に、私はすぐさまに立ち上がる。
「OK。ちゃぶ台の上に乗せれば良いよね?」
「うん、乗せておいて。ありがとう。
すぐに衣とフライヤー持って行くね」
 私がレンジから野菜の入ったプラスチックのボウルを取りだしてちゃぶ台に置くと、チカちゃんもすぐ衣が入った小さめのボウルを持ってきて同じように置いた。それから、また台所に行って、三合炊きの炊飯器くらいの大きさの何かを持ってきた。
「これがフライヤーなんだけど」
 そう行ってちゃぶ台の上に置かれた物を見ると確かに、中が釜状になっているけれども炊飯器のような蓋はなく、縁に小振りな金網が付いている。
「今日は理奈ちゃんと一緒だから、奮発して米油で揚げ物するよ」
「米油! えー、すごい、めっちゃ贅沢……」
 こんな大盤振る舞いをされたらもうたまらない。油が熱くなるまでの間に、勢い余って火を通しただけの野菜に手を出しそうになってしまった。

 油が程良く熱くなる頃には、私の胸の動悸もだいぶ落ち着いた。まさかここまでテンション上がるとは思っていなかったし、テンションの上がりすぎであわや倒れるところだったというのはチカちゃんには言えない。
 ふたりで串に刺した野菜に衣を付けて、油で揚げて口に運ぶ。今までに食べたどんな天ぷらよりも美味しく感じられた。
 口をさっぱりさせるためにお茶を飲みながらたっぷりと天ぷらを食べていると、ふとチカちゃんが、心配そうな顔でこう言った。
「ねぇ、理奈ちゃん揚げ物食べ過ぎて困っちゃうとかない? 大丈夫?」
 その言葉に、そう言えば今日の分のカロリー計算を全くしていないなと思い出す。けれども、今はカロリーなんて気にしている場合じゃない。私はにっこりと笑ってチカちゃんに返す。
「今日はチートデイだからいっぱい食べて良いの」
 すると、チカちゃんは安心したようににっこり笑って、いっぱい食べてねと言う。
 やっぱりしあわせすぎて今ここで死ぬのでは? 私は訝しんだ。

 それから、ボウルの中の野菜がなくなるまで天ぷらを食べながら話をした。身体作りのためにどんなメニューを組んでいるかとか、あと、チカちゃんからはお肌に気を遣ったメニューなんかも聞いた。なるほどどうりでほっぺたがもちもち。
 野菜を食べ終わって、チカちゃんがおずおずと私に訊ねる。
「ところで、ごはん食べる?
それとも、これ以上食べちゃうと食べすぎになっちゃう?」
 私はまた笑って答える。
「貰って良いなら食べたいな」
 するとチカちゃんは、ちょっと待ってね。といって台所に行き、お茶碗ふたつとしゃもじ、それに炊飯器を持ってきた。
 外食の時でもこんなにたくさんは食べないけど、久しぶりにだいぶ食べたと妙に清々しかった。

 

†next?†